第51話

 朝、登校して軽く挨拶をしてからはいつもと変わらなかったはずだ。

 だけど、お昼休み。


 いつものようにいつもの場所へ向かうとそこには神妙な面持ちの市川さんがいた。

 今日の彼女はお弁当箱を持っていなかった。


 そしてそんな彼女から告げられたのだ。


 ──別れましょう。


 俺は一体、彼女が何を言っているのか分からずに聞き返す。


「も、もう一回言ってくれる?」

「聞こえなかった? 私と別れましょう」

「ちょ……ちょっと待ってよ!! どうして、そんな……急に」

「あら。お別れするというのはいつでも急なものだと思うけれど」


 慌てる俺とは違い、市川さんはかなり冷静に話を進めていく。


「そ、そういうことを言ってるんじゃなくて!!」

「じゃあ、どういうことが言いたいのかしら?」

「せめて、理由を教えてくれよ!」

「理由? そうね……いいわ。知りたいのなら教えてあげる。私から告白しておいて何だけれど、嫌になったの」

「い、嫌になった?」

「そう。あなたのそのどっちつかずな性格が。あなたは他の子に気を取られすぎたの。私ははっきりと私を好きだと言って欲しかった。ただ、それだけよ」


 市川さんの言葉に俺は何も言えない。

 確かに、市川さんと付き合い始めてから他の子とは今まで以上に仲良くなる機会が多かったように思う。


 それに俺から市川さんを好きだと言ったことはなかった。半端な気持ちをずっと抱えていた。

 今になって、その事実が俺の心にずしりとのしかかる。


「ごめんなさい。私から好きじゃなくなったら別れてくれればいいと言っておきながら、私がそれに耐えきれなかっただけなの。本当にごめんなさい。じゃあ」


 市川さんはそれだけ言うと立ち上がる。


「待っ──」


 呼び止めようとしたけど、一体今の俺が何を言えばいいのか分からなかった。

 結局、俺は去りゆく市川さんの背中を見つめているしかなかった。



 市川さんが立ち去ってから俺は、階段に座って呆然としていた。

 振り返れば、短い期間だった。


 彼女から積極的にこられていろいろと頭を悩まされることは多かったけど、俺から彼女に何かをしてあげたという記憶はほとんどない。


 期間の短さを言い訳にしても彼女のことを何も俺は知らなかった。


 俺は何で彼女と付き合っていたんだろうか。

 胸が苦しい。


 ◆


「小宮くんと別れたんだ。お疲れ様」


 私が小宮くんに別れを告げて教室に戻ろうとすると廊下で神宮寺くんとすれ違った。

 おそらくは、私を待っていたのでしょうね。

 

 気持ちの悪い笑みを浮かべてこちらを見る彼を私は思い切り睨みつけて言う。


「言っておくけれど、私が彼と別れたからと言って、あなたと一緒になるとは思わない頂戴」

「いやいや、誰もそんなこと言ってないでしょ?」

「どの口が言っているの?」


 あんな過去の私の写真を持ち出しておいてよくもまぁ、そんなことが言えると感心した。


 あの時、過去の私の写真を見せた神宮寺くんは悪魔のような笑みを浮かべていた。


「別に別れて、とか。俺と付き合え、とか、言ってないけど、蒼はもう少し付き合うにしても相手をしっかり選んだ方がいいよ。あんな平凡でつまらない人間と一緒にいたって蒼の価値が下がるだけだからね」

「触らないで」


 私の頭を撫でようとする神宮寺くんの手を私は振り払った。

 何がおかしいのか、彼はそれでも笑う。


「蒼にふさわしいのは俺だけ。1ヶ月。断言するよ。1ヶ月後、蒼は俺のものになってる」

「……」

「今はまだいいよ。ゆっくりと時間をかけて蒼のこと教えてもらうから。ね?」

「……っ」


 そう言って神宮寺くんは去っていく。

 私は気持ち悪さのあまり、体を震わせる。


 きっと彼なりに楽しんでいるのだろうと思う。

 彼に屈するつもりはないけれど、脅したいなら過去の写真を引き合いに出せば手っ取り早くていい。


 しかし、それをしないのは私をじわじわと苦しめて愉悦を感じているのか、精神的に優位に立とうとしているのか。それとも彼なりの女性を落とすための美学があるのか。


 そんなものはなんでもいいけれど、本当に頭の痛いことだ。

 彼と一緒にいた一年間で隠していた本性を見抜けなかったことを心底、後悔した。


 きっとこのまま小宮くんと付き合っていても彼に迷惑をかけてしまうだろう。

 だから私は小宮くんと別れる決断をした。


 私のことで彼を巻き込みたくなかった。

 神宮寺くんの影響力ならきっと小宮くんを酷い目に合わすことなんて造作もない。

 あの日。私と小宮くんが一緒に登校した時もそうしたのだから。


 ……だけど別れた理由はそれだけじゃない。


「…………誠太さん」


 こんな時、彼のお兄さんならどうしてくれただろう。

 、彼をお兄さんと比べてしまって、最後まで自分が嫌な女であると自覚した。


 ◆


 あれから数日が経った。

 俺と市川さんの関係は驚くほどに付き合う以前までと何も変わらない状態に戻った。


 朝も一人で登校しているし、昼休みは今まで通り、ナカと一緒に食べている。

 あの階段へ行くことはない。ただ、そこに違う点があるとするならば、遠野さんと紗もお昼一緒に食べるメンバー加わっていることだ。

 一人は俺に告白して、一人は婚約者を名乗る女子。

 だけども今、そのことを考える余裕は俺にはなかった。


 市川さんの方もあれから交友関係が変わっている。

 基本的には、崎野さんと二人でしか行動していない。

 例によって、長野が声を掛けて断られてはしつこく食い下がろうとするが、神宮寺に止められていた。


 神宮寺はその度に市川さんに目配せをする。

 市川さんはそれにそっぽを向く。

 周りではつい大型カップル誕生かと噂になっていた。

 彼氏である神宮寺に市川さんが照れているのだということだ。


 俺はそれを聞いて、また胸が痛くなった。


 しかし、それにも少しの違和感を覚えたことは確かだった。

 市川さんは本気で嫌がっている。

 短い期間だったけど、市川さんのことは近くで見てきた。だから彼女の嫌なことはわかるつもりだ。


 その他にも違和感は存在した。細かい点で言えば二人きりにはなっているが、崎野さんがどこか市川さんに対してぎこちない気がするのだ。

 当然、市川さんもそのことにはわかっているだろが、気にしないようにしているようだ。

 一体何があったんだろう?


 ……だめだ。気がつけば市川さんことばかり考えている。もうフラれたっていうのに。


 結局、何日経とうがそれは変わることはなかった。


────────


小宮くんフラれちゃいました。

優柔不断だからね、仕方ないね。

未だに彼自身、はっきりとしていない部分がありますね。

その辺もなぜそうなのかは、直に分かります。


そして蒼が幾度となく、迷っていたのは……お兄さんが原因だったり。

この話を進めると蒼のことを嫌いになる人も出てくるかもですね。

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