第52話

 私、満島秋は土曜日の朝、片想いをしているらしいよーたの家の前に来ていた。

 らしい、というのは幼なじみである瞳から言われてから気がついたこの感情にまだ整理がついていないからだ。

 いや、今まで異性というものをロクに意識していなかったため、戸惑っているだけかもしれない。


 そして私にそのことを告げた本人は、一足早く、彼に告白をした。

 それに対する返事は一旦保留。


 驚きと焦燥。

 幼なじみの告白を目の前で見た時、様々な感情が駆け巡った。

 まさか幼なじみと好きな人が被るとは。

 まさかあのいつも私の後ろに隠れていた幼なじみが私より前に出て告白するとは。


 そんな気持ちでいっぱいだった。

 やっぱり、そんな彼女を見て、よーたのことを取られたくないと思ったのは本心だった。

 これは間違いないのかもしれない。


 だから私からも色々彼にアプローチをいていかないといけないんだけど、今週の前半は風邪でお休みだった。

 そして来たと思ったら何故か元気がないらしい。

 瞳も聞いても教えてくれないらしく、時折宙を見つめては深いため息をつくのだという。


 残念ながら学校では中々、話す機会がなかったけど、土曜日なら。

 毎週土曜日は、約束がある。

 本当は日曜日もということだったが、日曜の朝は、寝たいということで土曜だけとなったのだった。


 そんな経緯はさておき、このランニングを通して、よーたの持つ悩みを聞いて、解決する。

 そうして仲を深める。そんな算段をつけていた。


 私は、よーたのアパートの部屋の前に来て呼び鈴を鳴らす。

 ピンポーン、と短く音が鳴る。


「……あれ?」


 しかし、少し待っても反応がない。

 私はもう一度、鳴らす。


 また、短く音が鳴る。だけどもよーたが出てくる気配はなかった。


「も、もしや、市川さんともう出た!?」


 そんな懸念が頭を過ぎる。

 あの人ならやりかねない。何故か私は彼女と険悪になる。

 別に仲良くしたいわけでもないから構わないけど、私が彼女を出し抜きたいように彼女も私を出し抜こうとしてくるのだ。


「私としたことが……ん?」


 その時、ゆっくりとアパートのドアが開いた。


「はい……」


 そこから出てきたのは、まだ眠そうな声でまなこを擦るよーただった。

 そんなよーたは私の姿を見て、一気に目を見開く。


「え? アキ……?」

「おはよう。よーた。もしかして寝坊?」

「ッ。あ、そうか……ランニング……」

「……? 大丈夫? もしかして調子悪い?」


 よーたは私との約束をまたもや忘れていたようだ。

 しかし、この前とは違い、どこか様子がおかしい。

 なんだか、疲れているように感じる。


「あ、いや……すぐ準備するよ」


 それからまた、パタンとドアが閉まり、数分後着替えたよーたが出てきたのであった。




 それから私たちは前と同じコースを前と同じように走る。

 その間に私たちに会話は以前ほど弾まなかった。


 なんとも言えないどんよりとした空気が流れており、私が何か話題を振ってもすぐに空返事が返ってくるだけだ。


 やっぱり、どうも様子がおかしい。

 何かいい話題はないかな。

 そう思い、そういえば、先週一緒に走ると約束していた市川さんがいないことを思い出した。


 あまりよーたとの二人きりの中、彼女の話題を出すのも憚れたが、話題がないものはしょうがない。

 それにいないことがなんとなく気になった。


「そういえば、市川さんはどうしたの?」

「──ッ」


 私がそれを聞いた時、明らかによーたは動揺を見せた。


「今日は、これなくなったんだ」


 だけどすぐに切り替えて、平静を保ちながら答える。


「そ、そういえばさ。アキはこの後も部活? 今日は、午前? 午後?」

「今日は午後から」


 そして彼はあからさまに話を逸らした。それを見て私はすぐに察した。

 市川さんとの間に何かがあったのだと。


 その後、私とよーたはそれ以上、彼女のことについて話さなかった。





 週が明けて学校が始まってから、私は市川さんとトイレで出会った。

 ちょうどお互いが手を洗おうとするところ。

 市川さんは一瞬、私の顔を見てギョッとした。


 そんな彼女を見て、私は聞いた。


「ねぇ。よーたと何かあった?」

「──ッ。……それがあなたに関係あるのかしら」


 だけど返ってきたのはいつものように刺々しい反応。

 でも私もそれに負けずに応じる。


「それって何かあったって認めているようなものじゃないかな」

「……満島さんは想像力が豊かなのね」

「ふーん、あっそ」


 暖簾に腕押し。私が攻めても市川さんの表情は崩れない。

 だけど何かが引っかかる。もう少し突けば何かが出てくるかもしれない。


「先週、私、小宮くんと一緒にランニングしたんだけど。市川さんが来ないから二人っきりになれたよ。ありがとう」

「それはどういう意味かしら?」

「そのまんま。私、小宮くんのこと好きになっちゃったみたい。未だに自分でも信じられないけどね」

「そう」

「だから、もし市川さんが小宮くんと何か関係があったら嫌だなって思ったけど」

「……安心してちょうだい。私と彼は何もないわ」


 そう言って市川さんは手を洗うとすぐに女子トイレから出て行った。


「今はね……。やっぱり市川さんのせいじゃん」


 よーたの様子がおかしいのが市川さんのせいであることを確信した。

 そして自分がスラスラと他人に誰かへの気持ちを打ち明けたことに驚いた。


 ◆


 違和感を覚えたのは、週が明けてから。

 私が準備していたはずの教科書の一部がどこを探しても見当たらない。


 ふと顔を上げると数人の女子と目があった。

 そしてすぐに彼女たちはニヤニヤとし始める。


 ああ、なんだか久しぶりな気がするわね。


 以前にもこんなことがあった。それは中学生の時。

 よくあるいやがらせ。いや、いじめというべきかしら。


 自分で言うのもなんだけれど、以前まで私に憧れを抱いていた彼女たちが急に敵になった。

 これは神宮寺くんの仕業で間違いなさそうね。

 あることないこと噂を広めているのでしょうね。


 私は無言で隣の神宮寺くんを睨みつける。

 彼はその視線に気がつくと、にこりと笑いかけた。


「教科書ないの? よかった見せてあげるよ」


 そう言って、彼は私の返事も聞かずに机を引っ付ける。

 それを見て、また女子たちが私を睨みつけた気がした。


 きっと彼は、精神的に私を弱らせることにしたのだろう。

 佐川くんと同じやり方で。


 確かにこれは……あまり気分の良いものではない。

 過去のトラウマを無理やり掘り起こされているような。


 だけれど、私は決して彼に負けない。

 何か解決できる方法を考えないといけないわね。


 そうは言ってもやはり、トラウマというのは心を抉る。

 一気に気分が悪くなり、あまり考えが浮かなかった。





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