第53話

 最近、洋太の元気がない。

 そのことを一番に感じているのは、隣の席の瞳だった。


 先週、風邪で休んでからそうだった。

 正確には病み上がりで登校した日の昼休み。


 初めは体調が悪いのかと思っていた瞳だったが、どうやらそうではないらしい。

 週が明けても洋太の様子は変わることはなかった。


 いつ見てもどこか上の空で何かに考えている様子だった。

 そして瞳が心配し、声をかけても返ってくるのはいつも生返事ばかり。


 もしや、自分が告白してしまったせいでそうなっているのじゃないかと不安になってしまったがそうでもないようだ。


 何やら最近、クラスの空気もおかしく感じる。

 そのせいで洋太の様子がおかしいような気がしたのだ。


「何か知ってる紗ちゃん?」


 そこで瞳はクラスでも仲の良い紗にクラスの様子を聞いてみることにした。


「……さぁ。知らないわ。でも確かに変よね。なんというか、雰囲気悪いわよね。特に女子が」

「うん……」


 それは一部の派閥の女子が原因に思える。

 その女子たちは、最近はいつも神宮寺たちの周りによくいる。


 以前までは、蒼や静がいたポジションだ。それがめっきり一緒にいる姿を見なくなってしまった。


 そして替わるようにその女子たちがそこに居座る。

 なんとなくではあるが、彼女たちが空気を乱している。そんな風に瞳も紗も感じ取っていた。


「市川さんが元気ないのもそのせいかな。神宮寺くんと喧嘩しちゃったとか?」

「……どうかしら。別にあの女は神宮寺とかどうでもよさそうに思ってたけど。むしろ……」

「むしろ?」

「いえ、なんでもないわ」


 紗は出かかった言葉を引っ込める。

 瞳は、蒼と洋太の関係性を知らない。だから以前まで一緒にいることが多かった神宮寺と蒼の仲が良いと思っているのだが、実際はそうではない。


(むしろ、あの女と洋太ね。何かあったの?)


 紗は二人が学校でも避けあっているように見えた。


「じゃあ、本人に私から直接聞いてみるわ」

「え? 市川さんに?」

「ええ。帰りにちょっと聞いてみるわ」

「うん!」


 そこで紗は、蒼に直接聞いてみることにしたのだ。

 瞳は蒼とそれほど仲がいい訳ではない。だが、クラスメイトとして何か様子がおかしければ当たり前に心配をする。瞳はそんな優しさを持ち合わせている。


(そのことがわかれば、小宮くんのことも何か分かるかも!)


 そして同時に無意識ではあるが、打算的な考えも持ち合わせていた。


「でも市川さんとそんなに仲良かったの、紗ちゃん」

「え? 仲良くないわ。むしろ嫌いよ」

「え……」


 堂々とした嫌い発言に瞳は言葉を失う。


「まぁ、私はどんな相手でも聞きたいことがあれば聞くわ」

「そ、そうなんだ」


 しかし、紗だからこそどんな相手にも臆さない。

 そんな紗の性格を臆病な瞳は少しだけ羨ましく思うのであった。


 ◆


「……で何か用かしら、篠塚さん」


 放課後、一人で帰ろうとする蒼の前に紗が声をかけた。

 ちょうど下駄箱に着いたところだった。


「最近、アンタと洋太の様子がおかしいけど何かあったの?」

「……あなたもなのね」


 蒼は、小さくため息をついて紗に聞こえないほどの声で呟いた。


「別に何でもないわ」

「なんでもないわけないでしょ。アンタたちの様子がおかしいことくらいアンタたちの関係を知ってたら分かるわ」

「……それで何が言いたいのかしら。もしかして私のことを心配してくれてるの?」

「はぁ!? んなわけないでしょ。べ、別にアンタが洋太とどうなろうと私に関係ないし……てか、むしろその方が好都合だしッ!!」

「そう。なら喜んで頂戴。私と小宮くん、別れたから」

「は?」


 予想していなかった言葉に紗は戸惑う。せいぜい喧嘩したくらいだろうと思っていたからだ。


「冗談でしょ。あんなに私に敵対心剥き出しだったくせに」

「それはこっちのセリフだけれど。ここは喜ぶところじゃないかしら。あなたの恋敵がいなくなったのよ。これで正式に婚約でもなんでもできるじゃない」

「……あんた、それ本気で言ってんの?」


 蒼のどこか投げやりな言い分に紗はなぜか、怒りが湧いた。


 以前ならば蹴落としてまで、奪い取ってやろうと思っていた相手なのに。今は、まるで牙を抜かれた虎だ。


 勝負事で負けて悔しかったからこそ、そんな相手から洋太を惚れさせて奪い取る。

 そうして負けた相手にリベンジする。

 そう思っていたのに。


(なによ、それ……)


 そんな風に譲られて勝ったって紗は何も嬉しくなんてなかった。むしろ、バカにされているような気分になった。


「話はそれだけなら。じゃあ──」

「ま、待ちなさい!」


 紗の制止も待たず、蒼は下駄箱を開ける。


「──ッ」

「……?」


 しかし、彼女はすぐにそれを閉めた。紗も蒼の行動の意味が分からず、首を傾げる。


「何よ。帰らないの?」

「……何でもないわ。それより、呼び止めて何か言いたいことがあったんじゃないの?」

「そうだわ。アンタ本気でアイツと別れたの? 本当にそれでいいと思ってるの?」

「そうだと言っているじゃない。いい加減しつこいと嫌われるわよ」

「そんな様子のアンタが言っても説得力ないのよ。もし、ただの喧嘩だったとしたらさっさと仲直りすることをオススメするわ」


 このまま変な形で蒼に勝ち逃げされたくないと思った紗は、洋太との仲直りを提案する。

 普段であれば、別れたと分かればこれぞチャンスとばかりに行動を起こすはずが、なぜ自分でもこんなことを言っているのかも分かっていなかった。


「それとも何? 私が悩みでもなんでも聞いてあげようか? あ、もちろん、貸し一よ」


 得意げに紗はそう言う。そうやって蒼からマウントを取ってやろうといういつもの紗らしい算段だった。


 紗は蒼に勝った上で洋太を奪い取ってやりたかったのだ。それが紗のやり方であり、プライドだった。


 しかし──


「……さい」

「え、なによ?」

「うるさいって言ったの!」

「……ッ」

「放っておいて! 何も知らないあなたが首を突っ込んでこないで頂戴!! 不愉快よ!!!」

「なっ……」


 あまりの激情に紗は言葉を失う。

 そしてすぐに紗の方にも怒りが沸騰する。


「あっそ!! それなら好きにしたらいいわ。私が洋太と付き合って婚約するところを指を咥えてみてなさい!! バーカ!!」


 そう言って、紗は苛立ちを隠さずに自分のローファーを取り出すと靴を履き替えて出て行ってしまった。



「はぁ……」


 紗が走り去った後、もう一度蒼は自分の下駄箱を開ける。

 そこには、大量のゴミが入れられており、蒼のローファーがそれで埋まっていた。

 蒼は、ちょうどカバンに入っていたビニール袋を取り出してそのゴミを入れる。


「ご丁寧に画鋲まで。陰険なんだから」


 靴底に入れられた画鋲もしっかりと袋に入れ終えてから紗は靴を履く。

 履いた瞬間にぐにゅっという水に濡れたような気持ち悪い感覚まで足先から伝わった。


「本当に嫌になるわね」

 

 明日からは連休に入る。しばらく連休で学校がないかと思えば、いくらか気持ちが楽になった。 


───────

多方面で市川さん孤立中です。

そろそろ主人公頑張らないと……

主人公らしいこと何もしてないですね。



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