第54話

 私、崎野静は妙な噂を聞いた。


「知ってる? あの市川蒼って中学の時、めっちゃブスだったらしいよ!」

「えーっ!? そうなの!?」

「そうそう。それでいじめられてたんだって」

「じゃあ、もしかして今のって整形?」

「絶対そうだよね!」

「というか、前々からあの澄ました感じムカついてたんだよね」

「マジ調子乗ってるよねー。みんなも言ってる」

「しかも男取っ替え引っ替えしてるビッチだとか」

「え? 男子振りまくってなかった?」

「そりゃ、自分の学校では大人しくしてるでしょ。他校の男子とヤリまくってるって噂。それで神宮寺くんにも振られたらしいよ」

「え、そうだったの!? ざまぁないよね」

「ほんと、それ!」


 トイレの個室に入っていた時、女子たちがそんな会話をしているのを聞いた。

 個室から出ると既にその話をしていた女子たちはおらず、誰が話していたのかも分からなかった。

 

「蒼……」


 私は大切な親友のことを思い浮かべる。


 ここのところ、蒼の様子がおかしいことにはなんとなく気が付いていた。

 だけど蒼は普段と何も変わらないように振る舞っており、私も思い過ごし、ということにしていた。


 その理由は、以前の土曜日のこと。

 あの日のことをどうしても思い出してしまうからだ。


 小宮くんと蒼がキスをしていたあの場面。



 ……正直に言えば、私は小宮くんが気になっていた。

『好き』とまでは断言しきれなかったけど、最近はそれに近いしいものを感じていたところだった。


 本当は聞きたくて仕方がなかった。


 一体どういう関係? どうして友達の私に隠しているの?

 誕生日プレゼントを一緒に選んでいた時、どういう気持ちだったの?

 は嘘だったの?


 考えれば考えるほど溢れてくる。


 だけど聞いてしまえば、何かが壊れてしまうような気がして、何かが変わってしまうような気がして私はその事実に耳を塞いでいた。


 だからこそ、私自身いっぱいいっぱいで蒼の様子がおかしいことにどう対応すればいいかわからなかった。


 そして今聞いたような噂。

 今の女子たちの会話で私は、確信した。


「……ねぇ、私どうしたらいいの……?」


 小宮くんへの想いと蒼との関係性。

 複雑に絡み合い、燻ったこの気持ちが抑えきれないところまで来ていた。





 放課後は蒼と一緒に帰る予定だ。

 だけど今日は、先生に呼び出しを受けていたため、蒼に先に帰っていてもらっていた。それを後から追いかけた形になる。


 先生の用事も大したものではなかったのですぐに蒼を追いかけて学校を出て数分のところで追いつくことができた。


 とぼとぼと歩く蒼はなんだか、昔の……うちの中学に転向してきた頃を思い出させた。どこか元気がないように見える。


 ……やっぱりさっきの……。


「蒼!」


 私が声をかけると蒼は体をビクつかせる。声をかけたのが私だと気がつくと安堵の表情を浮かべた。


 それから私たちはいつも通りおしゃべりをしながら帰路へ着く。

 だけどあまり話に集中ができず、時折私は宙を見つめた。


「────静。静!」

「へ!?」

「静。どうかした? さっきからずっとボーッとしてるわよ?」

「え!? あ、いや……」


 それに気がついた蒼が私の様子を窺う。


 やはり蒼に対する考えはまとまらず、私もあまりいつものように接することができていない。

 蒼はなんともないように振る舞っているけど、本当は辛いはずなのだ。


「何か悩み事?」


 そんな蒼から心配された私は、口を噤む。


 ──それは蒼なんじゃないの?


 そんな言葉が飛び出しそうになった。


「な、なんでもないよ」


 どうにかそれを呑み込んでやり過ごす。

 しかし、蒼はそんな私の異変を逃さなかった。


「静、何か悩みがあるなら遠慮なく言って頂戴。私たちの間に隠し事はなし、でしょう?」


 蒼はこちらに優しく微笑んだ。


 なんでそんな笑顔なの?

 嘘ついてるくせに。何も話してくれないくせに。


 だけどその言葉が私の中の黒い感情を刺激した。

 

「ッ」


 だけどすぐに親友に向けるべきじゃないものと気がつき、自己嫌悪する。


「どうしたの、本当に様子が変よ? どこか体調悪いなら休憩でも──」

「だ、大丈夫っ!!」

「……ぁ」


 私は差し伸ばされた手を思わず払い退けてしまった。

 私の目に蒼の動揺が映る。


「い、いいのよ。私こそごめんなさい」


 だけどすぐに蒼は謝った。

 それを見て今一度冷静になり、今度は私の方から聞いてみる。


 大丈夫。落ち着いて。


「あ、蒼こそ最近何か様子おかしいよね、どうしたの?」

「…………なんでもないわ」


 長い沈黙の後、蒼はやっぱり話してくれなかった。

 顔を逸らして誤魔化す彼女に私の中の何かが切れてしまった気がした。


「どうして……?」

「し、静……?」

「どうして!?」


 蒼は私が叫んだことに面食らった様子だった。

 そんな蒼を見て、堰を切ったように言葉が止まらなくなる。感情は溢れ出す。


「どうして、蒼は何も教えてくれないの? どうして、蒼は私を頼ってくれないの?」

「し、静! 落ち着いて!!」

「隠し事はなし? 何言ってるの? 隠し事してるのは蒼の方だよね……?」

「!」


 蒼の目が泳ぐのがわかった。自覚があるようだ。


「蒼、最近ずっと変だよ」

「…………」

「なのに、私が心配しても蒼は何も話してくれない。力になりたいのに……」

「…………」

「私知ってるんだよ? 蒼が小宮くんと付き合っているのも。どうして教えてくれなかったの?」

「そ、それは……! ち、ちが……っ」

「そんなに私が頼りにならないなら、小宮くんに好きなだけ相談したらいいじゃない!!!」


 私はそう吐き捨てて蒼の元から走り去った。








「私、最低だ……」


 家について、自分の部屋に入った私は、その場に崩れた。

 目からは自然と涙が溢れてくる。


 頭の中がぐちゃぐちゃだった。

 今は、ただただ悲しかった。


 ◆


 私、市川蒼はその場で立ち尽くしていた。


 身近な人を傷つけてしまった。

 自業自得だった。

 私が小宮くんと付き合っていることをしっかりと説明できていれば。

 変に秘密にしたりしなければ、あんな風に大切な親友を傷つけたりすることもなかった。


「静……」


 それでもあの性根の腐った男から遠ざけれることができたと思えば──。


「うぅ……」


 ポタリポタリと地面が雫で濡れた。


 理性的に物事を考えなくちゃいけないのに。

 頭では理解できているのに私はその場にうずくまり、しばらく動くことができなかった。



 ────


 お久しぶりでございます。

 しばらく更新できず、すみません。


 久しぶりに更新しておいて、重い内容ですんません……。

 もしかしたら、読者の皆様離れてしまったのではないかとビクビクしております。


 できるだけ更新できるようにいたしますので、もう少しお付き合いいただけますでしょうか。

 よろしくお願いいたします。



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