第55話

 結局、市川さんに振られてから何事もなかったかのように連休を迎えた。

 俺の心は未だに吹っ切れておらず、考えないようにしようとしても市川さんのことが頭から離れてくれなかった。


「情けねー」


 ベッドに寝転がってポツリと自嘲する。

 そんな俺の元に電話がかかってくる。


 スマートフォンに表示されていたのは、『楓』という文字だった。


「……」


 今は誰とも話す気分じゃないが、ここで電話に出なければ、あの妹のことだ。家にまで突撃しかねない。

 それを考えるならば、今電話に出た方がマシだろう。


「もしもし」


 コールが鳴り始めてから時間は掛かったが、どうにか出ることができた。

 できるだけ、声色をいつも通りにして、気持ちが落ち込んでいるのをバレないように声を出す。


『おっそーーーーーっい!!!!』


 通話口から大音量で声が響いて、耳がキーンとなった。


「うるせぇ!!!」

『お兄ちゃんが出るのが遅いから悪いんでしょ!? で、何落ち込んでるの?』

「……いや、落ち込んでない。なんだよ、いきなり」

『はいはい。いつもお兄ちゃんなら、『俺がいつも落ち込んでるみたいに言うな!!』くらいツッコミ入れるでしょ。キレがないよ。それに返答までに妙な間があったし。……何? もしかして、あの超絶美人さんから振られたの?』

「うぐっ……」


 流石、我が妹。俺の心を的確にえぐってくる。


『あ、あれ? まさか図星!?』

「……るせぇ」

『あー、どんまい。いいことあるよ。次行こう、次! お兄ちゃんにはもったいない美人さんだったからね。分不相応ってもんよ』

「お前なぁ!? それが傷心している兄にかける言葉か!!」

『だってー、お兄ちゃん、ウジウジすると気持ち悪いんだもん』

「気持ち悪い言うな。それにお前の前でウジウジなんて見せた覚えはない」

『ええー、高校入学前ウジウジしてたじゃん』

「なっ!? おまっ、何で!?」

『というわけで振られて暇なら実家帰っておいでよ! かわいい妹がよしよしして慰めてあげよう』

「自分でかわいいとか言うな」

『傷心中だからって妹に惚れちゃダメだよ?」

「誰が」

『兄妹の禁断の恋……キャッ!』

「聞けよ」


 何をこいつは一人で盛り上がってやがる。

 確かに血は繋がってないからセーフといえばセーフだが。


『あ、今、血が繋がってないからセーフって思ったでしょ。キモ』


 本当にこいつはなんなんだ。


『まぁ、そういうわけだから実家帰っておいで! 待ってるよ!』

「……どういうわけだよ。わかったよ」


 本当に待ち望んでいるのか、怪しい。

 ……まぁ、一人で家にいたって暇だしな。また市川さんのこと思い出しちまうし、たまにはそれもいいのかもしれない。

 親父と顔合わせたくはないけども。


『あ、帰ってくるついでにアイスとかお菓子とかいっぱいよろしく。あ、アイスはハーゲン──』

「じゃあな」


 楓がまだ何かを言っていたが俺は問答無用で終了ボタンを押した。

 しかし、すぐに楓からまたコールが鳴る。


『ちょっとなんで切るの! まだ途中だったのに! あ、後、お菓子は──ブツッ』


 騒がしい奴ではあるが、少しだけ元気が出た。


「仕方ない。ハーゲンダッツくらい買っていってやるか」


 俺がそう思った矢先、またもやスマホが音を立てる。

 流石の俺も三度目のコールに苛立つ。


「しつけぇぞ!! いい加減、迷惑だ!!」

『ぁう……ご、ごめんなさい……』

「…………え?」


 聞こえてきた声に思考が停止する。

 スマホを話して表示された名前を確認するとそこには『遠野さん』と表示されていた。


 や、やらかした……。


『ぅぅぅ……』


 電話口からはすすり泣くような声が聞こえてくる。

 な、泣かせちゃった……。


「と、遠野さん!? ご、ごめん! 妹と勘違いして……!!」

『ふぇ? そ、そうなの?』

「そ、そう! しつこくかかってきてたからつい……。名前も見ずにごめん!!」

『……迷惑じゃない?』

「め、迷惑じゃないです」


 意外に根に持ってそうだ。


『ならよかった』


 向こうからは安堵の声が聞こえた。


「えっと、何か用だった?」

『あ、うん……じ、実は、ここのところ小宮くん元気なかったでしょ? せっかくのゴールデンウィークだし……ね?』


 その声からは僅かながらに緊張が感じ取れた。


『だ、だからよかったら遊びに行かない?』

「……!」


 まさか遊びに誘われるとは思わず、少しばかり驚いた。


 どうやら俺は遠野さんに気を使わせてしまったらしい。

 確かにここ数日は、かなり気落ちしていた。隣の席であれば、そのことも伝わっていたことだろう。


 そんな俺を連れ出して、リフレッシュさせたいというのが遠野さんの思惑なのだろう。

 やっぱり遠野さんは優しいな。

 俺ってやつは……。


「…………」


 しかし、どうしたものか。

 今ちょうど、実家に帰る約束をしてしまったところ。気を使わせて、誘ってくれたのを断るのは少々気まずい。


『や、やっぱり迷惑だよね?』

「あ、いやっ! そうじゃなくて! 今、妹と電話してたって言っただろ? それでちょうど実家に帰るって約束してて……」

『あ、そうなんだ……』


 遠野さんの声が明らかにトーンダウンしたのが感じ取れた。


『ゴールデンウィーク中はずっと?』

「いや、特に決めてないかな」

『そ、それなら! 別に今日じゃなくても別の日でもいいよ!? まだお休みもあるし、私いつでも空けてるから!! だから都合が良ければ連絡して?』


 あまりに必死な様子に俺は少し苦笑した。


 いつでも空いてるって……俺のために?

 それを意識すると以前の告白を思い出し、少し顔が熱くなった。


『……小宮くん?』

「あ、ああ。ごめん。それじゃあ、都合がつけばそうさせてもらうよ」


 実際、帰るって言っても今日と明日くらいだろう。


「遠野さん」

『は、はい!』

「ありがとう」

『ううん、私は別に。じゃあ、本当に気が向いたらでいいからね。じゃあね』


 最後に俺がお礼を伝えると遠野さんは優しくそう言って電話を切った。


 本当に何から何まで優しい子だ。


「…………あれ?」


 そして電話を切った後、俺は自分の中にある違和感に気が付いた。


 遠野さんに誘われたことは嬉しかったといえば嬉しかった。

 だけど、それはあくまで俺を心配してくれたという点でだ。


 以前のように話しかけられて心が浮つくような感覚には陥ることには全くならなかった。


「まぁ、いいか」


 俺はすぐに考えることをやめて、早速実家に帰る準備をし、終えるとすぐに電車を乗り継いで実家に向かった。



────


久しぶりに比較的明るめの展開を書いた気がする。まだまだ暗いけれども。

ここから調子をどんどん上げていければと思います。


引き続きよろしくお願いします!



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