第59話
「はぁ〜」
崎野さんがいなくなった後、俺は深くため息をついた。
兄貴から話を聞いて、市川さんの力になりたいと思って行動しようと思ったが、あえなく撃沈。
崎野さんに喝を入れてもらってようやく再び、腹を括ったというわけだ。
告白して、振られた状態で見せた彼女の強さ。
あんな崎野さんを見せられたら俺自身、こうやってウジウジしてんのが恥ずかしくなったってわけだ。
それに……。
先ほどまで熱が篭っていた頬をポリポリと掻いた。
「一体、こんな俺のどこがいーんだか」
なんとも男として情けない限りを尽くす俺だが。
こんな俺をもう一度、市川さんは受け止めてくれるだろうか。
「市川さんのためにもやらないとな」
俺は思考を切り替え、市川さんの現場にフォーカスする。
市川さんが本当に嫌がらせを受けているならその実行犯を特定する必要がある。
崎野さんも言っていたが、教室では全くそんなそぶりは見えないようで、巧妙にもバレないギリギリのラインで嫌がらせを繰り返しているのだと推測した。
そういった相手の場合、特定してやめるように言ったところで素直にやめるとは思えないが、それでも誰がしているかわからない状態よりかはマシだ。
「市川さんに嫌がらせするような人物か……」
心当たりがねぇ。
残念ながら交友関係が極めて狭い俺には、誰それが誰それをどう思っているかなんて情報は入ってこない。
こういうのはやっぱり交友関係が広い人にお願いするのが一番だな。
そういうわけで、俺はスマホを取り出してとある人物へと連絡を入れた。
◆
私、満島秋は気になっている男子からの連絡に浮き足がたった。
やってきた連絡はシンプルなもの。
『今日、放課後時間取れる?』
うん、大丈夫!!
って即答したいところだったけど、生憎部活がある。
部活をしていて、そのことにため息が出るなんて初めてのことだった。
だが、まだ諦めるわけにはいかない。
『部活終わってからだったらどうかな?』
少しの期待を込めて、そう返信する。
するとすぐにまたラインが帰ってくる。
『OK。部活終わるまで適当に時間潰しておくよ。終わったら教えて!』
「……!」
私は心の中でガッツポーズした。
ここのところ市川さんのせいでよーたは元気がなかった。
そんな彼から連絡があった理由はわからないが、私が思い切り慰めてあげよう。
そうして……。
「ふふ」
「え? 満島さんなんかニヤけてない?」
「ま、まさか、殿方からの連絡!?」
「う、うそよ!? そんなの嘘!!」
「シンジラレナイ」
「いやああああああああああああ!!!」
「…………」
よーたからのラインを見て、ニヤけているところをよりにもよってクラスの女子に見られてしまった。
なぜか女子たちが膝から崩れ去り、阿鼻叫喚が広がった。
「あ、あははは……」
その後、どうにか取り繕ってごまかしたことにより、ことなきを得ることができた。
よーたからの連絡は次からは誰もいないところで確認しよう。
そう心に誓った。
◆
部活が終わり、全身をくまなくタオルやボディペーパーで拭き、ありとあらゆる制汗剤を使用して消臭に徹した。
うちの高校には水泳部以外シャワーがあるわけではないので運動後の汗のケアは必須だ。
特定の好意を寄せる男子と会う時は特に。
制服に着替えてからもう一度、自分をクンクンと匂う。
「……大丈夫だよね?」
自問してからよーたに連絡を入れ、よーたがいる場所に向かった。
よーたが時間を潰していたファミレスに到着し、中に入るとよーたを見つける。
そして私は、勢いよくそのテーブルへと近づいた。
「よーたお待たせ!」
「あ、ああ!」
よーたは何やら歯切れが悪い。
まだまだきっと本調子じゃないのだ。市川さんとの間に何かがあったことは間違いないが、向こうが勝手に身を引いたのだから、私は自分のやりたいようにやらせてもらうだけ。
よーたを横目に私は正面の席へと座った。
できるだけ明るく。そんなことを考えながら。
「はぁ〜部活終わりだからお腹すいたよ! 何か頼んでいいかな?」
「ああ、呼んだの俺だし、よかったら奢るよ。まずは普通に飯にしよう」
「本当に!?」
そう言われてついつい食いついてしまった。
瞳曰く、私は大食いらしい。だって、仕方ないと思わない?
こんなにも毎日走ってカロリー消費してるのだから。そりゃお腹空くよ。
自分にそんな言い訳をしつつ、店員さんを呼んで私はどんどん食べ物を頼んでいった。
それからどんどん運ばれてくる料理を全て平らげた。
かなりお腹が空いていたので無我夢中で食べた。
「ふぅ、流石にお腹いっぱいかな」
食べ終わってからお腹を摩る私を見て、よーたは心なしか苦笑いを浮かべているように思える。
「どうかした?」
「あ、いや……」
よーたの微妙な反応に疑問を持つ。
はて? 私は何かしただろうか。
「ッ」
そしてすぐに気がついてしまった。
「よ、よーたごめん! 奢りってこと忘れてた!!」
奢りと言われて、大量に料理を頼むなんて。なんて失礼なことをしてしまったのだろうか。
一品だけのつもりだった。だけど、食べているうちにもっとお腹が空いてしまい、次々と追加で頼んでしまったのだ。もうその頃には奢りということも忘れていた。
「ご、ごめん。これは自分で払うから」
「違う違う! そう言う意味じゃなくて……! なんかアキがこんなに食べるのが意外だなって思って! お金のことは気にしなくていいよ!!」
「…………ッ!!」
そう言われてから私はテーブルに並べられた皿の量を見て、一気に顔が羞恥に塗れて赤くなっていく。
そ、そうか。
よーたは奢りと聞いて、遠慮なく頼む私に笑ってたんじゃなくて私の食べる量を見て……。
や、やらかした。ヤバイ。顔が熱い。
家族以外の異性の前でご飯を食べることなんて今までなかったから気にしたことがなかった。
ああ、どうしよう!? 幻滅してないかな……。
「よ、よーたはいっぱい食べる子は嫌い……?」
思わず、消え入りそうな声で俯きながらよーたに問う。
「い、いや、全然そんなことない!」
「そ、そう。ならよかった。あ、でも自分の食べた分は自分で払うから!」
「あ、ああ。分かったよ」
ああ、本当に。まさか自分が異性の目を気にするなんて思っても見なかったな。
それだけ、よーたのこと……。
「こほん。そ、それで今日は呼んだのは用事はなんだったのかな?」
気まずい空気になりそうだったので話題を逸らす。内容は私を誘った理由だ。
もしかして、私のこと──はないか。
心なしか、以前に比べよーたの様子は明るい。何か覚悟が決まったような顔をしていた。
もしかして、もしかする?
心の中が期待感で満ちていく。
「あ、ああ。実はお願いがあって」
「お願い? 電話とかラインじゃダメだったの?」
「いや、こういうのは直接の方がいいかなって」
「そうなんだ。それでお願いって?」
「市川さんのことなんだ」
「え!?」
先ほどまでほてっていた頬が一気に冷めていく。
私の期待感とは裏腹に冷や水を浴びせられたような気分だった。
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