第58話

 今日は蒼とは一言も話せていない。

 原因はわかっている。ゴールデンウィーク前に私が蒼を突き放したからだ。


 どうにかしたいけど、どうにもできない。そんなもどかしい思いと焦りにも似た感情を秘めながら今日を過ごしていた。


 私は、自分がどうすればいいのか、どうしたいのかわからなくなっていた。

 蒼は間違いなく、何かで悩んでいる。


 私は親友として蒼の助けになりたいと思っている。だけども彼女は私のことをそうは思っていないのだろうか。

 私を頼ってくれないことが私にとって何よりも辛いことだった。


 それに小宮くんのことも尾を引いている。

 なぜ教えてくれなかったのか。私に隠して痛かったか? それとも私を……。

 それもまた、蒼に対する疑念へと変わっていた。

 もし、教えてくれていれば、こんな醜い感情に向き合うこともなかったのに。


 その二つの異なる事象が私の中で折り重なり、蒼に対する負の感情を整理できないでいた。


 考え事をしていると蒼は、いつの間にか教室からいなくなっていた。


「どこかで一人で食べようかな」


 教室にいると長野くんたちに声をかけられそうな気がしたので私も教室を出た。



 教室を出ると小宮くんの後ろ姿が見えた。小宮くんもどこか別の場所でご飯を食べるらしい。

 最近は、前のようにナカくんたちと食べるようになったみたいだが、それ以前は昼休みになると忽然と姿を消していた。

 今になって思えば、蒼もそうだったから、きっとそういうことだったんだろう。


「言ってくれれば良かったのに」


 ここでまた感情がふり返す。


 きっと蒼とどこかで食べるのだろう。

 やめておけばいいのに私は二人のことが気になって後をつけてしまった。



 彼が行き着いた先は、閉鎖された屋上へ繋がる階段。

 なるほど。確かにこんなところに人はこない。

 二人きりになるにはもってこいの場所だ。


 今はまだ一人。きっと後に蒼がくるのだろう。

 そう思っていたが、一向に蒼は現れない。

 それどころか、小宮くんは頭を抱え、何かに悩んでいる様子だった。

 苦しんでい様とも見れた。


 その様子を見て、なぜか私は小宮くんの前に飛び出していた。


「こ、小宮くん!」

「……崎野さん?」


 小宮くんは私が現れたことに驚いたように顔を上げた。


「どうしたの?」

「あ、えっと……」


 飛び出しておいて全く心の整理ができておらず、しどろもどろになる。


 一体何がしたかったの私……。


「こ、こんなところでお昼食べてたんだ」


 とりあえず、思いついたことを言う。


「あー、うん。まぁ」


 しかし、返ってきた返事はどこか歯切れが悪い。


「蒼は一緒じゃ無いの?」

「え? なんで……?」

「なんでって……あっ」


 会話を続けるため、何気なしに気になっていることを聞いたわけだが、私は知らないことになっていることを忘れていた。


「あー……実は、知ってたんだ。二人が付き合ってること」


 言ってしまったものは仕方がない。別に私が知っていることを隠すようなことでもないと思った私は、事実を伝える。


「えっと、いつから?」

「先々週の土曜かな? 二人が一緒にいて、き……」


 そこまで言って私は言葉に詰まる。あの情景を思い出して、顔が熱くなった。


「あ、おおぅ……」


 小宮くんも思い当たる節があるのか、気まずそうな顔をする。


「あ、崎野さん実は──」

「もー酷いよ、小宮くん!」

「え?」

「蒼と付き合ってるならそう言ってくれれば良かったのに!」


 あっけらかんと言う。できるだけいつものように。


「そ、それは……ごめん」

「私に怒られると思った?」

「うっ……」

「まぁ、最初の私だったら怒ってたかも」

「は、はは……」


 蒼が教室で叫んで出て行った出来事。あの出来事がなければ、当時、蒼に相応しくないと考えていた小宮くんが付き合っていたことを怒っていたかも知れない。


 そう、あの出来事があったから、小宮くんへの見方が変わった。

 何の変哲もない人だと思っていたけど……私は彼を……。


 あの時。言ってくれていれば。


「言ってくれてば……こんな気持ちにならなかったのに……っ!」


 私は話している途中で自分の中の感情のうねりが抑えられなくなってきた。

 苦しい。


 好きになりかけていた?

 いや、これは多分、きっと本当に好きになっていた。

 だから苦しい。好きな人と親友との板挟みに。


「さ、崎野さん!?」


 突然、涙を流し始めた私に小宮くんは戸惑う。

 当然だ。急に現れて、泣いて。私だったらこんな鬱陶しい女より蒼を選ぶに決まってる。


「うぅ……ごめんね、急に」


 それでも溢れ出る涙を止められない。





 ずぴっと鼻を啜った。

 しばらく泣く私を小宮くんは静かに見守っていてくれた。


 ふつーに恥ずかしい。

 自分でも、あー心弱ってるなって思った。


 蒼とのことで不安定になっていたところに小宮くんへの気持ちが溢れ出してしまった。


「もう大丈夫?」

「ま、まだ……だけど、大丈夫」


 二言で矛盾した言葉に小宮くんは苦笑する。

 そして今度は彼から口を開いた。


「実は言ってなかったんだけど……俺、振られたんだ」

「……え?」


 なんで!?


 全く予想だにしない言葉に私はその場に固まる。


 ってことは、小宮くんは今は誰とも付き合っていないってこと?

 じゃあ、私が泣いた意味は!?


 不謹慎にも心のどこかで喜ぶにも似た感情が湧き立つ自分がいた。


「あ、じゃあ、もしかしてさっき悩んでたのって、蒼に振られたから?」


 私がここを訪れた時の様子。小宮くんは頭を悩ませていた。


「あー、いや、うん。それもあるけど」

「……けど?」

「どこから話したものか」

「お、教えて!」


 食い入るように私は身を乗り出す。

 少しでも悩んでいる小宮くんの力になりたい。

 そんな気持ちの現れだった。




 それから私は小宮くんの話を聞いた。

 元々の付き合った経緯から振られた経緯まで。

 そして振られてから蒼に拒絶されて悩んでいることまで。


 そんな傷つく彼の様子を見て、どこか放って置けない気持ちになる。


「小宮くん。私じゃダメかな」

「……え?」


 そして気がつけば、自分がどうしようもないことを口走っていた。


「そ、それって……」

「私、小宮くんのことが好き」


 小宮くんは私の発言に目を白黒させる。

 困惑している。ちょっといいなって前には言ったけど、こんなタイミングで告白されるなんて思っていなかっただろう。


「だから私が小宮くんを慰めてあげたい」


 我ながら最低だと思った。

 親友の代わりになろうとしているのだから。

 親友の悩みより自分を優先してしまったのだから。


「……」


 小宮くんは、私の告白を受け、真剣な顔をして私を見据える。


「ごめん」

「──っ」


 分かりきっていた答えだった。

 だって小宮くんは……蒼のことが好きなんだから。


 蒼のことを好きかどうか分からず、止むに止まれない事情があって付き合ったのだと聞いた。

 だけど話を聞いた時点で確信していた。

 小宮くんは完全に蒼のことが好きになっていると。


 それを本人がはっきりと自覚してないのが、またおかしなところ。


 わかっていながらなんで自分でもこのタイミングだったのかわからない。


「はぁ。振られちゃった」


 言葉にして実感する。

 卑怯な女にはお似合いの結末。


「ごめん」


 小宮くんがもう一度、謝った。


「謝んないでよ! こっちが惨めになるじゃん」

「ご……」


 そう言うと小宮くんはまた同じ言葉を言いそうになり、口を噤む。

 やっぱり小宮くんは優しい。

 そういうところだ。


「でもスッキリしたから気にしないで」

「え?」


 これは本心だ。

 こうやってきっぱり振られた方が諦めがつくというもの。


「ねぇ、小宮くん。小宮くんって蒼のこと好きなんだね」

「……あ、え?」

「気づいてないみたいだから言ってあげる。小宮くんは蒼のこと好きになってるよ」

「お、俺が?」

「うん。小宮くんが」

「…………」

「今まで自分で気づいてなかったのが不思議だよ。だって、小宮くん蒼のこと話す時、すっごい嬉しそうに話すんだもん。おかげさまで胸焼けしそうだったよ」

「そ、そんなに?」

「そんなに」


 小宮くんは恥ずかしそうに顔を赤くする。

 あーもう。なんだかイライラしてきた。このもどかしい感じ!


「あー、つらかったなー。好きな人に惚気られてつらかったなー」

「そ、それは!」

「あはは、冗談だって。小宮くん、そういうとこかわいいんだから」

「…………」


 だからからかってみた。

 途端に慌てた顔をする小宮くんが見れてちょっとまた自分の中のモヤが晴れていく。


 そんな小宮くんはこちらをジト目で見る。

 ……話を変えよう。


「ねぇ、聞いて」

「え?」


 私がまた真剣な顔になるものだから小宮くんは慌てる。


「蒼、悩んでる。私には話してくれないけど、多分……他の女子から嫌がらせを受けてる。バレないようにひっそりと」

「そ、それは……ッ」


 蒼はきっと小宮くんを巻き込みたくなかったんだと思う。小宮くんのこと好きだから遠ざけてる。そんな気がする。


 スッキリした頭で考えれば、どんどん思考がクリーンになる。


 そっか、だから……。


 自分の考えに自分で納得する。

 だから蒼は私にも話してくれなかったのだ。それに今更気がつくなんて。


「バカだなぁ、私……」


 小さく独りごちた私の呟きは、小宮くんにも届いていない。


「小宮くん!」

「は、はい!?」

「ちょっとやそっと拒絶されたくらいでナヨナヨしないっ!!」

「何急に!?」

「蒼に振られてウジウジしてたんでしょ?」

「してな……してました」

「よろしい」


 ごまかそうとする小宮くんをジト目で見ると認めた。


「ダメだよ。男の子なんだから。蒼も本心で遠ざけてるわけじゃない。きっと小宮くんに助けてほしいに決まってる」

「それは……」


 小宮くんは、蒼にまた関わっていくことでまた拒絶されるのではないかと怯えている。

 要は自信が持てないのだ。

 一体全体どうして、こんなにも自分に自信がないのだろうか。

 なんでそんな人を好きになっちゃったんだろうか。ワカンない。


 ……全く。


「私、蒼に酷いこと言っちゃった。卑怯なことしちゃった。だからちゃんと謝らなくちゃいけないの」

「……え?」


 脈絡のない話に小宮くんははてなを浮かべる。

 私はそれでも続ける。


「だから私が謝るの小宮くんも手伝ってくれないかな?」

「……! それって」

「小宮くんは私のために蒼を助けるの。どう? いいでしょ?」


 私の言わんとしていることが分かったのだろう。

 小宮くんが笑った。


「分かった。手伝うよ」

「よし! そうと決まれば!! 私は蒼のこと気にかけつつ、嫌がらせしてるやつを特定するから、小宮くんも情報を集めて!」


 私は立ち上がって小宮くんにそう伝える。

 やることが明確になった今、私の中の暗い気持ちは吹き飛んでいた。


「分かった!」


 小宮くんも立ち上がり、それに応える。

 ようやく決心がついたようだ。


 そして私は振り返って小宮くんを距離を縮める。


「……?」


 ──チゥ。


「へ?」


 私のそれと小宮くんの頬が触れる音が小さくなった。


「これで貸し一だからね?」


 私はそう言い残し、その場を足早に去った。

 死ぬほど顔が熱かった。



 ──────


 ああ〜、ようやくいい方向に転じさせれそう。少々長くなりました。

 ウジウジ小宮くんおさらばです。

 って言っても、女子にケツを叩かれてようやく動き出すわけですけど。

 兄貴のように万能とはいきません。


 ここにきて、自分の中で静のキャラが定まったような。

 もう少し腹黒路線でも良かった気がしなくもないです。

 展開早めるためにパッパといきましたけど、本当は親友に黙って、アプローチをかけ続けて奪い取ろうとするみたいなこともしたかったかも。

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