第12話:学園の王子様(女子)
実家で一泊して翌日の日曜日。
俺は実家を後にして、一人暮らしをしているワンルームマンションに帰ろうとしていた。
一人暮らしの件は、継続。
あの後、親父に紗について何かあったか聞いたが、まだ何も聞いていないようだった。
『そう。帰ってくるのね。実家は楽しかった?』
ラインで帰ることを市川さんに伝えるとそんなメッセージが返ってきた。
『まぁ』
返信はそんな短い言葉。
妹と会えたことは嬉しいが、それ以外に嬉しいことなんて何一つなかった。
事実、婚約者ができそうになった。
「これをどう説明するかだよな……」
好きな人を諦めたその日に違う女の子と付き合って、すぐに婚約させられそうになって帰ってくるってどんなだよ。
……我ながらとんでもない。
未だに遠野さんへの想いもはっきりと断ち切れていないというのに……厄介すぎる問題だ。
『もし、またあなたが他の女子と楽しそうに話しているのを見たら本当に刺しちゃうかもね』
先日の昼休みの台詞がフッシュバックする。
「説明はまた……今度にしよう」
今の俺に市川さんに説明する勇気はなかった。
ピコン。
『もしかして、女の子といろいろあったのかしら?』
「…………」
顔が引きつった。
何この人、エスパー?
バレてるわけじゃないよね? まさか……ね。
「なんにもなかったよ、っと」
俺はそう返信してスマホをポケットに入れると電車に乗り込んだ。
吊革を持って数駅を電車に揺られること数分。
日曜の昼間ということもあり、電車の中はそこそこ混み合っている。
数駅を乗り継いでから俺は異変に気がついた。
隣にいた女の子が今にも泣き出しそうになっているのだ。
初めは体調でも悪いのかと思っていたがそうではないらしい。
女の子は体を震わせている。
その異常を察知してからよく見れば、女の子のお尻のほうにおっさんの手が伸びていた。
これは……痴漢!?
初めて遭遇した痴漢に少し戸惑う。
漫画とかだったらこういうところで格好良く助けるっていうのがお決まりだが、現実でいざ目にするとすぐに動くなんてことはできなかった。
本当に痴漢なのか、手が当たっているのは気のせいじゃないのか。
それとももしかしたらカップルがそういうプレイをしているだけなのかもしれない。
余計な考えばかりが浮かんで中々、行動できない。
しかし、時間をかければかけるほど女の子の顔は青ざめていく。
小心者の俺がしなくても誰かがやってくれるんじゃ、そんな甘えた感情が湧き出る。
「ッ!」
馬鹿野郎。これじゃあ、いつまで経っても平凡な小宮くんで終わってしまう。
市川さんにふさわしい人間になると決めたじゃないか。
俺は、勇気をだして女の子のお尻を触っている手を掴もうとした。
「な、なにして──」
「なにしてるんですか?」
……あれ?
綺麗なアルトボイスが電車内に響き渡る。
俺が掴もうとした手は空を切り、代わりに別の人物がそのおっさんの手首を掴んだ。
「は、離せ!! なんだ!?」
「今、この子のこと触ってましたよね。見てましたけど」
「な、何を言っている!! 私は何もしていない!!!」
「おじさん、うるさいです。とりあえず、次の駅で降りてもらえますか? 言い訳はそこでしてくれればいいので」
「うるさいっ! 私は何もしていない!!」
「君も見てたよね?」
「ッ!?」
おっさんの手を掴んでいたのは、メガネをかけた中性的なイケメンだった。神宮寺とはまた違ったタイプのイケメンだ。
そんなイケメンとおっさんとのやりとりを見ていると急に俺に振られた。
「え、あ、はい……」
「ほら、他にも目撃者いた。言い逃れはできないよ」
「ぐっ」
大きく騒いだことにより、周りはざわざわと騒ぎ出す。
「え? 痴漢?」「最低」「キモ……」
おっさんは白い目で見られて、先ほどまでの威勢がなくなっていき、観念したのか静かになった。
「君は、大丈夫?」
「は、はい……」
「怖いかもしれないけど、次の駅で降りられる?」
おっさんを拘束しながらもイケメンは、女の子にも気遣いの言葉をかける。すると女の子はコクリと頷いた。
「お兄さんも一緒に降りてくれるかな。よかったら証言して欲しいんだ」
「あ、はい」
そして流されるままに俺も一緒に電車を降りようとする。
その時、おっさんも最後の抵抗を試みたのか、急にイケメンの手を振り解いて、走り出そうとした。
「ッ。待て!!」
俺はとっさにおっさんの鞄を掴んだ。ほとんど反射に近かったと思う。
しかし、そのおかげでおっさんはバランスを崩し、その場に転倒した。
そして瞬く間にイケメンはおっさんを組み伏せ、もう一度逃さないようにしっかりと拘束する。
「暴れないでください」
「う、うるせぇ、離せ」
イケメンの華麗な拘束術を前におっさんは身動き一つ取れずにいた。
周りには野次馬が集まり、中には写真を撮る者も。
それでも彼は、冷静さを失わずに駅員が来るまでの間、おっさんを拘束し続けた。
その後、俺は置き物状態となり、イケメンくんに流されるままにおっさんを駅員に引き渡し、事情を説明した。
その間、俺がずっと抱いていた感想は、「イケメンすげー」というものだった。
やっぱ、イケメンは行動力がちげぇわ。
どうしようか、迷っている間にさらっと解決してるんだもん。
別れるときに女の子に向けたあのスマイルよ。
女の子は恍惚とした表情をしていた。
絶対恋に落ちてただろ、あれ。
あんな笑顔向けられたら男の俺でも惚れてしまいそうだ。
「君もありがとう」
「あ、いえ……」
イケメンの実力を知ったところで、女の子も帰ってしまい二人きりになった。
電車を待つ時間が気まずい。
そして電車に乗り込んでからも無言は続く。同じ方面のようだ。
真のイケメンとの会話は同性でもなんか緊張するよな。
……ん、同性? 待てよ。この人どこかで見たことが……。
「私の顔に何かついている?」
「あー、いえ……どこかで見たことあった気がしたんで」
「へぇ。もしかしたら同じ高校だったりして」
「はっはは、そんなわけ……っ!!」
中性的な顔、スラリと高い身長と程よく引き締まった体。
その立ち姿がどこかの誰かと重なった。
そう、俺は高校でこの体型に似た人物を見たことをある。
ただし、その人物はもうちょっと髪が長く、メガネもかけていない。なにより女子制服を着ていた。
「も、もしかして、江南高校?」
俺は自分が通っている高校の名前を出す。
「……! そうだよ。よくわかったね。君ももしかして江南?」
「うん……」
分かった。分かってしまった。
「満島さん、だよな?」
「驚いた。同級生かな。君みたいな子見たことなかった気がするけど」
そう、この人はうちの学校で女神と双極を成す有名人。
学園の王子様の異名を持つ歴とした女の子だった。
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