第11話:婚約者のプライド(※再修正済み)

 え、誰? というかなんて? こん……?


 突然の出来事に俺は固まってしまった。

 しかし、金髪の少女は、ツカツカと詰め寄ってきて、俺の顔を至近距離で見つめる。

 市川さんにも負けず劣らずの美少女。

 もう少し近づいてしまえば、触れそうな距離に心臓が悲鳴を上げる。


 だが、俺も市川さんで少しの耐性がついたんだ。

 少しくらいだったら……。


「ん〜?」

「ち、近い……」


 嘘です。耐性ないです。

 そんなにジロジロ見ないで。恥ずかしい!


「平凡そうな男。プラスしてつまらなさそう」

「は?」


 いきなりなんだ。人の顔をジロジロ見つめてきたかと思えばなんでそんなことを言われなければならない。


 金髪の少女は俺から顔を離すと正面に座り直す。

 そしてあたかも自分の家のようにお茶を飲み、くつろぎ始めた。


 な、なんだよこの失礼なやつ……。

 婚約者って言ったか?


「親父、どういうことだよ。婚約者って……や、約束は!?」


 俺は訳もわからず親父の方を見た。


「……こちら私がお世話になっている篠塚さんという方のところのお孫さんでな。お前のの相手だ」

「婚約予定……?」

「そうだ。このままお前が何の連絡もなく、恋人ができていなければ、彼女と婚約してもらう予定だった」


 つまり、俺はなんとか親父との約束を果たすことができたので婚約はなかったことになるというわけだ。

 ……じゃあ、なんでこの人はここにいるんだ?


「ふん。婚約者って言うからどんなやつかと気になってきてみれば……彼女いるとか。とんだ無駄足よ!!」


 俺の疑問に答えるように彼女は悪態をつく。


「……そういうわけだ。せっかく来てもらったんだ。婚約は正式に破綻にはなるだろうが、少しだけでも話していくといい。私は、このまま席を外させてもらう」


 そう言って、親父は立ち上がると部屋を出て行ってしまった。


 ……この状況で二人きりにさせられて何を話せと?

 しかも、たった今、婚約が破綻になった相手と。気まずいなんてもんじゃないぞ。


「……」


 目の前の彼女は不機嫌そうにそっぽを向く。

 これ、俺がフォローしないといけないの? 


 ……はぁ。仕方ない。


「あのさ。お前も俺と婚約なんて嫌」

すず

「え?」

「『お前』じゃない。篠塚紗しのづかすず、それが私の名前よ。紗でいいわ」

「お、おう……」


 な、なんだ急に。


「篠塚さんは──」

「紗」


 どうやら彼女は苗字で呼ばれることが嫌らしい。

 異性をしたの名前で呼ぶのって妙に緊張するな。


「す、紗は……嫌じゃなかったのか。顔も知らない相手と婚約なんて」


 親に勝手に決められそうになって俺は嫌だった。

 だから破綻して安心してはいるが、相手はどう思っているかわからない。


 つまらなそうとは言われたが、婚約が破綻したことに文句を言っていたところを見るともしかしたら、少しでも俺のことを──


「嫌に決まってるじゃない。写真で見てはいたけど、会ってみたらやっぱり頼りになさそうだし、ちょっとマヌケ面だし、私の好みのタイプじゃない。最悪よ」


 いいと思ってくれてるわけもなかった。

 ……悪かったな間抜け面で。

 最悪まで言うことないだろ。

 いいと思ってくれてたら申し訳ないことしたなと思った俺の気持ちを返せ。


 美人ではあるが、キツイ性格をしている。俺とは完全にウマが合わなさそうだ。

 

「じゃあ、お互いこれでよかったじゃん。俺も紗みたいなのと婚約じゃなくなってよかったわ」

 

 ボロクソに言われ、ムキになってしまった俺は、少しだけ嫌味ったらしく言ってしまった。

 仮に市川さんと付き合ってなかったとしてもこんな明らかに喧嘩腰の相手と恋仲になるなんて不可能だったと思う。


「はぁ────っ!? 何ですって!?」


 だけどそれがよくなかった。俺の言い方が気に入らなかったのか、紗は声を荒げる。


「アンタみたいな誰にモテたことなさそうなつまんないやつがこの私と婚約できそうになっただけでも感謝しなさい!!」


 あくまで上から目線。

 その物言いに流石の俺もイラッときた。


「誰がっ! お前みたいなやつと婚約しなくてもこちとらお前より可愛い彼女がいるんだよ!!」

「はん? この私よりかわいい? そんなわけないじゃない」


 先ほどまで声を荒げていた紗は一転、鼻で笑い飛ばす。

 よっぽど自分に自信があるようだ。


「この私、紗様より、可愛くて優れたいい女なんて一人も存在しないわ!!」


 どっからその自信が来るんだよ、マジで。

 自信満々のこいつの鼻っ柱をへし折ってやりたい。


「お前みたいな性格のやつがいい女とかどこの世界線だよ。ありえねぇだろ。出直せ!」


 こんな高圧的でプライドの高いやつ、俺はごめんだね。


「はぁ!? アンタこそ大したやつじゃないくせに!! どうせアンタみたいな男の彼女も似たように芋臭いんでしょうね。仕方ないから、さっきの発言は聞かなかったことにして、この私とどっちが可愛いかもう一度聞いてあげるわ。さぁ、私を選びなさい!」

「俺のことならいざ知れず、市川さんのことまで……死んでもお前みたいなやつ選ばねぇわ!!」


 というか、なんで選んで欲しいみたいな流れになってんだよ!?


 その後も俺たちはあーだ、こーだと言い争う。


「ぜぇぜぇ……」

「はぁはぁ……」


 俺たちは一頻り、お互いに文句を言い合うと一旦、息を整えた。


「そもそもアンタ本当に彼女いるの? 見栄張りたくて嘘ついてるんじゃないでしょーね?」


 なるほど。こいつ、本当は俺に彼女がいないと思っているのか。

 そんなのスマホ見せればそれで終わりだからな。


「いるに決まってんだろ。証拠ならここに──」

「第一この私でも恋人がいたことないのにアンタなんかにいるはずないじゃない!!」


 紗は俺の発言を遮って、高らかに主張する。


 ……こいつ恋人できたことなかったのか。そうかそうか。

 確かに美人ではあるが……性格に難ありだからな。

 男はその辺も見抜いているのだろう。


 それか告白はされるが、こいつが相応しくないとか言って切り捨ててそうな気がする。理想高そうだし。あ、そっちの方がありえそう。


 俺も市川さんに告白されるまでできたことなかったから人のことあまり言えないが……。


「ふっ」


 ともあれ、俺はこの勝負の勝ちを確信した。

 だから──


「まさか……自分に恋人ができたことないからって僻んでるのか? 自分は独り身なのに俺みたいなのに彼女がいることがそんなに悔しいのか。悔しかったら恋人でもなんでも作ってみろよ」


 煽った。全力で。


「…………」

「紗……?」


 よっぽど俺の言葉が効いたのか、俯いて体を震わせてしまう紗が心配になり、声を掛けた。言い過ぎたかも……そう思った矢先。


「アッタマきた!! そこまで言うならやってやろうじゃない。婚約!!」

「……は?」


 紗は顔を真っ赤にして、こちらに宣言する。


 何言ってんだ、こいつ。婚約をやってやるって意味わからん。

 ついさっき婚約は破綻になる流れになったところだろうが!


「できないと思ってるでしょ? 私がお祖父様に頼めばアンタとの婚約なんてすぐに決まるわ」

「……お祖父様?」

「そうよ。私のお祖父様はすごいの。私が可愛く『お願い?』って言えば、私の言うことをなんでも聞いてくれるわ。この前なんか、私がこの前テレビやっていた洋菓子店のケーキ食べたいって言ったら店ごと買ってくれたわ!!」


 ……へぇ。ケーキって店ごと買うものだったのか。

 いや、こいつのお祖父様って何者だよ。頭おかしいだろ!?


 親父もお世話になっているって言ってたが……。

 というか、どうやってそんな相手と婚約させようとしたんだ!?


 しかし、それが事実なら、ちょっとヤバイ気がする。


「だからそれで私とアンタは婚約者よ!!」

「トチ狂ってんのか!! 俺には彼女がいるって言ってんだろ!!」

「アンタが煽るから悪いんじゃない」

「よくそんなつまらないプライドのために嫌な相手と婚約しようなんて思えるな!?」


 紗は焦る俺を見て、目の前で高笑いを続ける。


「そうよ、プライドよ!! この私を馬鹿にしたこと絶対に許さないんだから!! だからその彼女からアンタを奪ってやるっ。そしてアンタが泣いて乞うくらい私なしではいられなくなるようにベタ惚れにさせてやるわ!!」

「ッ!!?」


 どこかで聞いたことのあるセリフ。

 奇しくもいつかの市川さんにも言われた同じ言葉だった。

 

 ……こいつ狂ってやがる。 

 マジでどうする?


「せいぜい震えて待ちなさい」


 勝ち誇った顔でこちらに笑いかける紗が腹立たしい。


「まぁ、お情けとしてアンタが惚れなかったその時は、潔く諦めてあげるわ。それまではよろしくね、婚約者様?」


 ……マジで婚約するつもりか?

 こいつのお祖父様が如何程の人物かは分からないが……。


 市川さんにどうやって説明しよう?

 実家帰ったら婚約者できたって?

 ……それはそれでやばい気がする。

 

 いやいや、そもそもまだ決まったわけじゃないし、大丈夫だ。もし万が一婚約者になったとしても、俺に勝機はある。俺が惚れるはずがない。

 こいつの言うことを信じるならだが。


 どうせ、学校がある間は会うこともないんだ。何かが起こるっていうことはほぼないだろう……大丈夫だよね?


「あ、後言っておくけど、来週から私も同じ学校通うから」

「……嘘だろ?」

「まぁ、彼女さんには黙っておいてあげる」


 目の前でほくそ笑むこの女が悪魔に見えた。


 ……それも絶対嘘だろ。

 ああ、神様。俺が何かしましたか?


 ◆


 私、篠塚紗は、今日初めて婚約する予定だった男と話した。


 初めて写真を見た時、平凡でつまらなさそうなやつだと思った。

 しかし、仮にも婚約をする相手。一度会っておいた方がいいということで私はわざわざ会いに行った。

 そして実際に会ってみたら、私が抱いていた感想は何一つ間違っていなかった。


 しかも、行ったら行ったで彼女ができたという。

 つまり、婚約は破綻。とんだ無駄足だった。


 無駄な労力を使ったこと、そしてこの私ですら彼氏という存在はできたことないのにこんな何の変哲もない奴が恋人がいるという事実に腹が立った。


 そして話していくうちに私たちはケンカになった。ウマが合わない相手だと思った。

 こんなやつとは婚約者にならなくてよかったと心底思ったのだ。


 思ったのになぜか、私はまた婚約してやると宣言していた。

 

 ……仕方ないじゃない!!


 このままでなんていられない。

 今まで誰にも負けたことのなかった私のプライドが許さない。


 別に恋人がいることが勝ちだなんて安っぽい考えはしていないけど、あの男に遅れを取るのはなんとなく癪だった。


 恋人くらい作ろうと思えば、すぐに作れるけど、どうせなら私を馬鹿にしたあの男を困らせてやることにした。


 そして私の思惑通り、あの男は焦っていた。

 しかし、まだ始まったばかり。


 ここからがあいつと私の勝負だ。

 絶対にあいつを惚れさせて、奴隷のように扱き使ってやる!!


「つまらないと思っていたけど、存外楽しめそうじゃない」


 小さく呟いた私は、来週からの計画を立てることにした。



 ──────


 お待たせいたしました。

 修正版です。(二回目)


 何度も修正して申し訳ございません。

 これで最後となります。かなりの難産でした。


 読者様によっては紗がコロコロと性格変わることを不快に思われるかも知れませんがご容赦ください。


 結局、わがまま系ツンデレに落ち着きました。

 ですが、一番最初よりも嫌悪感は少ないかなと。

 プライドをとんでもなく高くしているだけにしています。


 昨今、ツンデレ自体に嫌悪感を沸く人も多い気もしますが……好きなんですよね、ツンデレ。

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