第38話:女神様のいない一日(前)
「おーっす、ってどうした? 目の隈すごいことになってんぞ」
「…………おはよう。これはなんでもない」
「そ、そうか……ならいいけど……」
今日は金曜日。
学校へ登校してから俺の顔を見たナカに心配された。
目を閉じれば今にも寝てしまいそうである。
しかし、今日が終われば明日は土曜日だ。帰ったら即爆睡してやる……。
市川さんは起きてからも、昨日のことなど何もなかったかの様にケロッとしていた。
俺は全く眠れなかったというのに。
そして朝も一旦家に荷物を置いてから学校へ行くということで今日は別々に登校した。
「お、お、おはよう。洋太」
「ああ。おはよう」
「お、篠塚さんおはよう」
ナカと話していると紗がやってきて、後ろの席へと座る。
挨拶も少しぎこちなかった。
だけど眠さが勝って、それを指摘するまでに至らない。
「何よ? なんかテンション低くない?」
それで紗も俺の様子を察したようだ。
「眠いから放っておいて」
「は、はぁ!? 何よ!! こ、こ、こっちはあれだけのことしたんだからもうちょっと反応しなさいよ!!」
「あれだけのこと?」
なにしたっけ……? 隣にいるナカと一緒に頭に疑問符を浮かべる。
昨日は、市川さんに……あ、そうだ。紗にも!
「わ、忘れたとは──むぐっ!?」
それを思い出した瞬間、俺は紗の口を慌てて塞いだ。
危ない。
「な、何すんのよ!?」
「おま、それ言うのなしだろ!」
「何よ! あんたが少しも恥ずかしそうにしないからいけないんでしょ!?」
「いや、それは……」
紗には悪いけど市川さんに記憶を上書きされていたせいで、半分忘れてた。
よくよく考えたら紗のあれも思い出したら十分に恥ずかしい。
だけどやっぱり……。
市川さんのことを思い出して、顔に火が灯る。
そして何を間が違いしたのか紗は得意げな顔になる。
「ともかく、下手なこと他のやつらに言うなよ?」
「ええ、どうしよっかな〜」
「それ言ったら俺は二度と口聞かないからな!」
「……そ、それは卑怯よ!」
「俺とお前だけの秘密だからな。いいな?」
「ひ、秘密……わ、わかったわ」
どうにか紗の暴挙を抑えることができた。
紗は若干顔を赤らめてから逃げる様に教室を出て行った。
忙しいやつだな。
だが、ナカの目の前でそんなことをやってみれば注目されるわけで。
「え? 洋太いつの間に篠塚さんとそんなに仲良くなったの?」
「いや……気のせいだ」
そう適当に誤魔化す。
あ〜畜生、目蓋が落ちてくる……。
そのせいで言い訳を考えることなんてできなかった。
「小宮くん、おっはよ!」
すると今度は、登校してきた崎野さんが俺を見つけ声をかける。
一難去ってまた一難。
ね、寝かせて……。
だが、声をかけてきた崎野さんを見て、俺は気が付く。
崎野さんは一人だった。
市川さんと一緒じゃないのだろうか。今日も一緒に登校するはずだ。
「おはよう。市川さんは?」
「蒼? 今日お休みするらしいよ」
「え゛?」
「蒼に何か用事?」
「いや、そういうわけじゃないけど……」
朝はそんなこと一言も言ってなかったのに……。
もしかして何かあった?
体調崩したとか? それとも昨日俺が理性を失って知らずのうちに何かを……いや、流石にな? 違うはず。
「なんか、急遽家の用事なんだってさ」
「へ、へぇ……」
その一言に安心する。家の用事ならよかった。
ん? それにしても市川さんって昨日なんて言ってうちに泊まったんだろう。
もしかして親に黙って泊まったのがバレたとか? それで学校これないとかじゃないよね……? 後で確認の連絡を入れておこう。
そして崎野さんは挨拶が終わっても俺の前で何かモジモジとしていて中々席に戻らない。
「あ、あのさ」
そして口籠もりながら俺に向かって再度話しかける。まだ用事があったのか。
「後でちょっと話があるんだけどいいかな?」
「話? 話って何?」
「それは内緒!!」
な、内緒って……。何言われるんだろう。
俺、崎野さんに何かしただろうか。
「おいおい、静。なに? お前もそいつと仲良くしたいのか?」
そんな俺と崎野さんの様子を見て、笑い声が聞こえてきた。
この不快な笑い声をするのは一人しかいない。
ニヤニヤとしながらバカにする様にこちらに近づいてくる男、長野だ。
なんか、俺が他の人と話してると絡むのがお約束になってきたように思える。
そんなに俺のこと嫌いか。俺は特に長野に何もしていないんだけどな……。
「何、翔? 別に翔には関係ないでしょ? 私がどのクラスメイトと仲良くしようが勝手じゃん」
「っ」
だけど崎野さんは俺を庇う様に前に出て長野に真っ向から反論した。
まさか反論されるとは思っていなかったのか、はっきりと言われて長野はたじろいだ。
「そ、そいつの何がいいんだよ?」
「何がいいも悪いもないから。ただクラスメイトと話してるだけでしょ? それの何がいけないの?」
まさしく正論。一々クラスメイトと話すだけで突っ掛かられたきたら迷惑でしかない。
「少なくとも最近の翔みたいに他の人をバカにしないし、そういうところが話しやすいし、翔と違って話していて楽しいかな」
私も前まではそうだったんだけど、と小さく呟いたのが聞こえた。
きっと前に市川さんと登校した時の話をしているのだろう。直接的にバカにされたことはなかったが、市川さんのことで見境がなくなっていた。
「は、はぁ? 俺よかそいつの方がいいって言うのかよ!?」
「だからいいも悪いもないって言ってるじゃん! なんでわかんないの?」
段々二人の間は険悪なムードが漂い始めてきた。
「そういうしつこいとこ治した方がいいよ。そんなんじゃ、篠塚さんにも嫌われ──キャッ!!」
「てめっ」
「ッ!」
俺はとっさに崎野さんに前に出た。
言い返されて激昂した長野が崎野さんにすごい勢いで詰め寄ろうとしたからだ。
まさか殴るつもりはなかっただろうが、あのままいけば何かしら崎野さんは怖い思いをした可能性がある。いや、既にしているかもしれない。
だが実際に何も起こっていない。間に入った俺に対しても。
「翔も流石にそれはダメ。少し落ち着いて」
「連……わ、わりぃ」
長野を神宮寺が後ろから止めたからだ。
神宮寺の一言に長野は我に返る。
「ごめんね、静。翔にはよく言い聞かせておくよ。最近ストレス溜まってるみたいでさ」
「……」
崎野さんはそれに静かにうなずいた。
「小宮くんもごめんね」
「いや……」
「ふっ」
「ッ」
一瞬、ニヒルな笑みを浮かべた神宮寺は長野を方向転換させる。
なんか嫌な目だな
言葉には出してないけど、何か俺を見下す様な。そんな視線。
……いや、今までも間に入ってくれることが多かったんだ。
クラスメイトをそんな風に思うのはやめよう。単純にいいやつだと思うし。
「チッ。最近、蒼も静も……どうなってんだよ……」
「はいはい、行くよ」
悪態を吐きながら長野は神宮寺に連れられて行った。
「崎野さん大丈夫?」
「う、うん……ご、ごめん。私のせいでまた迷惑かけちゃって……」
「別に俺は大丈夫だけど、あんまり刺激しないほうが良かったかもな。最近、長野怒りっぽい気がするし」
「そ、そうだね。ごめん……」
崎野さんは謝ると申し訳なさそうにして自席へ戻って行った。
「お前、崎野さんともいつの間にそんなに仲良くなったんだ?」
「…………気のせいだ」
ナカにはもう一度、誤魔化すしかなかった。
「えっと、おはよう。どうしたの?」
「何よ、この空気」
そこへ先ほど出て行った紗と今し方登校してきた遠野さんがやってきて予鈴が鳴った。
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