第39話:女神様のいない一日(中)

 先生が来てからこっそりスマホを見ると市川さんから連絡が入っていた。

 どうやらお父さんが海外の長期出張から一時的に帰ってきたらしい。

 それに合わせて今日はお休みをしたそうだ。


 ちょっとホッとした。

 外泊がバレて向こうのご両親に挨拶に来いなんて流れになったらどうしようかと。


 そんなわけで今日の俺は久しぶりにお昼がフリーなのである。

 ナカと久しぶりに一緒に食べるかな。

 正直、一周回って今は目が冴えている。今ならなんだってできる気がする。


 なんてことを考えていると隣の遠野さんから声をかけられた。


「こ、小宮くん! きょ、今日よかったら一緒にお昼どうかな?」

「え?」


 まさかのお誘いに俺も困惑した。

 なんでまた急に……。

 今日に限って予定は空いてはいるが、市川さんのことを考えるとここは断るのが当然だ。


 しかし、どうやって断ろうか。この無垢な瞳を前に。


「も、もちろん二人きりじゃないよ!? 藤本くんと紗ちゃんも誘ってるから!!」


 すると俺の戸惑いを察してか、慌てて遠野さんは訂正をする。

 それに合わせて後ろから紗が話しかけてきた。


「そういうこと。ほら、さっさと行くわよ」

「ナカはともかく、す、篠塚さんは別に……」

「なんでよ!?」

「まぁまぁそう言わず、食堂で久しぶりに飯でも食おうぜ! 昨日もすぐにお前どっか行っていなかったからな〜。昨日の誕生日プレゼント代わりに飯奢ってやるよ」

「……そういうことなら」

「ちょっと待って!? え? アンタ昨日誕生日だったの!?」


 知らなかったのかよ。まぁ、当然か。言ってないしな。こいつが自分から調べるとは思えない。


「だ、だから昨日アイツとふた──むぐ!?」

「学習しないのな!? ちょっと黙ろうか!!」


 再び、何かを言い出しそうになった紗の口を容赦なく塞ぐ。

 そして後ろにいる二人に聞こえない様に背を向ける。


「ぷ、ぷはぁ、何すんのよ!!」

「朝も言ったよな?」

「……!! そ、そうね。秘密だったわ」


 なんか知らんが秘密という言葉に弱いらしい。


「(あ、でも待って? もしかして昨日泊まったのはそういうこと? そういえば、あのことを調べた時も恋人の誕生日は……)──ッ!!!!」

「どうした?」


 急にぶつぶつと独り言を言い始めた。


「(え、嘘。つまりそういうこと!? え、私がアレをした後に!? う、嘘でしょ……私あんなので満足して……は、恥ずかしい……)」


 紗は急に俺の横で顔を真っ赤にさせて硬直した。俺の呼びかけも聞こえていないらしい。


「ちょ、ちょっと待って!! 昨日!! 昨日はどうしたのよ!? あの女とまさかとえっ──」

「いや、何もしてないから!! 断じてしてないからな!!」


 引き続き、とんでもないことを口走りそうになり、それを遮った。


 昨日だけでそういう知識付けすぎだろ。昨日までコウノトリを信じたピュア……アホな紗はどこいった。


「へ、へぇ。そう……ということはアンタまだチェリーってわけ?」

「久しぶりに聞いたなその表現。……まぁそうだよ」

「へぇ……へぇ〜!!」


 うざ。別にそういう経験ない奴なんていっぱいいるだろ。

 そんなに俺に経験のないことが嬉しいか。というか、そういうお前もそうだろうが。


「(ふん。それならまだあの女には負けてないってことね! じゃあ、この私が洋太の初めてを……って何考えてるのよ!?)」


「食堂行こうか」

「篠塚さん、放っておいていいの?」

「大丈夫だろ」

「なんか紗ちゃんの扱い雑になってない?」

「気のせい」


 俺は後ろで体をくねらせる紗を放置して遠野さんとナカと食堂へ向かった。

 若干の罪悪感がないこともないが、ナカも一緒ならきっと市川さんも許してくれることだろう。


 ◆


 久しぶりにきた食堂は人がごった返していた。

 今まで市川さんと二人で食べていたからこの感じも新鮮で懐かしい。


 俺たちはその中から運良く、空いた席を見つけて確保した。

 それぞれ食券を購入してから料理を受け取り、席へ持っていく。


 俺も親子丼を受け取って、席へと向かう。


 すると遠野さんの料理は先に出来上がっていた様で既に座っていた。

 そしてその横に見知らぬ男が立って話している。


 男は少し浅黒いが、堅実そうな見た目をしており顔も整っていた。

 イケメンというより男前という表現が的確だろう。


 なんだ? ナンパ? 学校で?


 しかし、遠野さんの顔を遠目に見る限り、そこまで嫌そうな顔はしていない。ただ戸惑っているのは分かった。


 そして俺が近づくとそれに気がついたその人は、遠野さんに和かに手を振って去って行った。


「今の人は?」

「あ、小宮くん。今の人……西野さんは、中学校の時からの先輩なの」

「そうなんだ。結構、仲良いの?」

「え? あ〜うん? 仲はいいと思うんだけど……」


 西野さんというのか。

 それにしてもなんとなく歯切れが悪い様子。

 別に嫌っている訳ではなさそうなのに。


「じ、実は、この前告白されて……」

「え!? 告白!?」

「こ、声が大きいよ……っ」

「ご、ごめん」


 思わず叫んでしまった。やはり片想いをしていた相手だけあって、あんな男前の人に告白されたと言われて動揺してしまった。


 遠野さんは恥ずかしそうにしている。


「えーっとそれでどうしたの?」

「こ、断ったよ」

「そ、そうなんだ」

「……うん、それでちょっとだけ気まずくって」

「な、なるほど……」


 なんとも言えない感情が入り混じる。

 これは単なる好奇心だろうか。


「それはなんで断ったの?」

「っ……き、気になる人がいたから」


 チラチラとこちらを見ながら小さくそう呟いた。

 ちょっとデリカシーなさすぎたか。

 流石に恥ずかしいよな。


 ……やっぱり幼なじみなんだろうなぁ。

 あの先輩でも十分かっこいいのに。よっぽど好きなんだろうな、幼なじみ。

 先輩、南無。


 ……にしても遠野さんってモテるな。


「も、もうやめよ、この話! それよりさ、明日! 明日のこと話したかったの!」

「明日?」

「え、忘れたの?」

「あっ、いや、忘れてないよ! えっと、明日どうすればいいのかな?」

「お昼、十三時に駅前に来てくれる? せっかくだし、みんなで遊んでからお祝いしたいなって思って!」

「駅前ね、りょーかい!」


 あんまり友達にもこうやって祝ってもらうことってなかったからなんか新鮮だな。

 それにしてもみんなって誰がくるのだろうか。


「なぁ、他の人って誰が来るの?」

「え!? そ、それは……内緒! 楽しみにしてて!!」


 内緒……なんか最近そんなこと多いな。流行ってるのか……?


「あ、ああ。分かった」


 その後、うどんを持ったナカと誰が頼むかもわからないと思っていた3,500円もする定食を持って紗が戻ってきてみんなで昼食を堪能した。





「それにしても今日はすぐにどこか行かなかったな」

「え?」

「市川さんもちょうど休みだし、なんか関係あったり……?」


 ピシリと場の空気が凍った。


「なんてな! 冗談だって!!」

「…………」


 やたらと鋭いナカだった。


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