第2話:学園の女神様が彼女になりました

 市川蒼。

 学年一……いや、学校一とも称される超絶美少女。

 学年トップの成績に運動神経抜群。まさに才色兼備の文武両道とは彼女のことだった。

 先生からの評判も高く、さらには人望も厚い。

 何をやらせても全てうまくこなしてしまうまさに神に愛されし、少女。 


 そんな彼女が平凡な俺に……告白?


「……ごめん。もう一度、言ってくれる?」

「あなたが好きよ。私と付き合ってくれないかしら?」


 聞き直しても同じだった。


「……」


 いやいや、嘘だろ。なんかの罰ゲーム?


 周りを見渡しても誰もいない。

 もしかしたら教室の外に誰か隠れていて、慌てふためく俺を見て楽しんでいるのかもしれない。


「どうしたのかしら?」

「いや……」


 しかし、彼女からは一切の悪意を感じられない。

 教室の外を気にするようなそぶりも見られない。

 ただ単に彼女の演技力が高いだけなのか……なんでもこなしてしまう彼女ならそのくらいやってしまえそうな気もする。

 

「ごめん。俺が市原さんに告白される要素が見当たらないんだけど」

「そうね、あなたは全くと言っていいほど特徴のない人間だものね」


 ……あれ?


「それ告白した相手に言う言葉で合ってる?」

「私、平凡な男性がタイプなの」

「…………」


 全くもって会話が噛み合っていない気がしなくもないが、とりあえず落ち着こう。


 平凡な男性がタイプ?

 そりゃ、普通の人がタイプっていう人はいるだろうけど……おかしいよ。


 市川さんほどの人が俺を選ぶ理由なんてない。

 それこそ同じ学年のイケメンとか運動部のキャプテンとか、エースとか。頭が一番いい人とか。

 引く手数多の彼女が何故に俺を? そこに疑問を持つのは当然のことだった。


「目的が見えない」

「目的? 恋心に目的なんてものがあるのかしら? ああ、確かに恋というのは生物……感情を持った人間の本能である子孫繁栄のための副産物と言うものね。だからつまり、そう。そう言った意味では究極的な目的として、私はあなたと子作りがしたいわ」

「何言ってんの!? 飛躍しすぎだから!!」


 澄まし顔で何言ってるの、この人!?

 言ってて恥ずかしくないのか。こっちが恥ずかしくなるわ!!

 市川さんってこんなぶっ飛んだ思考してたの……?


「俺が言いたいのは、本当に俺のことが好きなのかってこと! 何か目的があって俺に近付いたんじゃないのか、って疑ってんだよ。例えば、ほら……罰ゲームとか」


 先ほども疑ったが、一番可能性があるのがこれだ。

 罰ゲームの対象に選ばれるなんて考えるの悲しいけど。これが間違いだったら非常に申し訳ないがそれくらいしかないはずなのだ。

 

「おかしなことを言うのね。本当に罰ゲームなのであれば、ますますあなたほど平凡で何もない人を選ぶ必要はないわ。ましてや、他の目的だってそう。あなたのような平凡な男に対して期待できるものがあると思う?」

「あれ、俺告白されてるんだよね? そこまで言わなくても良くない?」


 さっきから平凡平凡って。自覚はあるけど傷つくぞ。その平凡な男に告白するのが、おかしいから聞いてんだ。

 俺のこと本当に好きなのか、怪しくなってきたぞ?


「私の一世一代の告白を罰ゲーム扱いだなんて……悲しいわ」


 口元を押さえながら目を伏せて、悲しげな表情をする市川さんを見て、俺は焦った。


「ご、ごめん! そういうつもりじゃ……本当に俺のことが好きなのか気になって……」

「そう。だから私は本当にあなたに恋をしているわ。好きなの」

「ッ!」


 だけど疑う俺に市川さんはぐいっと、端正な顔立ちを近づけた。

 

 いい匂いがする。まつげ長い。かわいい。


 一瞬で思考が彼女の持つ魅力に虜になる。

 さっきの悲しむ仕草はやはり演技だったらしい。


「証明する必要があるなら、あなたにキスだってできるわ」

「キ、キスって……」


 市川さんと俺が?

 ヤバイ。


 彼女のビー玉のように綺麗な瞳はしっかりと俺を見定める。吸い込まれそうになる程綺麗な瞳だ。


 ゴクリと喉がなる。顔が熱い。


 ゆっくりと顔が近づいてくる。

 そして自然と視線は市川さんの柔らかそうな唇に引き寄せられる。

 このまま顔を近づけば……俺と市川さんの唇が重な……ッ!


「そ、そこまでしなくてもいい。本気なのは何となくわかった」

「そう。それは残念ね」


 俺は唇が重なる直前で思い留まり、顔を逸らした。

 彼女は妖艶な笑みを浮かべ、顔を離す。


「ほっ……」


 心臓がうるさい。

 俺はこんなにもドキドキしているというのに彼女は平然としている。


「それでどうなのかしら。小宮洋太くん。返事を聞かせてもらえるかしら?」

「…………」


 こんな状態でまともな思考ができるはずもなかった。

 顔は熱いし、心臓は暴れ馬のようだ。


 クスクスと笑う市川さんはどこか俺とのやりとりを楽しんでいるよう。

 俺はと言えば、彼女の本心が見えなくてヤキモキしているというのに。


「あなたは私が必要なのじゃないのかしら?」

「……どう言う意味だ?」

「そのままの意味よ」


 少し考えて、もう一度聞く。


「もしかして聞いてたのか?」

「さぁ?」


 誤魔化してはいるけどこれ絶対聞いてたな……。

 俺が後一週間で彼女を作らないといけないことを知って彼女はそう言っているのだ。

 まずった。


「正直、何に迷っているかは知らないけれど、後悔はさせないとお約束するわ」


 目の前で微笑む女神。

 正直、まだ疑いは晴れないが……もし彼女の言うことが事実ならこんな美少女が俺のことを好きになってくれたなんて奇跡でしかないと思う。

 しかも、ちょうど彼女をつくらなければいけないタイミングで。


 頭に過るのは、今年も同じクラスになった片想いの少女の姿。

 だけど、叶うことのないこの気持ち。


 …………。 


 でもいいのだろうか。


「こんな半端な気持ちで付き合ってしまったいいものか、そう考えているのでしょう?」

「な、なんで!?」

「あなた顔に出やすいのね。普通、こんな美人に告白されたら即OKするものと思っていたのだけれど。少しショックだわ」

「自分で言うのか」


 美人なのは間違い無いけど。

 後、俺そんなにわかりやすい顔してる?


「別に構わないわよ」

「え?」

「あなたが私に気持ちがなくとも。例え、あなたが打算的な目的で私と付き合ったとしても、それを受け入れるわ」


 まるで彼女は全てを分かっているかのようにそう答えた。


「もし、付き合って私のことを好きになれないのなら、その時は別れてくれればいいわ」

「そんな簡単に──」

「でもそうならないように私があなたを私無しでは生きられなくしてあげる」

「っ!」


 また心臓が跳ねた。


「それで、答えは決まった?」

「……」


 その笑顔はずるいだろ。

 鼓動が早くなっていく。


 結局、真意は分からない。本当に好きなのかもしれないし、他に目的があるのかもしれない。


 でも彼女の言うことは非常に魅力的に感じた。

 まるで、俺が彼女と付き合って、親父との約束を回避してから好きな人がいると言う理由で別れてもいい、そう言っているかのように。


 そんなことしたら普通に最低だけどな。

 だけどその言葉でどこか気持ちが楽になったのも確かだった。

 

 俺は息をゆっくりと吐いてから呼吸を整える。

 そして市川さんの方をしっかりと見定めた。


「──俺でよければ」


 そうして俺は、好きな人への想いを諦めて、学年一の美少女、市川蒼と恋人になったのだった。


 ◆


 私、市川蒼は、今日一人の男の子に告白をした。


 彼、小宮洋太くんは、何の変哲もない平凡な男子だった。

 だからこそ、私は彼がいいと思った。


 運動ができなくても勉強ができなくても。

 そんな姿がいつかの誰かと重なった気がした。


 ありのままの彼が良い。私が求めるのは平凡なこと。


「明日から楽しみね」


 私のはもう帰ってしまい、教室には私だけが残る。

 もう夕暮れ。もうすぐ夜がやってくる。


 一緒に帰っても良かったのだけれど、それはまたのお楽しみに取っておきましょう。


「ふふ、よろしくね、小宮洋太くん」


 小さく呟いてからその場を後にした。



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