好きな子に告白できなかったので学年一の美少女で妥協したら修羅場しかない

mty

第1話:女神様は告白する

 突然だが、質問だ。

 好きな人がいるのに告白された時、あなただったらどうするだろうか。


 一般的には、好きな人がいるので、と言って断るだろう。


 じゃあもし、その好きな人が自分に全く振り向いてくれていなかったら?

 好きな人が別の人を好きだったら?


 そういう場合は、どうするだろう。


 やっぱり、好きな人を諦めきれないという理由で断るだろうか。

 それとも、好きな人を諦めて忘れるために付き合うだろうか。

 謂わば、妥協。好きな人に手が届かなかったから手頃な相手で己の欲を満たそうとする行為は愚かなことか。


 ……更に条件を追加してみよう。


 もし、が後、十日以内に彼女を作らなければ、一人暮らしを辞めさせられ、どこの馬の骨とも分からない引きこもりの女子と婚約させられるとすれば?

 そして告白してきた相手が学校一の美少女で女神の異名を持つ女子だったら?


 その場合、どうすればいいだろうか。


 そんなことあるはずないって? いやいや、俺だって信じれないよ?

 残念ながら俺はイケメンでもなく、運動も勉強もできるわけでもない、ちょっと特殊な家庭環境を除けば、極々普通の男子高校生なんだ。


 だから余計に戸惑っている。


「小宮洋太くん。返事を聞かせてもらえるかしら?」


 俺、小宮洋太こみやようたが学園の女神に告白されるなんて。


「……俺で良ければ」


 そして俺が好きでもなかった人と付き合うことになるだなんて夢にも思っていなかった。


 ◆


 春。

 俺、小宮洋太こみやようたは焦っていた。


 『十七までに彼女を作れ。でなければ、実家に戻ってきてもらう。そして知り合いの引きこもりの娘と婚約させる。いいな?』


 これが中学卒業の時に父と結んだ約束。

 実家から一刻も早く出るために、一人暮らしをさせて欲しいと頼んだ末にとんでもない条件を押し付けられた。


 もちろん、この頃の俺は若くて愚かだったので、一年あれば彼女くらいできらぁ! と意気込んで家を出て早一年。


 四月十一日。

 十七歳になるまで残り十日。

 現在、恋人なし。


 残りの十日で恋人を作るなんて平凡に平凡を極めた俺に取って絶望的なことだった。


「はぁ……」


 まだ一年もあるし大丈夫。まだ半年あるし大丈夫。まだ三ヶ月あるし大丈夫。と余裕をぶっこいていたらこの様である。

 リミットは刻一刻と迫っており、ため息をつかずにはいられなかった。


 適当なその辺の女子に告白しまくれば、もしかしたら、ということもあるかもしれないが、あまりにリスクが大きい。


 それに──


「どうしたの? 顔色悪いよ?」

「あ、いや、なんでもっ!」

「本当に大丈夫? 顔赤くない? 熱でもあるのかな」

「本当に大丈夫!」


 俺には好きな人がいた。


 先ほどから俺を心配して優しい言葉をかける隣の席の彼女、遠野瞳とおのひとみさんは、一年近く片思いをしていた相手だ。

 入学式で道に迷っていた俺に声をかけ、一緒に学校まで連れて行ってくれた心優しい少女。

 そんな彼女に俺は一目惚れしていた。


「それじゃあ……何か悩み事?」


 特徴的な赤茶色のショートカットを揺らし、小首を傾げるその姿は抱きしめたくなるほど可愛い。


 目の前にいるあなたと付き合えないことが悩みなんですよ、なんてことは言えるはずもない。


「いや、本当になんでもないんだ。寝不足なだけで」

「え、本当に大丈夫? 保健室行く?」

「い、いや……まだ大丈夫。本当にヤバかったら行ってくるよ」

「もう、無理しちゃだめだよ?」


 優しい。だけど今はその優しさが沁みる……。どうせなら嫌いになれるように罵倒して欲しい。

 あ、罵倒されても遠野さんだったら喜んじゃうかもしれない。


 そんなに好きならさっさと告白しろよ、という言葉は受け付けない。それが出来たら苦労しないし、俺の心底ビビリな性格を舐めないでもらいたい。


 告白は、確認作業だと誰かが言っていた。


 だから彼女に振り向いてもらおうとこの一年間、頑張ってきたのだが……慎重になりすぎた。


 とある日の放課後。


 ──遠野さん、好きな人いるんだって!?


 教室でそんな会話をクラスメイトと話して恥ずかしそうにしているその姿を見て、俺は目の前が真っ暗になった。


 俺という可能性も捨て切れなかったのだが、どうも情報を必死で集めれば集めるほど俺という可能性は0に近付いたのだ。


 イケメンの幼なじみがいるらしいよ。クソッタレ。


 なにもかも彼女との関係が崩れるのを恐れ、告白しようとしてもいつもビビって先送りにしてきた俺の自業自得だった。


 だから俺は彼女への想いをほぼ諦めかけていた。

 告白もしないうちに諦めるなんてなんと情けないことか。


 諦めたいけど諦めきれない。だけど彼女も作らないといけない。

 焦燥感だけが募り、時間が過ぎていき、春休みが明けてしまった。

 一年の最後の方なんて、遠野さんと話すことが辛くてワケもなく、避けてしまっていたくらいだ。


 それでも同じクラスになった遠野さんは変わらず、俺に優しく接してくれる。

 遠野さんと話すたびにまた余計な想いが溢れてくる。


 ……でもどうせ告白できないなら気になったことだけでも聞いておこう。

 本当に幼なじみが好きなのか、ということをだ。彼女の口から本当に幼なじみを想う言葉が聞ければきっぱり諦められるかもしれない。

 それとも、もしかしたらがあるかもしれない。

 最後の悪足掻き? 何とでも言え!!


「そ、そう言えばさ。聞いたんだけど」

「ん、どうしたの?」

「遠野さんって幼なじみいるんだよね?」

「え、どこで聞いたの!? ……いるよ」


 ああ、やっぱりいるんだ……。

 自分で質問しておいて、自分で落ち込む哀れな男がここにいる。


 いや……まだ勝負は付いていない!!


「そ、その人って遠野さんにとってどういう存在?」


 ここにきても遠回しに聞いてしまうのはやっぱりビビリだから。


「ええ!? い、いきなりだね……。それはもちろん、私にとって、アキちゃんは大切な存在だよ」


 愛称呼びまで……俺はただの小宮くんなのに。

 この時点で既に負けている。そもそもその幼なじみと俺とでは積み上げてきた年数が違うので当然である。


 ええい、もうヤケだ!!


「そ、それってさ。すすす好きってことだよね?」


 聞いた……っ。聞いてしまった!!

 これが諦めの境地ってやつかもしれない。


 ──ううん、ただの幼なじみだよ。


 たったその一言が聞ければ……ここにきても己の諦めの悪さに自分で感心してしまった。

 

「そ、それは……うん……そうだょ……」


 恥ずかしいのか、遠野さんは顔を赤らめて、段々と小さくなる声でそう答えた。


 K.O。完全敗北。

 ……終わった。聞けば聞くほど傷つくのは自分なのに止められなかった。

 彼女の顔を見れば分かる。相当好きなようだ。


「あ、あんまり変なこと聞かないでよっ。ちゃんと授業聞かないといけないんだからね?」


 そう言って無理やり話は中断され、俺の心には絶望だけが残った。



 こんな確定事項まであったというのに、悲しいかな未だに俺は未練がある。

 だけど、遠野さんとは付き合えない。

 それでも彼女を作らないといけない。


「だああ! どうしたらいいんだ!! 後、一週間で彼女作るとか無理だろっ!!」

 

 そんなジレンマに悩まされ、女々しくウジウジした気持ちを抱えながら迎えた放課後。

 机に突っ伏す、半端野郎の俺の前に、彼女は現れた。


「小宮くん」

「い、市川さん!?」


 呼ばれて顔を上げるとそこには、同じクラスの市川蒼いちかわあおいさんがいた。


 い、今の聞かれた?

 頭を抱えて叫んでいたところを。は、恥ずかしい……。


 だけど市川さんは、俺の胸中などまるで気にしないかのように隣の机に腰掛け、じっとこちらを見つめてきた。


「え、えっと何か用?」

「ええ、あなたを探していたの」

「……俺を? なんで?」


 残念ながら俺と市川さんはそこまで接点がない。二年になってから同じクラスになり、まだ数回言葉を交わした程度だ。

 そんな俺に一体何の用だ?


「あなたに話したいことがあったの」

「話したいこと……?」

「そう。聞いてくれる?」

「まぁ……」


 何のことか検討もつかない。

 でも一人でいてもウジウジと悩むだけなのならば、話をすれば気が紛れるかと思い、了承した。


「ありがとう。小宮洋太くん」

「っ」


 名前を呼ばれ、心臓が跳ねる。

 市川さんの方を見ると、真剣な眼差しでこちらをジッと見つめてくる。


 やめてほしい。女子に耐性はないんです。


 だけどその綺麗な双眸は何かを決心したかのような力強さで俺を捉えて離さない。


 ちょ、ちょっと待て? え、なんだ、この感じ……ま、まさか?


「じゃあ、聞いてくれるかしら」


 慣れないシチュエーションに喉が鳴る。俺は無言のまま小さく頷いた。


「あなたが好きよ。私と付き合ってくれないかしら?」


 そして放たれた予想もしていなかった言葉。

 俺、小宮洋太は、生まれて初めて告白を受けたのだった。


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