第3話:女神様の周囲
俺、小宮洋太には彼女がいる。
もう一度、言おう。俺には彼女がいる。
なんて素晴らしい響きだろうか。
それだけで朝は活力に溢れ、学校生活にもハリが出るというものだ。
だが、忘れないで欲しいのは俺はまだ彼女が好きになったというわけではないということ。
俺には好きな人がいた。まだどちらかと言えば、この気持ちに整理はついていない。
好きな人がいたのにも関わらず、俺はとある理由によりその恋を諦め、今の彼女と付き合っているのだ。
これが倫理的によくないことはさておき、俺の彼女、市川蒼はとてつもなく美人である。
それはもう、その微笑みだけで人類を浄化できてしまえそうなほどに。
「ふふ、静ったら」
「あははー、だって普通そうじゃん?」
市川さんと付き合ってから翌日の放課後。
友達と何気ない会話の中でお淑やかに笑うその姿を見て、男子一同はみな今日の一日の疲れを吹き飛ばしていた。
「今日も女神やばかったな」
「あの人のおかげで今日一日を生き抜けたって感じる」
「わかる。これで明日からもまた頑張れる!」
こんな調子で周りに対する影響力は凄まじいものである。主に男子。
「お、何の話してるんだ?」
「俺っちにも聞かせてくれよー」
「私もー!!」
そんな彼女の交友関係は広い。
男子も女子もいわゆる陽キャ寄りなやつらがこぞって彼女の周りへと集まっていく。
「ええ、実はね。静かが──」
彼女はまた同じ話題を繰り返し、楽しそうに笑うのだった。
「くっそ、神宮寺たちのやつ!!」
「イケメン死ね!!」
「くたばれ!!!!」
そして彼女とよく一緒にいる友人の中でも、神宮寺と呼ばれる男子は、特にこうやって他の日陰系男子から恨みを買っている。
主に妬みや嫉みなのだが。
イケメンで運動もできる彼、
「あはは、それは蒼がおかしいって!」
「だろ? そこが蒼の面白いところだよな」
「そうかしら? 私は別に普通にしているだけなのだけれど」
イケメンに美女。笑い合うその絵は非常にお似合いのカップルそのものである。
他の女子も『市川さんくらいなら神宮寺くんと釣り合ってるから仕方ないかー』と二人の仲を認める旨の発言をしている。
男子もなんだかんだ言いつつ、神宮寺はいいやつなので『ヤツになら任せられる』とどの目線かわからんことを言っている。
だけど実際に付き合っているのは俺であって、神宮寺ではない。
驚くべきことに。自分でもなぜ神宮寺でなく、俺なのか分からない。
「……」
そして目の前で笑い合うカップルが如き、二人を見て複雑な心境だった。
そりゃ? 未だ前の恋を吹っ切っていない奴がいきなり彼氏面するのもどうかと思うけど?
やっぱり彼氏を差し置いて、どこぞのイケメンとお似合いだのなんだの言われている彼女を見るのは、面白くないよね?
なんだろう。このフツフツと込み上げる感情は。
「ふふふ」
思わず不敵な笑みを浮かべてしまった。
「何気持ち悪い笑み浮かべてんだ?」
「うるせぇ」
横からのツッコミに対し、俺は即座に反応する。
俺にツッコミを入れた本人、
普段影が薄くモブである俺とは違い、ナカは立派な陽キャラ。交友関係も広く、プラスしてそこそこイケメンでなんで俺と仲良くなったのかわからないやつだ。
どちらかと言えば、神宮寺たちと一緒にいるべきはずのやつである。
神宮寺たちとも仲は良いが、基本的に俺と一緒にいることが多い。
そんなナカが何で俺と一緒にいるのか聞くと、『楽だから』だとさ。
よくわからんヤツだ。
「今日も女神様は絶好調だったな」
笑い声のする方を見て、ナカは呟く。
「そうだな」
「なんだ、あいつらが羨ましいのか?」
「別に」
「もう切り替えたのか?」
「ほっとけって」
ナカは俺が遠野さんを好きだったことを知っており、たびたび告白できないことをからかってくる。
そしてこの間、彼女に好きな人がいるという話を聞いて、俺が絶望していたことも知っているのである。
「どうせならダメ元で告白すればいいのになー」
「振られると分かってんのにそんなことできるかよ」
「相変わらずビビリなこって。俺だったら告白してるけどな」
「お前は振られたことないからわからないんだろ」
「まぁな」
「自信満々に言われるとムカつく。後で結局幻滅されるくせに」
「て、てめっ! 気にしていることを!」
「お互い様だ」
ナカは顔はいいけど、中身残念だからな。仕方ない。
それに俺も今更、告白なんてできるはずもない。
もう俺には彼女がいるんだ。簡単じゃないと分かっていても、もうこの気持ちとは決別しなければならない。
「やっぱあの二人付き合ってんのかなー」
ナカの視線はまた市川さんと神宮寺の方へと戻る。
「付き合ってない」
思わず、ボソリと呟く。
別にナカに対して言うつもりはなかった。謂わば反射だった。だけど、ナカはそれを聞き逃さない。
「ん? なんでそんなこと知ってんだ? まさか本当に市川さんのこと好きになったのか?」
「ち、違うって。この前偶然に話す機会があって、聞いただけだよ」
「ふーん? そうなのか」
こいつが単純で良かった。なんか納得してくれた。
しかし、本当に俺は市川さんと付き合っているのだろうか。
一日経ったけど、学校でもこうやって関わることがないとなんだかイマイチ実感が湧かないな。
俺みたいなのが彼女と付き合っているという事実が広まれば一体どうなってしまうだろうか。
先ほどの男子たちを見たところ、相手が平凡な俺では、どうなるか想像するだけでも恐ろしい。
まぁ、学校で無理に一緒にいることもないだろう。
彼女には彼女の。俺には俺のコミュニティがある。
きっと彼女と付き合っていることが知られれば、俺の平凡は終わる。
また話す機会があれば、できるだけ学校では関わらないようにお願いしよ。
これが本当に彼氏彼女の関係なのか疑問だけど。
「じゃあ、蒼帰ろー」
「ええ、帰りましょう」
「お? どこか寄ってく?」
「連くん部活はー?」
「今日は休み」
「じゃあ、適当にカフェでも寄ってっこ!」
そんな会話をしながら、市川さんたちは席を立った。
やっぱりその会話は、リア充たちの会話そのものである。
帰りにカフェ? 行ったことないわ。
「お、帰るみたいだな。俺たちも帰るか」
「そうだな」
俺とナカもそんな市川さんたちを尻目に席を立ち、帰ることにした。
同じタイミングだけどできれば、帰りは一緒にならないで欲しいな。
なんか気まずい。
「──ッ!」
そんなことを考えていたら、グループの中の市川さんと目が合った。
そして彼女は、俺にクスリと微笑みかける。
そして軽くウインクしてから口元が動いた。
「!」
彼女は何かを言い終えるとまたグループに戻り、帰っていった。
「ん、どうした?」
「……いや、なんでも」
「なんか顔赤くないか?」
「お前が暑苦しいからな」
「酷くね!?」
軽くナカを罵倒した後、くだらないことを話しながら自宅への帰路へ着いたのだった。
気のせいじゃなければ、『またね』そう言ったんじゃないだろうか。
俺だけに向けられたメッセージ。悪くない。
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