第4話:女神様との秘密

 ピンポーン、と朝早くからチャイムが鳴った。

 俺はその音で目が覚めた。


 そしてうつらうつらと、寝ぼけ眼を擦っているともう一度、音が鳴る。


「……誰だ?」


 一人暮らしをしている俺の家を訪ねてくる人なんて友達以外、宅配便の配達員くらいしか思い当たらない。


 しかし、こんな平日の朝早くからはお届け物は届かないし、それは友達も同じだった。


 体を起こし、1Kの部屋から廊下へ出て玄関へ向かう。

 その間に三度、チャイムが鳴った。


「はいはい、どちらさっ!?」

「おはよう。小宮くん」

「な、なんで!?」


 扉を開けた先に立っていたのは、一昨日、俺と恋人になった市川さんだった。


「なんでって、昨日帰りに伝えたじゃない。またねって」

「合ってた! 合ってたけど、それってそういう意味だったの!?」


 明日の朝家に行くって? 分かるか!?


「彼女が彼氏を起こしに来るのはおかしいことかしら?」

「確かに憧れのシチュエーションではある。だけど聞きたいのは俺の家なんで知ってんのってこと!」

「……? 好きな人のことなら家くらい知っていてもおかしくないわ」


 何、そのキョトン顔……?


 然も当然とばかりに言うものだから俺が間違っているのかと錯覚する。


「ごめん、教えてない人が知っていたら普通に驚くと思うんだけど」

「そういうものかしら? 好きな人のことならなんでも知りたいって思うのは普通じゃない?」


 た、確かに遠野さんのことは何でも知りたかった。

 それに俺だって、遠野さんに家を教えてもらっていないけど、家を知っていたりする。

 あ、ストーカーじゃないぞ!? 偶然知っただけ!! 本当に偶然!


 ってことは、あれ? じゃあ、別に市川さんは間違ってない?

 というか答えになってないような?

 だめだ、混乱してきた……。


「考え事をしているところ悪いのだけれど、まだ学校に行くには早い時間だから中に入れてくれるかしら?」

「え゛っ!? は、入るの?」

「何か見られて困るものなんてあるのかしら。パソコンの履歴とか?」

「ない!! 絶対ないから、絶対見ないで!?」


 思春期の青少年の部屋なんて男女に関わらず大体は、見られたくないものあるだろ。

 どっちにしろパソコンはNGだ。


「……」

「い、市川さん?」


 どうした?


 急に静かになったので呼び掛けた。

 市川さんはそれでも反応を返さず、黙り込んで何かを考えている。


「そうね。確かに昨日のあれだけでいきなり来たのは失礼だったわ。ごめんなさい。近くの公園で待っているから、準備が終わったら来てくれるかしら?」


 そうは言ってもまだ六時過ぎ。

 四月とはいえ、日によってはまだ朝は若干冷える。

 準備も今起きたところだから、まだ時間がかかるしそんな中、外で待たせるのは忍びない。


「ちょ、ちょっと待って」


 背を向けて、歩き出した市川さんを俺は呼び止めた。


「べ、別に部屋で待っててくれていいから」


 仮にも彼女なんだ。せっかく迎えに来てくれた彼女を追い返すなんて真似、俺にはできない。


「あら。パソコンの履歴は見てもいいのね」

「そういうことじゃない」


 ◆


「どうかしら?」

「お、おいしい」


 部屋で準備ができるのを待ってもらおうと上げたはいいが、何気に女の子と二人っきりなんて状況初めてだったもので緊張して仕方ない。


 しかも、冷蔵庫にあるもので朝ごはんまで作ってくれた。とは言っても、ほぼ冷蔵庫の中は空だったからかろうじて、ご飯と味噌汁くらいしか作れなかったのだが。


 材料は同じはずなのに俺が作るものより遥かに美味しい。

 どうなってんだ? やっぱり噂通り、彼女にできないことはないのだろうか。


 市川さんは、味噌汁を啜る俺をじっと見つめている。

 こんなに人に見られたことないというものそうだが、相手があの市川さんとなるとなんとも言いがたいものがある。


「えっと何?」

「何でもないわ。好きな人の横顔を眺めているだけよ」

「……」


 面と向かって市川さんから好きな人と言われ、むず痒く感じる。

 普通に恥ずかしいんだけど。


 俺はその視線から逃れるために、テレビの方を見た。

 テレビからは朝の占いが聞こえてくる。


『九位は牡牛座のあなた! 今週は異性に振り回されるかも。相性抜群の双子座の人と行動してみて! ラッキーアイテムはシャーペン!!』


 おいおい。九位かよ。なんて微妙な……。というか週中なのに週間占い?

 異性に振り回されるって……既にな気がするけど。

 横目に市川さんを見た。


「私とは相性が抜群みたいね」

「……え? ああ、双子座なんだ」

「ええ、六月二十一日が私の誕生日なの」

「へぇ……ん、ちょっと待て。俺の誕生日知ってんの?」

「あら、おかしいこと言うのね。来週の二十一でしょう? 私はちょうどあなたの二ヶ月後ね。運命かしら」


 やっぱり知ってるのか。

 なんかもう驚かなくなってきた。なんで家を知っているのか、なんでそんなに俺のことを知っているのか聞きたいけど、怖いからやめておこう。


 後、日にちが同じだけで運命というのはどうなのか。それくらいで運命感じてたら街中に運命の人だらけになりそうだ。



「ご馳走様でした」


 その後、俺は作ってもらった朝ごはんを堪能し、食器を流し台に持っていく。

 時刻は七時前。学校を出るにはまだ少し早い時間だ。


 市川さんは、座布団の上に座っており、テレビのニュースを見ている。

 その横顔を見るとやっぱり、めちゃくちゃ美人だという感想しか湧いてこない。

 改めて俺の部屋にあの市川さんがいるという違和感。


「あら、どうしたの? 私の横顔に見惚れたのかしら?」

「っ、いや……」


 図星。


「ま、まだ時間あるし、ちょっと話しない?」

「そういう積極的なのは大歓迎よ」


 市川さんはテレビを消してこちらに向き直る。俺もテーブルを挟んで横に座った。


「……」

「……」


 どうにか話をごまかすためにそうは言ったもの一体何を話していいのやら。告白の時の方がまだ冷静だった気がする。

 市川さんは相変わらず、穴が開くんじゃないかと言うほど見つめてくる。


 何か話題はないか……。

 ああ、そうだ。このことをちゃんと話しておかないと。


「が、学校でさ」

「私たちの関係をどうするか、という話ね」


 まるで分かっていたかのように市川さんは言葉を遮った。

 昨日の俺の視線をもしかしたら感じ取っていたのかもしれない。


「私とあなたが付き合っていることが知られれば大変なことになるものね」

「あ、いや……うん」


 このことは彼女にも自覚があるようだ。それほどまでに俺と彼女では格差がありすぎる。

 余計なトラブルを招かないためにもこの辺はしっかり話し合っておかなければならない。


「そうね。私とあなたじゃ、美女と野獣。野獣とわかったら村人たちに襲われるものね」


 自分を美女とは。ぶれないな。間違ってないけど。


「最もあなたは、野獣というより村人側の人間だけれどね」


 訂正入りました。

 俺は野獣にもなれないモブというわけだ。これも別に間違っていない。


「でも村人と美女の物語も素敵だとは思わない?」

「……そんな話面白いか?」

「斬新だと思うけれど」


 それを物語として読みたいかと言われれば別だろう。

 話が逸れてしまったので話を戻そう。


「まぁ、俺のことなんて誰も気にしていないのは確かだけど、それでも市川さんは違うからな」

「それでも知られるのは時間の問題だと思うけれど」

「なんで?」

「私ってそこまで我慢強い女じゃないの」

「それってどういう……」

「ふふ、好きな人とはいつも一緒にいたいってことよ」

「っ」


 そんな堂々と言われると、学校ではあまり一緒にいないようにしようなんて言いづらい。


「でも大丈夫よ。私もそんなに人前でイチャつくのは好きじゃないもの。それにあちこちで噂されるのもごめんだわ。みんなには黙っておきましょう」

「ごめん」


 せっかく付き合った彼女にこんなこと言わせるなんて情けないにもほどがある。

 きっと俺の考えが分かってそう言ってくれたのだろう。

 市川さんて俺のことを何でもお見通しのようだな。


「謝らないで頂戴。私も納得しているし、私のせいで好きな人に迷惑が掛かるのはごめんよ。それに人目につかないようにする方法なんていくらでもあるわ。お昼ご飯くらい一緒に食べてくれるわよね?」


 市川さんは少し切なそうな顔をする。

 そんな顔でそんなこと言われたら断れるはずがない。


「ああ。そんなのでよければ」

「決まりね」


 そう言うと市川さんはすぐに笑顔に戻った。

 市川さんって女優か何かなのだろうか。結構、ずるい。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る