第25話:女神たちの熱い戦い①

 昨日の一悶着から一日。今日は何の日かご存知だろうか?

 そう、俺の誕生日である。


 ハッピーバースデー俺。

 朝、市川さんにお祝いの言葉をかけられた。

 登校してからはナカ、そして遠野さん。後で聞いていた紗からも一応、おめでとうともらった。


 ただ、それ以上のことはなかった。悲しい。

 せめて仮にも恋人である市川さんにはこの後、何かあると思っていいんだろうか?

 しかし、恋人になったばかりの相手に何かを期待するというのもちょっと図々しい気はする。

 まぁ、例年通りだと思っている方が寂しい思いしなくていいんだけどね……。


「ふぎぎぎぎぎぎ、うぬっ!! はぁはぁはぁ……」

「うーい、33ー」


 そんな俺は現在、体育の授業で体力測定を行なっている。

 現在測った握力の数値は33。得点にして5得点。可もなく不可もなく。

 平凡な点数だった。


 やっぱり俺って何をやっても平凡なのね……。


「よっしゃ。次、俺! おりゃあああああ!!!」


 俺はナカとペアになって測定を行う。

 ナカは俺から握力計を奪い取ると掛け声とともに力を込めた。


「51……」

「あー、10点いかなかったかー」


 ナカの握力は51だった。得点にして9得点。

 普通にすごい。

 やっぱりこいつ運動神経はいいな。


 自分との違いに少しだけ落ち込んでしまった。


「お、女子は五〇メートルからだな」


 今日は、握力と五〇メートル走を測定する。男子が握力からで女子は五〇メートル走からだ。

 その後、交代することになるのだが、握力測定もすぐに終わるので待っている間は専ら男子は女子の、女子は男子の五〇メートル走を見ることが目的となっていた。


「いやー、絶景絶景」


 そして男子どもの多くはみな、女子をそういう目線で見る。

 男子高校生と言えば性欲の権化なので多少見ることは仕方のないところだが、ガン見はどうだろうか。

 女子はそんな男子のいやらしい視線に気がつくとあからさまに顔を歪めていた。


「ナカ見過ぎ」

「いや、俺は純粋にどの女子の足が早いかに興味があるだけだ」

「嘘つけ」

「やっぱ、市川さんスタイルやべーよな」

「おい」


 俺の言葉を無視してナカは女子を眺める。市川さんと言われて俺も反射的にそちらの方を見てしまった。


「……」


 体操着姿の市川さんはこれまた新鮮だった。

 髪はいつも下ろしている姿と違い、ポニーテールにしており、うなじがなんとも眩しい。

 他の男子たちも彼女に熱い視線を送っており、そんな誰からも憧れる彼女が本当に自分の恋人なのか、未だに現実味がなくなる時がある。


「あれは、Dは固いな」

「…………」

 

 ナカのアホなコメントで現実に引き戻され、思わずツッコミそうになった。危ない危ない。ちなみに俺の見立てではEである。


「やっぱ、お前は遠野さんか?」

「だから──」

「まぁ、見てみろって」

「いてっ」


 ナカに強制的に遠野さんの方を向かせられた。

 そして遠野さんの体操服姿を目の当たりにする。


「ッ!」

「中々、いいものをお持ちのようだ」


 確かに大きい方だなとは思っていた。しかし、体操服にしただけでそこまで大きく見えるとは。こちらも男子からは熱烈な視線を受けていた。

 俺もそれを意識してしまい、顔が熱くなる。


「後は〜おお! 篠塚さんも結構スタイルいいんだな。市川さんに負けず劣らず……いいな」


 そして最後にナカの注目に止まったのは紗だった。

 ナカも言った通り、スタイルとしては市川さんにほぼ近い。ただ、総合的に見て市川さんの方が上手だった。


 何がって? まぁ、あちらがあまり……やめておこう。


 主にナカがあげた三人が男子どもの視線を釘付けにしていた。

 というか、よくよく考えればみんな最近、俺に関わりのある女子ばっかりだな。


 そして男子どもの視線の嵐の中、女子の五〇メートル走は始まった。


 ◆


 私、篠塚紗は、嫌いなことがある。

 それは誰かに負けること。


 そして好きなことは誰よりも目立つこと。

 昨日転校してきた私は、この美貌を以ってして注目の的だった。

 多くの男子生徒は私のもとへ群がり、媚び諂う。

 女子生徒も近くの席になった瞳以外にもたくさん来た。


 この瞬間が最高に気持ちよかった。自己肯定感が高められていく。


 だけどそれはすぐに終わりを告げる。教室で何やら騒ぎがあったからだ。

 


 私の舞台を……それを台無しにした張本人を私は遠くから睨みつけていた。


 私の視線の先には入念にストレッチをする女子生徒、市川蒼の姿があった。

 その彼女は友人であろう女子とペアで一緒にいる。


 そんな彼女を見る男子たちの視線。

 自分は、大抵の女子より優れた容姿とスタイルを持っており、体育でも目立った存在になると自負していた。

 男子の視線の是非はさておき、女子からも羨望の眼差しを向けられるはずだった。


 しかし、蓋を開けてみれば、自分よりも多くの注目を浴びているものがいる。


 それもまた許せない、と私のプライドを刺激していた。


 なんで……なんで私より、あの女の方が目立ってんのよっ!! 気に入らない!


 私は負けを知らない。

 常に自分が一番だと思っているし、そうなるための努力も欠かしたことはない。


 「ふん。見た目は悪くはないわね」


 容姿やスタイルを見たところ、自分とは同レベル。

 滅多に他人を認めることのない私だが、自分でも珍しくそう彼女を評価した。


 「まぁ、私の方が上だけどね」


 それでも私は、自分が負けているとは微塵も感じていない。

 だからこそ自分より目立つ存在は許せない。


「ねぇ、瞳。彼女のこと知ってる?」

「え? 市川さん? すごい美人だよね」

「彼女、有名なの?」

「うん。ウチの学校の二大有名人の一人だよ。美人だし、運動も勉強もなんでもできるから男子も女子も憧れてる人多いと思う。どちらかと言えば男子の方が比率は多いと思うけど……」

「へぇ……つまり彼女は謂わば、この学校のカースト最上位者ってわけね」

「ま、まぁ、カーストって言うのがあるのか分からないけどそんな感じかな。女神様とも呼ばれてるし」

「ふーん?」


 話を聞いてなお、市川という女に対する感情は変わらなかった。

 思えば、何やら洋太と関係を匂わせる存在な気がしてならない。

 

 ……やっぱり気に入らない。


 私を差し置いて女神様? いい度胸じゃない。


 誰よりも一番になること。

 それが私の生き方だ。


「ふっふっふ」


 それなら証明すればいいだけ。私より目立つ市川という女より、私の方が優れているというのを見せつければいいのだ。そして女神の座は私が頂く。


「紗ちゃん? ど、どうしたの?」

「こ、こほん。なんでもない」

「えっと……そうなんだ」


 笑っていたら瞳に心配されてしまった。


「あっ、でも紗ちゃんも同じくらい美人だよね!!」

「ありがとう」

「お世辞じゃないからね? 本当に紗ちゃんも市川さんに負けないくらい綺麗だと思ってるから!」


 唐突に自分を褒める瞳に対し、私は笑って返す。

 私は、この程度のことは言われ慣れているし、周知の事実だと思っている。


 私が綺麗で可愛いのは当たり前のことね。


「あ、一本目始まるね。並ぼう?」

「そうね」


 瞳に促されて、私はグラウンドに作られたレーンに適当に並ぶ。

 その際に瞳から離れ、目的の人物に近づくことにした。


「ねぇ、よかったら一緒に走らない?」

「……私?」

「そう。アンタ」


 私は、友人と話していた市川という女子に話しかける。

 彼女は転校生である私に話しかけられて少し驚いた様子だった。


 五〇メートル走は二本行うことになっている。

 一本目は、準備運動を兼ねて軽く流し、二本目に記録用の本番を行う。


 だから一本目で本気で走るように勝負を持ちかけて、負かせようとしていた。そして体力を使い果たせて、本番用の二本目でもタイムを遅らせるというのが私の算段だった。


 まずは運動から。なんでもできるとか言われてるこの女からその座を奪い取ってやろう。


 私は、蒼が自分と同じタイプの人間だと思っている。

 誰よりも勉強や運動ができるのは誰にも負けたくないからだと。

 だから勝負を仕掛けられれば、当然、断られることはないと思っていた。


「イヤよ」

「ッ!?」


 が、まさかの拒否。それにより、私は焦った。


「は、はぁ!? 私に負けるのが怖いの?」

「負けって……別に勝負をするつもりも一緒に走るつもりもないのだけれど」

「だ、だから私と一緒に走って勝負しなさいよ! アンタ足が早いって聞いたわ!」

「だから私は勝ち負けに拘ってはいないの。普通にやっていて結果が付いてきているだけだもの」

「……ッ!!」


 然も自分は努力をせずとも何でもできるような言い方をするこの女に、私は顔をしかめる。


「な、ならいいわ。勝手に同じグループで一緒に走ればいいだけよ!!」

「……別にそれは構わないけれど、それで負けても文句を言わないでね」

「はぁっ!? 誰が負けるって!? 見てなさい!!」


 ……気に入らないと思ってたけど、やっぱり私コイツ嫌いだわ!


 ここまで相手にされない経験のなかった私は、そのことを確信する。

 そして宣言通り、同じグループになり、順番が回ってきた。


 隣のレーンで準備をする市川を見ても彼女は全くこちらを見ない。


「はっ。こっちは眼中にないってワケ?」


 自分だけが意識しているように感じ、余計に腹が立った。

 だけど自分が誰かに負けることなんてありえない。だから、終わった後に彼女が悔しそうにする姿が待ち遠しかった。


「位置についてー。よーい」


 先生がフラグを挙げると同時に五〇メートル走が始まった。


 恥をかかせてあげる……!








「はぁ……はぁ……はぁ……嘘でしょ?」


 自分のタイムは7秒1。それ比べ、蒼のタイムは7秒0だった。

 プライドをズタズタにされた瞬間であった。



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