第24話:女神と親友と新たな……修?
現在、俺は公園に来ている。
俺は全く来たことのない公園である。
市川さんの家の近くにある公園らしい。らしい、というのは俺が市川さんの家を知らないからだ。
崎野さんが教えてくれた。
崎野さんはあまり気が進まないようだったが、俺が無理やり罰というものをぶら下げて脅迫すると仕方なく従った。
市川さんには、まだ連絡もしていない。もしかしたら、連絡しても来てくれない可能性があるがその時はその時だ。
「ねぇ、なんで公園なの?」
「いや、住所教えてもらってないのに俺が直接、市川さんの家知るのも良くないだろ?」
「た、確かに」
俺はスマホを操作して、連絡先から市川さんを選択して電話をかける。
三コールほどでスマホの向こう側から応対音が聞こえた。
『もしもし。小宮くん? どうしたのかしら?』
『えっと、実は今、市川さんの家の近くの白谷公園?ってところに来ててさ』
『……なんであなたが知っているのかしら?』
『いや、それは……ちょっと事情は後で説明するから出てきてくれない?』
『……そこは嘘でも君に会いたかったからだよ、と言うところじゃないかしら。ほら、どうぞ』
『え゛……言うの?』
『言わなきゃ行かないわ』
『そんなこと言わずに……』
『さようなら』
『ちょ、まっ』
『ほら、どうぞ』
『……君に会いたかったからだよ』
『心が篭っていないわね。もう一度』
『き、君に会いたかったからだよ!!!』
『仕方ないわね。そこまで言うのなら行ってあげるわ』
スピーカーからブツっと音が切れた、プープープーと虚しい音が耳に残る。
家に帰ったら調子出てきたのかな。
いつも通りの市川さんに戻っていた気がする。
「小宮くんなんで……蒼の電話番号……」
離れていたから会話の内容までは聞こえてなかったようだけど、よくよく考えたら確かにおかしいな。
「ま、まぁいろいろあって?」
苦し紛れに惚けるしかなかった。
そしてほんの数分して、足音が聞こえてくる。
公園の入り口から姿を現したのは、市川さんだった。
そして市川さんはゆっくりとこちらに近寄ってくると俺の隣にいる崎野さんを見て、顔をしかめた。
その反応が今から怖い。
「静、どうしてここに」
「ごめん……っ」
「ちょ、静!?」
市川さんは、いきなり崎野さんに抱きつかれ、困惑している。
彼女からしてみたら何もかもがいきなりのことだったのだろう。
俺が近くまで来たのもそこに崎野さんがいたことも。
崎野さんは、市川さんに抱きつくとまた涙でその頬を濡らした。
「ええと、ごめんなさい。状況がわからないんだけれど……」
嗚咽する崎野さんを抱きしめ返しながら、市川さんは俺に助けを求める。
「なんで静があなたと一緒にいるの?」
ゾワっと冷めた目で見られた。
……なんて説明しようか?
「い、いや……教室に忘れ物取りに帰ったら崎野さんがいてさ。今日のことで市川さんに謝りたいって」
「私に? どうして?」
「どうしてって……」
市川さんは自覚がないようだ。
俺の推測でしかないが、崎野さんは今日の事態を引き起こしたのは自分のせいだと感じているのだ。
それで市川さんに謝りたいと言うことだと思っている。
「ご、ごめ……私のせいで嫌な……思い、させてごめん……」
「……そういうこと」
その一言で市川さんは全てを理解したようだ。
洞察力どうなってるんだ。
「別に私は嫌な思いしてないわよ」
「……ぇ?」
「確かに長野くんたちの言葉は不快だったけれど、これは私の問題でもあるの。それに謝るなら相手が違うんじゃないかしら?」
「──ッ」
市川さんの言葉に崎野さんは肩を震わせる。
市川さんは俺に謝るように促しているのだ。
「いや、俺ならもう謝ってもら」
「それであなたは許したの?」
「……ああ。俺は別に」
別に俺自身、今日のことはなんとも思っていない。
実際、何かを言われたのも長野たちだからだ。崎野さんは俺がいなくなった後も場を収めてくれていたし、特に悪く言われたというわけでもない。
「静。静は、本気で小宮くんに謝ったの?」
「……え?」
「あなたは私が怒っていると思ったから彼に謝った、違う?」
「…………そう……です」
崎野さんは思い当たる節があったのか、ハッとしてもう一度、小さく頷く。
「だったらあなたがすることは私に謝ることじゃなく、彼に……小宮くんに誠心誠意謝ることじゃないかしら。彼女からの本気の謝罪を受けた上で小宮くんは彼女を許すかどうか決める。それが筋じゃない?」
市川さんの言うことも最も。俺はさっき流されるままに、謝れるままに謝罪を受け入れた。
市川さんから飛び出す厳しい言葉に崎野さんは身を震わせた。
そしてもう一度、呼吸を整えてから俺に正対する。
「今日は……小宮くんのこと傷つけて……本当に……っ、本当にごめんなさいっ!」
今一度、崎野さんは俺の目を見て頭をゆっくりと下げた。
先ほどは見なかった目。
その目からはしっかりと真剣味を感じることができた。
彼女が本心でどう思っているかは分からないけど、俺は真剣に謝ってもらっただけで十分だ。
「うん、もう大丈夫。崎野さんを許すよ」
そう言うと崎野さんはまた嗚咽した。
しばらくして、市川さんが崎野さんをゆっくりと抱きしめ慰める。
先程の声色からして、市川さん自身は嫌な思いをしていないと言っていたが、これもまた俺のために怒ってくれたような気がした。
「蒼もごめんなさい……私、もう……」
「あなたは私を思ってそうしてくれたのでしょう?」
「っ」
「いつもあなたには助けられているわ。でもね、私のことを本当に思うなら……暴走せず、ちゃんと私にも相談してね。あなたは私のたった一人の親友なのだから」
「ぅぅぅ、あおいぃ………」
崎野さんは小さく何度も頷いた。
仲良きは美しきかなってね。
俺もそれを見て、ようやく肩の荷が降りたように感じた。
俺が感じるべき責任なんて何一つなかったんだけどね。
なんだか女子同士の人間関係って……見ていてハラハラする。
「あ、ごめんなさい。親から電話だわ。急に出てきたものだから」
一通り、崎野さんを慰め終えたタイミングで市川さんのスマホが鳴る。
市川さんはその着信を取って、少し距離を取った。
「今日は、本当にありがとう」
二人きりになったところで崎野さんがもう一度、お礼を言う。
「俺は別に何にも」
「ううん。本当に感謝してる。小宮くんがここまで連れ出してくれなくちゃ、私は何もできなかったし。蒼とも蟠りがあったかもしれない。……それにちゃんと小宮くんにもう一度、謝ることができてよかったと思う」
「本当に何もしてないんだけどな」
「それでもだよ。小宮くんって思っていた以上に頼りになるんだね」
「初めて言われたかもしれん」
「あはは……ごめんね。私、小宮くんのこと本当にただの影の薄いクラスメイトとしか思ってなかった。でももう違う」
…………ん?
「小宮くんのことちょっといいなって思っちゃった」
「っ!?」
崎野さんは照れ恥ずかしそうに俺を見て行った。
「あ、いや、俺は」
「ごめんなさい。私、そろそろ戻らないといけないわ」
俺が言葉を絞り出そうとした瞬間、市川さんが電話を終えて戻ってくる。
「ううん、ありがとう。わざわざ時間作ってくれて」
「ふふ、静のためならお安い御用よ」
「じゃあ、私も帰るよ」
「わかったわ。送っていなくても大丈夫?」
「ううん、気にしないで! 今日は本当にありがとう!」
崎野さんはいつものように元気になり、足取り軽やかに走って行った。
公園の手前で大きく手を振る彼女が見える。
「ねぇ、私と電話中、彼女と何話していたの? なんだか静の顔が赤かった気がするのだけれど」
市川さんの質問にぎくりと肩を震わせた。
恐いけど……黙ってる方がもっと恐い。
「き、気になるって言われた」
「…………へぇ」
空気が凍つきそう。今四月なのに、おかしいな。
余計話づらくなっちゃった……。
新たな修羅場の予感がした。
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