第26話:女神たちの熱い戦い②
なんか、紗のやつ市川さんにやたら絡んでない?
もしかして俺と市川さんの関係がバレた……?
いや、まさかな。
どこかで話そうということにはなってはいるが、具体的なことは何一つ決まっていない。バレたらバレたでその時はそれでいいのだが、紗は……めんどくさそうだ。
遠目に見て、市川さんと紗が何やら言い争っているようにも見えた。
そして一緒に五〇メートル走を走ったかと思えば、僅差で市川さんが勝ったのだ。
そしてそんな市川さんを鋭い目つきで睨みつける紗。一方で市川さんは五〇メートルを走ったと言うのに涼しい顔をしていた。
紗は悔しさで顔をにじませていた。そのことが遠目で見てもわかるくらいだった。
プライドだけは高いもんな。
「おーい、次、反対の手測ろうぜ。女子ばっか見てないでさ」
「俺をお前と一緒にするな」
「事実だろ?」
「……」
言い返せない! けど、こいつに言われるとなんかムカつく。
「その前に俺トイレ行ってくるわ」
「なんだ。一発抜いてくるのか?」
「……」
「冗談だって! 早くしないと遠野さんの揺れ、見逃すぞ?」
コイツは……。
ナカに呆れながらも俺は先生に断り、トイレへと向かう。
そこで用を足した後にまた戻ろうとした時、同じく女子トイレから出てきた人物と鉢合わせになった。
「「あっ」」
お互いに目を見合わせてまた固まる。
「そっちもトイレ?」
「え、ああうん」
一瞬、「そっちも?」なんて聞き返そうとしたけど、セクハラになりそうな気がしたからやめた。
女子から男子には別に問題ないのに、男子から女子だとそういう風に思ってしまうのはなぜだろうか。
そんなことを考えている俺に対しても柔和な笑みを浮かべる彼女、満島さんは相変わらずイケメンスマイルが眩しい。
そしてジャージ姿が似合う!! 褒め言葉かわからんけど。
「満島さんは今から五〇メートル? もう終わったの?」
「一本目はね。でも残念」
「ん? 何が?」
「せっかく私が一本目速く走ったのに、まさか見てくれてもいないとは。私は悲しい」
「え!? えっと……」
まさか満島さんからそんな風に言われるとは思わなかった。何と返せばいいかわからず、焦ってしまう。
ちなみに満島さん五組、俺が四組と別クラスだが、体育では合同クラスだった。後、六組も同じ。
「はは。あははは、冗談」
「……冗談かよ」
満島さんは、少しの間俺が慌てふためくのを楽しんでいたようだ。
なぜみんな俺のことをからかってくるのか。分からん。
「君が慌てるのが可愛いから」
「か、可愛いって……」
言われるなら格好いいほうがいいけど。満島さんに可愛いと言われると乙女になってしまいそうである。
可愛いって言われても恥ずかしさのあまり、顔が熱くなるのは変わらなかった。
「でも、せっかく私の得意分野なのに友達が見てくれていなくて悲しいというのは本当だけどね」
「友達?」
「あれ? 違うの? 私と君は友達だと思っていたけど。また悲しくなってきた」
「あああ、友達です!!」
満島さんが俺のことをそう思ってくれていたとは驚きだった。
痴漢の現場とその翌日に少し話したくらいだったけど……やっぱりコミュ力の塊はちげぇや。
「せっかくだから私のことはアキと呼んでくれるかな」
「い、いきなり呼び捨て……」
「友達だったら普通じゃないかな?」
そうかもしれないけど、ハードルが高すぎるって!
これが真の陽キャか。距離の詰め方が半端ないって!
「ふふ、それなら私から君のことを呼び捨てしようかな。えっと……」
満島さんは顎に手を当てて固まってしまった。
よくよく考えれば、確かに自己紹介はしていない。満島さんは校内でも有名で俺が一方的に知っているが、俺みたいなモブは自己紹介がなければ自然に知りようもないのだ。
それなのに友達と認識していたのが、驚以下略。
「洋太。小宮洋太」
「! ああ、よーた。そう呼ばせてもらうよ」
「っ」
女子に呼び捨てされるのが慣れない。
紗? 紗はなんか別にいい。誰にでも偉そうに呼び捨てしてそうだから。
「おや? 顔が赤いよ?」
「き、気のせいだって」
「そういうことにしておこうかな。じゃあ、私の名前もほら」
「あ、でもそろそろ戻らないと」
「呼んでくれたら戻るよ」
くそ。引っかからなかったか。
「あ、あ、アキ……」
「なんだい、よーた?」
「もう、これでいいだろ! さぁ、早く戻ろう!」
あー、熱い。
顔がすぐに赤くなるのやめてほしいわ。
「後もう一つ、いいかな」
「……まだ何かあるの?」
戻ろうとする俺を再び呼び止める。
いい加減行かないと怒られそうなんだけど。
「五〇メートル走、二本目本気で頑張るから応援してくれるかな?」
「ああ、そんなこと? 応援くらいするよ。頑張れ!」
「……。これで次も頑張れそうだ。じゃあ、お先!」
満島さんは笑顔になり、颯爽と戻って行った。
なんだったんだ……?
結局、この後、戻ってくるのが遅いと先生に怒られたのだった。
解せぬ。
◆
「あれ、アキちゃんどこ行ってたの?」
「ちょっとトイレへね」
私、満島秋がグラウンドへ戻ると既に五〇メートル走の二本目が始まっていた。
そこでしれっとレーンに成す列に並ぶと前にいた瞳がこっそり話しかけてきた。
学校では幼なじみとバレないようにあまり一緒に居ないようにはしているが話くらいはする。
それくらいはどの女子ともしているので別に深い関係だと疑われることもない。だけど瞳は律儀にも周りを気にして、小さな声で話しかけてくるのだ。
「トイレに行ってきただけにしてはえらくご機嫌だね」
「まぁ、いいことがあったと言っておく」
「いいこと?」
当然、さっきのよーたとのやりとりを知らない瞳は、首を傾げる。
その姿が小動物のようで抱きしめたくなる。
「そうだね。まぁ、友達ができたんだ」
「え、友達!? なんで!?」
私が高校生になってからははっきり友達と呼べる存在は作ってこなかった。
交友関係としては浅く広くを徹していた。
その理由を知っているだけに瞳としては、驚愕を禁じ得なかったようだ。
「まぁ、また今度話すよ。もうすぐ瞳も番も回ってくるでしょ?」
「むぅ……そうだけど……」
瞳は納得できない表情のまま、準備を始める。
今度話すと言ったがどうしようか。
まさか私が男友達を作っているなんて思いもしないだろう。
「ふっ」
その男友達の先程の照れた姿を思い出すだけで少しばかり頬が緩んだ。
「遠野さんと随分仲がいいのね」
「……ああ、市川さん」
そんな折、いつの間にか隣のレーンに並んでいた市川さんに声をかけられる。
全くもって予想外だったが冷静に反応する。
「私に何か用かな」
「別に。他の女子とも一線引いているあなたが遠野さんとは親密そうに見えたから話しかけだだけ」
「ッ」
他の女子や瞳に対する接し方を看破されてしまい、表情には出さないが少し言葉に詰まってしまった。
しかし、すぐに切り替え、努めて冷静に返す。
「別に普通だよ。瞳とは同じ中学出身だからね。話くらいはするでしょ」
「瞳、だなんて。呼び捨てにするくらいにはね」
「──ッ」
鋭い洞察力で私を追い詰める市川さん。
迂闊だった。呼び捨てにしたことも瞳と話したことも。
「まぁ、別に私は二人がどんな関係かに興味があるわけではないの。あなたのその焦った姿が見えただけでもよしとするわ」
「……」
なるほど。これはこの間の仕返しということか。
彼女がよーたとどういう関係かはわからないが、根に持っていたというのは意外だ。
何事にも卒なくこなし、基本的にクールに振る舞う女神様。
「ふふ、思ったより負けず嫌いなんだね」
「なんのことかしら?」
「いいや、こっちの話。ところで市川さん」
「何?」
今回は私が負けのようだ。
それは認めよう。だけど私もただやられっぱなしというわけにはいかない。
だから。
「よかったら二本目勝負をしない?」
私は、学園の女神様に勝負を仕掛けることにした。
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