第27話:女神たちの熱い戦い③

 蒼は、困惑していた。


「よかったら二本目勝負しないかい?」


 本来であれば、篠塚紗の時と同じように勝負事に全く興味のない蒼は断るつもりだった。

 隣で走るなら勝手にすればいい。今回もそう提案しようと思っていた。


 だけど胸の奥で何かが引っかかり、途中まで出かかった断りの言葉を飲み込んだ。


「……」


 なぜかこの満島秋との勝負には逃げたくない。そんな気持ちが胸によぎっていた。

 考えてみえれば、先程も自分がした行動に違和感を覚える。


 いつもなら洋太を除き、静以外には全くもって興味を示さないはずなのに、なぜ瞳と秋の関係を疑うようなことを言ってしまったのか。

 なぜ、秋を出し抜きたいと思ってしまったのか。


 冷静に自己分析を行う。そして一つの結論に達する。


(これが嫉妬なのかしら)


 先日の一件。そのことが蒼の秋に対する苦手意識を植えつけていた。


 苦手、というのは語弊があるかもしれない。

 別に顔を合わせることが苦痛なわけではない。

 しかし、この相手には負けたくない、そんな風に思ってしまう。


 そんな未知の感情に襲われることがどうしようもなく不安に感じてしまい、衝動的に行動してしまったのだ。


 嫉妬をするかも知れないと洋太本人には言っていたが、まさか自分が本当にそうなるとは微塵も思っていなかったのである。


(……いいえ。私が嫉妬なんて……)


 気がついてはいても認めたくなかった。


「ええ、いいわ。その勝負、受けて立つ」


 しかし気がつけば、秋の提案を受け入れている自分がいた。

 相手が悪いのは分かっている。勝ち目がないことも。


 相手は陸上部短距離のエース。部活動もしていない自分が勝てるはずないということは明白だった。


 それでも勝負を受けて立ったのは、意地だろうか。


(これが嫉妬かどうかは勝負をしてみれば何か分かるかも知れない。勝ち目は薄いかも知れないけれど、負けたくないものは仕方ないわ。負けたら後で小宮くんに慰めてもらいましょう)


「ふふ、それがいいわね」

「……じゃあ、決まりだね」


 一瞬、蒼が微笑んだことに秋は戸惑いを見せるが、勝負を受けてもらえることになり、切り替えた。


「真剣勝負でいいのよね?」

「うん、私も手は抜かないよ」

「ええ、後で負けて言い訳されても嫌だもの」

「臨むところ」


 二人の間には異様な空気ができていた。

 片や学園の女神を呼称される主に男子を中心に人気が高い美少女。

 片や学園の王子を呼称される主に女子を中心に人気が高いこれまたある意味、美少女。


 周りではなぜ二人が睨み合っているのか見当もつかず、騒ついていた。


 ◆


「なぁ、あれ」

「どうした、ナカ?」


 男子の握力測定が終わり、後は女子の二回目の測定を終えるのを待つのみとなっていた。

 男子たちはグラウンド側に移動をし始め、女子の残りの五〇メートル走を歩きながら眺める。


 そしてナカと喋りながら移動しているところでナカが女子の方を見て呟いた。

 周りを見れば、他の男子たちも一様に女子の方を見ている。


 競技をしている人たちではなく、まだ走っていないレーンの後で並んでいる女子たちをだ。


「えっ」


 視線の先にいたのは市川さんと満島さんである。


 何があった?

 お互いにバチバチとお互いの視線をぶつけ合い、火花が散っていた。


「あの二人って仲悪いのか? あんまり喋ってるところ見たことないけど」

「さ、さぁ?」


 思い当たる節、あります。


 可能性というか、確実にあの日の朝のことが原因だと思う。

 あの剣呑な雰囲気。思い出したくもない。


 数日経って……どうして?



 洋太は微塵にも思っていない。二人がまさか自分のせいで争っているということを。


 ◆


 多くの男女が見守る中、両者の睨み合いは続き、五〇メートル走は進んでいく。


「ちょ、ちょっと待ちなさい!!!」


 そんな折、蒼と秋が二人で闘志を滾らせているところに間を割って入るものがいた。


「なんで、私の時は勝負しなかったくせに、こいつの時は受けるのよ!! こいつ誰!? 何で男子がここにいるの!? っていうかめっちゃイケメンじゃない!!!」

「あなた少し落ち着きなさい」


 間に入ってきたのは先程相手にもされず、勝手に勝負した挙句、負けた紗であった。

 紗のマシンガンのような質問の応酬に蒼は若干引きつつも宥める。


 紗が言いたいことも蒼は分かる。

 女子の集団の中で、彼女は蒼や紗とはまた違った意味で浮いているのだ。


「男って……少し傷つくな。私は、これでも歴とした女子なんだけど」

「はぁ!? アンタみたいなイケメンが女子なわけないじゃない!!」

「紗ちゃん、落ち着いて!」

「っ」


 そこへやってきたのは、秋の幼なじみである瞳。

 今日転校してきて友達になった紗と秋が揉めていると思い、思わず出てきてしまったのだ。

 瞳の登場により、紗は冷静さを取り戻し、我に返る。


「アキちゃんは、歴とした女の子だよ!」

「……瞳、それ本当?」

「うん、私、おさな……同じ中学だから。確かにアキちゃんの見た目は男の子っぽいけど、よく見たらまつげ長いし、肌綺麗だし、小顔だし、好きな苺大福食べる時の幸せそうな顔はすっごい可愛いんだから!!!」

「ちょっ!? ひ、瞳!? 何言ってるの!?」

「……あっ」


 瞳は今になって自分の失態に気が付く。

 一方、秋は顔を真っ赤にしていた。


 普段は王子様な雰囲気を見せ、男子顔負けな性格と顔であらゆる女子を虜にしてきた秋の狼狽する姿。

 そんな彼女のレアな姿を見ていた女子たちは、みな一様に血溜まりを作っていた。


((((尊い))))


 そしてこの姿はまた多くの男子にも目撃されており、一部では何やら底知れぬ感情を呼び覚ましていた。


「と、ともかく! 話は逸れたけど私は納得できないの! どうして私との勝負は逃げたくせにそっちのとは勝負するのよ!」

「別に逃げてないわ。それに勝負なら先程ついたでしょう? 私の勝ちで文句は言わないと言ったはずよね」

「さっきのは偶々よ!! 本気を出せば今度こそ勝つわ!」

「往生際が悪いのね」


 蒼は先ほどからため息が増えていくばかりであった。

 自分の慣れない感情と向き合うことも今日転校してきたばかりの紗にこんなにも絡まれていることも。


(大方の予想はつくけれど)


 静の方を見るとこちらを静観している。先日の件もあったので少し臆病になっているようだ。


「じゃあ、その子も一緒に走ったらどうかな? せっかくだし、一緒のレーンで走ってしまえば勝負もしやすいでしょ?」

「中々いいこと言うじゃない! 伊達にイケメンじゃないわね!!」


 結局、秋によって紗が勝負に参加することが提案された。

 それに先ほどまで秋に突っかかっていた紗まで調子良く賛同する始末。


「はぁ……好きにしなさい」


 呆れた蒼は、紗の勝負の参加を認めた。



 そして前の列はどんどん消化されていき、残すところ蒼たちのグループだけとなった。


 男子も女子も見守る中、戦いの幕は上がる。

 ただの体育でこの注目度は異常である。


「あ、あの……なんで私も……」

「いいから。瞳も一緒に走りなさい」


 紗に無理やり連れてこられた瞳は、諦めた表情をした。


 レーンに四人が並ぶ。

 そして先生がフラグを持つ。


「位置について。よーい」


 乙女たちの本気の戦いがここに始まる!


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