第28話:ヒロインレース

 どうやら話を聞けば、なぜか市川さんや満島さん、そしてなぜか紗が五〇メートル走で勝負をすることになったらしい。


 ソースは、崎野さん。

 ナカが崎野さんから聞いたようだ。本人はどうにかしたかったようだが、先日の手前、下手に行動に起こせなかったようだ。

 まぁ、気持ちはわかる。


 市川さんたちはレーンに並び、屈伸したり、体を捻ったりしてコンディションを整える。

 その中になぜか遠野さんもいて、漂う空気に当てられ怯えていた。


 場違い感がすごい。

 猛獣たちのいる檻に放り込まれた仔犬みたいで保護欲に駆られる。


 ただの体育だというのに体育祭でクラス対抗リレーでアンカーを務めるような気合の入り方である。


「誰が勝つと思う?」

「俺は満島さんだな」

「いや、市川さんもかなり足早かったよな?」

「あの今日転校してきた子もさっき見てたけど足早かったぞ!」

「俺は大穴狙いで遠野さんだ!」


 男子たちは勝手に誰が勝つかで盛り上がっている。

 普通に考えれば、陸上部である満島さんが勝つだろう。だけど意外にも票は割れていた。


「やっぱ、あの脚! 筋肉質なのがたまらねぇ!!」

「でも顔で言ったらダントツで女神様だろ!」

「アホか。見てみろ、あのたわわな果実を! 初期微動継続時間を考えろ!!」

「ふん。お前らの目は節穴か。金髪ぺったんこが一番に決まってんだろ!」


 などと足の速さよりも人気投票みたいになっていた。

 なんなんだ、この熱狂度は。

 それにしてもみんなもうちょっと声は抑えたほうがいい。

 女子たちの視線が痛い。


「なぁ、お前は誰に賭ける?」

「誰にも賭けない」

「ちぇっ」


 ここは彼女である市川さんだけを応援するべきところだ。

 いつもなら周りの目を気にしてたが、みんなが注目する中、俺一人が応援してもきっと前みたいにはならないだろう。


 しかしながら、今回のレースには偶然にもレーンに並ぶ他の三人も俺と少なからず関わりがある。


 満島さんなんかは、さっき応援するって言っちゃったし、遠野さんは元々片想いしていた相手。紗は仮だが元婚約者でもある。


 そんな四人が勝負するなんて一体誰が予想できただろうか。

 みんなを応援したい気持ちはあるけど、それっていいのだろうか。


 などと考えていると、満島さんはこちらを見て笑顔で手を振った。


「ッ」


 自惚れだろうか。俺に振っているように思えたが、周りには他の男子たちもいる。

 満島さんが振った手に周りの男子たちは更に熱狂度があがる。


 周りが騒がしい今なら、俺も応援できそうな気がする。


「み、満島さん! 頑張れ!!!」


 俺も周りに合わせて手をあげて声援を送る。

 きっと俺の言葉なんて聞こえちゃいないだろうが、俺が手を振ったタイミングで満島さんは満足そうにうなずいて正面を見据えた。


 きっと偶然だろ。


 そう思った次の瞬間、今度は隣のレーンにいる市川さんがこちらに鋭く首を傾けた。

 そして不敵に笑う。


 ゾッとした。

 え? まさか、今の市川さんに聞かれてた?


 そして彼女を注視しているとそのままこちらを見て、口がパクパクと動いた。


(だ・れ・を・お・う・え・ん・し・て・い・る・の?)


「ッ!?」


 鳥肌が立った。なぜか彼女がそう言っているように感じた。


 遠目に見ているだけなのでもしかしたら違うかもしれないが……なんだか当たっていそうな気がするのは気のせいだろうか。

 もし、そうだったとしたらそれは完全に俺に向けたメッセージである。


「い、市川さん! ファイト!!!」


 俺は、堪らず市川さんにも同じように声援を送った。


 市川さんはそれを聞くとニコッと満足げな顔をして正面を向いた。


 ……やっぱり聞こえてたんじゃね?

 市川さんは地獄耳かもしれない。


 市川さんの微笑を見た男どものボルテージが最大になった気がした。


 安心したのも束の間。

 今度は紗がこちらを睨みつけている。

 これは分かる。絶対、俺を睨んでいる。


 私も応援しなさいよ!! こう思っているに違いない。


「す……篠塚さんも頑張れ!」


 危ない。呼び捨てしそうになった。

 他の二人よりボリュームが小さくなったがいいだろう。

 なんか紗も得意げな顔してるし。で、あいつも聞こえてんのか?


 で、こうなってくると遠野さんも応援しないとかわいそうになってくる。

 俺の応援なんていらないかもしれないけど、あんなに縮こまっている彼女を応援せずにはいられなかった。


「遠野さんも……頑張れ」


 俺は誰にも聞こえないような小さな声で呟いた。


 そしていよいよ先生の掛け声をともに四人はスタートラインに並ぶ。


「位置について、よーい」


 先生が勢いよくフラグを上げた途端、一斉に彼女たちは走り出した。


 ◆


 スタート前。

 握力測定をしていた男子たちが測定を終え、グラウンドに向かってきているのが見えた。


 レーンに並んだ蒼たちはその中から、周りの男子に埋もれている洋太を見つけ出していた。


(あ、よーただ。さっき応援してくれるって言ってたけど、この注目の中するのは少し難しいかな。私から手を振ってみたらしてくれるかな?)


(ふふ、小宮くんに応援してもらえば、もしかして勝てるかもしれないわね)


(見てなさい、洋太。私がこいつらを倒すところをね)


(あわわわわ、ど、どうしよ!? こんなの絶対ボロ負けだよ……小宮くんに恥ずかしいところ見られちゃう……)


 そしてみな誰も洋太について触れていないのにも関わらず、各々で洋太への思いと募らせる。


 その中で先手を打ったのは秋だった。

 特に意識していたわけではないが、彼女が洋太に向かって無邪気に手を振ったその行為は他三人の闘争心を更に駆り立てる結果となる。


 遠くに見える洋太はというと、恥ずかしそうに手を振り返していた。


(あは、返してくれた。やってみるものだね。なんか周りすごいことになってるけど……)


(………………お仕置きが必要のようね。一体、誰を応援しているの?)


 蒼がそれを見て、口パクで洋太に何かを伝えた。

 するとすぐに彼は蒼に向かっても手を振り返したように見えた。


(ふふ、それでいいの。あなたは私のことを一番に応援しなさい)


(はぁ!? 私のことは応援しないわけ!?)


 今度は自分に応援が送られていないと思っている紗が内心で怒っていた。

 未だ誰が洋太の彼女かは分かっていないが、婚約者になる予定の自分ではなく、他二人を応援していることが気に食わなかった。

 しかし、それも紗が睨みつけるとすぐに自分への応援に変わる。


(ふん、初めっからそうしなさいよ!)


(こ、こうなったら一生懸命走ろう! そしたら小宮くんもきっと褒めてくれるよね……?)


 瞳は他のことは気にしないでひたむきな思いを馳せていた。


 そうして思い思いにこの勝負へ意気込む。


 言っておくが、これはただの体力テストである。


「位置について、よーい!」


 そして真剣勝負が始まった。


 まずスタートダッシュに成功したのは、意外にも紗だった。次点で蒼。

 本来であればクラウチングスタートを切りたかった秋だが、ここは公平性を保ち、通常のスタンディングスタートを選択した。

 慣れないスタート方法により、遅れをとってしまった。


 瞳はというとダントツでスタートが遅かった。


 短い五〇メートルの中、初めの数メートルは紗、蒼、秋の三人の力が拮抗していた。

 しかし、徐々に力の差が出始める。前を走る紗に加速した蒼が肉薄していく。

 さらにはその後ろから、猛烈な勢いで秋が迫ってくる。


(速いわね……このままじゃ────……あっ)


「あっ!?」

「え?」

「ちょ!?」

「うーー!!」


 先頭を走っていた紗が横、二人に気を取られた一瞬だった。

 四人を見ていた男子、そして応援していた女子から声が上がる。











「はぁはぁはぁ…………あ、あれ……?」


 勝負あり。

 一番になったのは────


「私が一番?」


 瞳だった。

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