第15話:憧れだったあの子との約束

 どうしよう。どうやって市川さんに謝ろう。

 謝ったら、謝ったで『あら、謝るほど悪いことしたという自覚あるのかしら』なんてことを言われそうである。


 その前になぜ、崎野さんと一緒に登校するはずの市川さんがあそこにいたのか。

 それはホームルームが始まってから分かることとなる。


 今日は、風邪で休みだそうです。


 崎野さん!! なんで!? なんでこのタイミングで休むんですか!!

 おかげで修羅場に発展してしまいました!!!


 あの時の空気といえば思い出したくもない。

 とりあえず、話しかけるタイミングを見図りたい。


「ぐぬぬぬ」

「ね、ねぇ。小宮くん」

「ぐぬ? あ、え?」


 頭を悩ませていると隣の遠野さんから声を掛けられた。

 不意打ちだ。


「こ、今週の土曜日って何してる?」

「土曜?」


 今週は特に予定はないな。市川さんともナカとも約束はしてないし、何もなければ家でダラダラとするだけだ。


「特にないかな」

「ほ、ほんと!?」


 遠野さんは食い気味で聞いてくる。


「こ、今週誕生日だよね?」

「……知ってたんだ」


 意外も意外。俺の誕生日を知ってる奴なんてナカか、市川さんくらいしかいないはず。

 好きだった人が自分の誕生日を覚えてくれている事実に思わず頬が弛む。


「じ、実は前に藤本くんに聞いてたんだ。みんなの誕生日の話になった時に話の流れで!」

「お、おお」


 どうやらナカが言っていたらしい。これもおそらくナカが気を回してくれたのだろう。

 俺は心の中でナイスとナカを褒める。


「そ、それでよかったら……今週の土曜日。誕生日より後になるけど、小宮くんの誕生日をお、お祝いさせてもらえないかな?」

「……へ?」


 遠野さんが俺の誕生日をお祝い?

 あまりに信じられないその言葉に緩んでいた自分の頬をつねる。


 痛い。ゆ、夢じゃなかったのか。


「だ、ダメかな?」

「い、いやいや、俺なんて遠野さんに祝われるようなこと何もしてないし、悪いからいいよ!!」

「で、でも小宮くんには去年からお世話になってたし……だ、ダメ?」

「うっ……」


 子犬のような瞳でうるうると上目遣いする遠野さんの可愛さは、破壊力抜群だ。


「い、いやでも流石に……遠野さんと二人っきりでは……」


 でも二人きりはまずい。この前の俺だったら喜んで飛びついていたかも知れないが。


「……ぁ」


 一瞬、遠野さんが悲しそうな顔になる。だがすぐに表情を切り替える。


「も、もちろんみんなでだよ!!」

「みんなで?」

「うん、当然だよ!!」


 だ、だよな! 二人っきりは流石にないよな!!


「ダメかな……?」


 そしてそんな目で見ないで! これを誰が断れようか。

 ま、まぁ、お祝いしてくれるくらいなら?

 みんなでしてくれるなら、市川さんも許してくれるかも知れない。

 

「まぁ、それなら」

「ほんと!? よかった!! じゃあ、開けておいてね!」


 そうして俺は憧れの遠野さんに誕生日を祝ってもらえることとなったのだった。


 ナカ以外から祝われる誕生日。それがまた嬉しかった。

 というか、みんなって誰が祝ってくれるんだ?

 ナカと遠野さん以外に祝ってくれそうな人いないんだけど……。

 まさかクラスメイトみんなってこと……?


 ◆


 遠野さんからのお誘いでテンションが上がったのも束の間。

 俺にはやらねばならぬことがある。


 それは彼女である市川さんのご機嫌を取り戻すこと。誤解を解くことである。


 休み時間になって、俺は緊張しながらも市川さんの元へ向かうため、立ち上がる。

 市川さんの周りには崎野さんを除いていつものリア充メンバーがいる。

 そいつらの間を割って話しかけるなんてかなり緊張するがそんなことは言っていられない。


「洋太、どこ行くんだ?」

「い、いや。ちょっと市川さんに用があって」

「市川さんに? 珍しいな。あっ、もしかして惚れた? いいね〜」


 嬉しそうにナカが俺をからかってくる。

 絡みがうざい。


「ほっとけ。じゃあ、ちょっと行ってくる」

「おう。砕けてこい!」


 なんで玉砕前提なんだ。

 気を取り直して市川さんの元へ向かう。


「でさ〜」

「い、市川さん」

「……何かしら。小宮くん」


 長野というチャラ目の男子生徒の発言を遮って、俺は市川さんに話しかける。周りは俺みたいなやつが話しかけてくると思っていなかったのか、キョトンとしていた。

 一方、市川さんからはギロリと鋭い眼力を向けられ一瞬たじろいでしまう。


 ……めっちゃ見られてる。

 周りの視線に怯えながらも俺は勇気を出して二の句を継ぐ。

 

「さ、さっきの件で」

「はいはい、モブくん! 告白ならまた今度にしてね〜」

「そうだよ! こんな短い間の時間に告白なんて常識ないよ」


 俺が話しかけようとすると、先ほどの長野と女子の前沢が立ちはだかった。


 告白じゃねぇ!!!

 ああ、クソ! こいつらのせいで周りからそういう風に見られてしまったじゃねぇか!!


「二人は静かにして。彼は私に用があると言っているの」

「お、おう。すまん」

「ごめん……」


 ああ、市川さん……ありがとう!!


 俺は二人から助けてくれた市川さんに心の中でお礼を言う。

 これならすぐにでも誤解を解いて仲直り──


「小宮くんだったかしら?」

「は、はい」

「さっきの件とは何を言っているのか分からないだけれど。ごめんなさい。私、次の授業の準備があるから」

「は、はいぃ……」


 次の授業は、数学。教室を移動する必要もないので準備らしい準備はない。

 つまりこれは明確な拒絶だった。


 全然許してくれるつもりなかった……。


「さっすが蒼! ビシッと言ったのかっこいい!」

「本当だよな! 身の程を知れっての!」

「お前らな……そういうことは言うなよ」

「…………」


 俺が去った後、長野や前沢は俺をバカにしたように言う。そしてそれを注意する神宮寺。

 市川さんは、何を考えているのか黙っていた。

 疎外感を感じる。自業自得とはいえ、ちょっと辛い。


 周りの男子からすれば、また哀れな一人の男がフラれたように映ったことだろう。

 その通りだけども!!

 うぅ……話してすらもらえないなとは……。


「お、早速フラれて戻ってきたか」

「うるさい。フラれてない」


 それからも中々、市川さんとは話す機会が得られないまま昼休みを迎えてしまった。



 昼休みになって、いつも通り購買でパンを買った後、屋上へつながる階段へと向かう。

 希望はそこだけだった。

 そこにいなければ、帰りを狙うしかない。


 いることを願いつつ、階段を駆け上がる。

 息が切れることも構わず、できるだけ早く登っていく。


「はっはっはっ……い、市川さん!」


 階段を駆け上がって、いつもの座っている場所にたどり着いて叫ぶ。

 しかし、そこには誰もいなかった。


「や、やっぱいないか……どうしよう」


 市川さんが行きそうな場所を考えるも思い当たる場所がない。

 行き詰まった……と思ったのも束の間。


 どこからか市川さんの声が聞こえてきた。


「それで私に何の用かしら?」

「えっと……」


 市川さんともう一人。男子の声だ。

 声は、階段を降りた先の空き教室から聞こえてくる。


 俺は、ゆっくりとバレないようにその教室へと近づき中の様子を窺う。

 中には、市川さんと先ほどの声の主人である男子生徒がおり、男子生徒が何やら市川さんに何かを伝えようとしているところだった。


 俺は市川さんを見つけた安堵感と見てはいけないものを見てしまったドキドキ感に襲われていた。


 これってどう見ても……あれだよな? 告白。

 やっぱり市川さんってモテるんだな。

 相手は……武田か。


 相手は、別のクラスのサッカー部の男子だった。

 イケメンと言い切るほどではないけど、好きな人くらいはいそうな顔。そして運動部という時点で明らかに俺よりも人間的ステータスが上の相手だった。


「い、一年の頃からずっと好きでした!! 付き合ってください!!」


 ……ッ。

 自分の彼女が告白される。そんな現場をまじまじと見てしまい、申し訳ない気持ちと焦燥感に駆られる。


 好きな相手に告白をする時点で俺よりも上の存在であることは間違いない。俺はそれすらもできなかったのだから。


 …………。


 さらには、告白の現場を自分と遠野さんに重ね、少し複雑な気持ちになってしまった。


「ごめんなさい。私、あなたとは付き合えないわ」


 そして無情にも市川さんはピシャリと相手の告白を一刀両断した。

 そのことに自分が少しの安堵を覚えたことに気がつく。


「もしかしてやっぱり、神宮寺と付き合ってるのか!?」

「神宮寺くん? なぜそんな話になるのかしら。彼はただのお友達よ。言いたいことがそれだけなら、それじゃあ」

「ま、待ってよ! じゃあさ、せめて友達からは? それだったらいいだろ!?」


 それでも武田くんは食い下がらない。

 しつこい男は嫌われると言われるけど、フラれてなお、諦めないその精神は見習いたい。


「残念ながら私はあなたと友達になるつもりはないの。友達になったところであなたは、ずっと友達としていてくれるのかしら? 私と付き合えると希望を抱くことにならない? 申し訳ないけど、私は一切そんなつもりはないからそれでもいいのなら好きにすればいいと思うわ」

「い、一ミリも可能性はないのか?」

「ないわね。私はあなたを好きになることはない」


 二度目の玉砕。

 完膚なきまでに叩き潰した市川さん。


 普段はクールでも話しかけられればそれなりに対応する彼女もしつこい相手だと容赦をしないらしい。

 なぁなぁで済ますと先ほども言ったようにヘタに希望を与えかねない。

 こういう時は、はっきりと言うのが効果的だと分かっているのだろう。


「ひ、人が下手に出たら調子乗りやがって」


 だけどそれで引き下がる相手ならよかった。

 この男は、それで逆上してしまった。


「ちょっと! 離しなさい!」

「うるせぇ! ちょっと顔がいいからってお高く留まりやがって!!」


 武田は、市川さん細腕を掴む。

 

 マズい。

 なんとかして市川さんを助けないと!!

 俺は気がついたら叫んでいた。


「な、何してるんだ? もうすぐ先生がく、くるぞ?」

「……チッ!!」


 多分、声は震えていたと思う。小さかったと思う。

 しかし、武田は『先生』という単語に恐れをなしたのか運よくも舌打ちをして出て行ってくれた。


 なんというか、自分でも思う。情けない助け方だと。

 格好良く彼女の前に立ち、助けられれば、よかったが俺にそんな度胸も強さもない。

 彼氏として情けないことこの上ないが、今はこれが精一杯だった。


「……」


 市川さんは突然の俺の登場に口を閉ざす。

 

 この後、何て話しかけようか。


 やぁ、元気だった? ……違うな。

 大丈夫だった? うん、これかな。

 ……いや、待てよ。彼女のことだから、『大丈夫に見えるのかしら?』なんてことを言ってきそうだ。

 どうしよう……。


 ただでさえ、気まずいのに。

 最初の一言が出てこない。

 どこまでもビビリな俺だった。


「で、何か用かしら? 小宮くん」

「あ……」


 結局、市川さんが見かねて俺に声を掛けてくれるのだった。



 ───────


 書いていて思う。

 こんなヘタレな主人公でいいのか。

 かっこいいとこ一つもないよなと。


 しかし、ここから情けない彼がどう成長していくのか見守って頂きたい。

 修羅場を通じて、彼は強くなる!!


 そして彼はまた自ら地雷を一つ設置していくのであった……。




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