第62話

 数日に経って俺は、崎野さんからあの階段に呼び出しを受けることになった。

 話す内容といえば、もちろん市川さんのこと。


 最近は、市川さんは崎野さんでさえも避けているようだ。さらにいえば、前まで同じグループだった神宮寺たちがなんだか素っ気無いらしく、市川さんのことについて話を聞くことができなかったそうだ。


 そこで俺はアキにも連絡を取り、来てもらうことにした。

 女子からの圧倒的な支持を誇る学園の王子様による情報網に期待したのだ。


「で、なんでここに満島さんがいるの?」

「それはこっちのセリフだよ。私はよーたに呼び出されてきたのに。これは一体どういうことかな?」


 ……しまった。

 確かに崎野さんの話題は出したがアキには崎野さんにも協力してもらっていることを話していなかった。


 逆もまた然り。崎野さんにケツを叩かれた後、アキに協力を求めたことを言っていない。


 二人が教室で顔を合わせた時、やや不穏な空気が流れた気がした。


 いやいや、気のせいだよな。

 二人はそんなに仲悪くなかった……はず。


「小宮くん、説明して」

「よーた?」


 あ、あれ? 圧が……。


 二人は鋭い目つきでこちらに詰め寄ってきた。

 特に悪いことをしていないのにあたかも浮気がバレて詰められているような錯覚に陥っているのは気のせいだろうか。


 うん、やっぱり気のせい、気のせい。

 そもそも他の人に協力を求めることってダメなことか……?


「ほ、ほら。市川さんに振られて落ち込んでたところ、崎野さんに目を覚まさせてもらってさ。それでアキにも相談したって言う流れで……」

「へー」

「ふーん」


 え、何その反応!?

 何かまずいこと言っちゃった!?


「(私だけだと思ったのに……)」

「(全くよーたは……女心が分かってないね)」


 二人とも小さな声で何かを呟いたが聞き取ることができなかった。


 気まずい。気まずいぞ。なんでだ!?


 しかし、いつまでもこの空気に圧されて黙っていては事は進まない。

 何か地雷を踏んでしまったのなら後で謝ろう。それでどうにかなるのであれば。


「と、とりあえずだけど、アキの方は何か分かったことがあったら教えてもらってもいい?」

「……はぁ。別にいいけどさ」


 小骨が喉に引っかかる言い方……。


「市川さんに嫌がらせしてる人分かったよ」

「え!? 本当!?」

「ちょ、よーた!?」


 その事実を聞いた俺はついつい興奮してしまい、アキの両肩を掴んだ。

 アキは頬を赤く染めて顔を逸らす。


「あっ……」


 そして俺もそんなアキの反応に気がついてしまい、その場に固まる。


 この反応。

 アキの気持ちはこの前分かっている。直接伝えられたわけじゃないが、俺の自惚れでなければアキは、俺のことを……。


「こほん。お二人さん、今なんのために集まってるか分かってる?」

「っ……お、おう」

「わ、分かっているとも……!」


 崎野さんの咳払いと冷ややかな視線、トーンの低い声により俺とアキは我に返った。

 俺もアキの肩から手を離し、少しの距離を取り、アキは変な口調になっていた。


「それで話を戻すけど蒼に嫌がらせしてるのって……」

「ああ、うん。古河南ふるかわみなみ。その子が主犯みたいだね」

「……あの女ッ!」


 アキが口にしたのは同じクラスにいる女子の名前だった。

 その名前を聞いた瞬間、崎野さんは苦虫を噛んだような表情を浮かべる。


 俺もその子と特段仲が良いわけではないが、見た目だけで判断するなら俺の苦手なタイプであることは間違いない。


 見た目は性格のキツそうなギャル。市川さんやアキたちとはまた違った意味で女子グループのカースト上位に位置するような人物だ。


 最近は特に神宮寺たちと一緒にいるのを見かける。


 とりあえず俺は古河さんのことを何か知っていそうな崎野さんにどういう人物か聞いてみることにした。


「崎野さんは、古河さんと仲良いの?」

「いいわけないでしょ! あんな女!」


 怒られてしまった。普通に考えてさっきの反応から仲良いのってはないよな。うん。俺が悪い。


「……ごめん」

「あ、いや……こっちこそごめん……」

「古河さんと何かあったの?」

「はぁ。実は一年の時、私と蒼とも同じクラスでさ。その時から神宮寺くんの一緒にいることが多かった私たちに絡んでくることが多かったの」

「……なるほど」

「うん。だけどしばらくして神宮寺くんが何か言ったみたいでさ。あんまり絡んでくることはなくなったんだけど……」


 それがなんだってまた絡み出したんだ?


「その古河って子は神宮寺くんと同じ中学だったんだって。その頃から彼のことが好きだったみたいで自分こそが隣にいるのにふさわしいって考えてるみたいだよ。それで今になってまた市川さんを攻撃するようになった、ということらしい。他の女の子たちから聞いた話から推測するにだけどね」

「……そういうことかよ」


 アキは俺の疑問に応えるように答えてくれた。

 アキの話よれば、古河は中々面倒な性格らしい。


 女の嫉妬は怖いと言うけれど……それにしたって嫌がらせをしていい理由にはならない。


「そういえば、崎野さんは何もされてないの?」

「うん、私は特に」


 それを聞いて、少しだけ安心した。

 ……でもそれならなんで市川さんだけに?


「蒼だけがターゲットになっているのが気になるんだよね?」

「ああ」


 まるで俺の心のうちを読むかのように崎野さんは言った。

 そんなわかりやすい顔してたかな。


「それはきっと神宮寺くんが蒼に好意を寄せているからだと思う。私に比べて噂になることも多いし、蒼は否定してるけど、神宮寺くんは満更でもなさそうな感じだし」


 私もこの前まではお似合いだと思ってたんだけどね、かろうじて聞き取れるくらいに崎野さんは呟いた。


「それでその古河って子どうするの? 私が直接言ってもいいけど」

「いや、それは俺が言うよ。それでアキに矛先が向いてほしくないからな」

「そ、そう……? よ、よーたがそう言うなら従うよ」

「……?」

「…………」


 アキはなぜか顔を背けてしまった。そしてなぜかまた崎野さんからジト目が突き刺さる。


「でも小宮くんが言ったとしてもあの古河がまともに聞いてくれるとは思えないけどね」

「それは確かに」


 それでやめてくれるような奴ならコソコソ嫌がらせをしたりしないだろう。俺のクラスメイトにおける影響力なんてほぼ皆無だ。

 神宮寺ならいざ知らず、俺のいうことなんて聞くわけがない。


 一刻も早く市川さんに対する嫌がらせをやめさせたいところだが、証拠もなしに問い詰めることは愚策だ。


 そのせいで嫌がらせが激化したり、俺たちにより警戒して見つからないようにされては元も子もない。


「うーん……」


 俺たちは何かいい方法がないか頭を捻る。


「じゃあ、神宮寺くんからお願いして貰えばいいんじゃないかな? この前も彼から止めるように言ってくれたんだよね? 市川さんに好意的ならいいと思うけど」

「うん、私もそれが一番手っ取り早いと思う」


 確かにアキのいう通り、それが一番簡単な方法かもしれない。俺もそれは思い浮かばなかったわけではない。しかし、なんというか、神宮寺の市川さんへの好意を利用しているみたいでなんだか気が引けるというのも本音だ。


 ……まぁ、今更俺が言うことじゃないのかもしれないけど。


 それで市川さんが救えるのであれば、後でいくらでも誹りは受けよう。


「じゃあ、神宮寺には俺から話してみるよ」

「……うん」


 しかし、うなずいた崎野さんはどこかすぐれない表情を浮かべる。


「何か問題が?」


 あ、やっぱり俺からだと頼りないとか?


「ううん、ただ引っかかることがあって」


 違ったようだ。よかった。いや、よくはないか。


「神宮寺くん最近、蒼にもよそよそしいんだよね」


 そう言われると確かにあの万能イケメンの神宮寺なら市川さんの異常にもすぐに気が付いていそうである。


「ただの杞憂だったらいいんだけど」


 意味深なことを言う崎野さん。だけど、今は彼に頼るしかない。

 誰にでもいい顔をする神宮寺のことだ。断られることなんてないだろう。





 そうして俺は、神宮寺を呼び出し、市川さんの現状を説明してお願いをすることにした。


 ──しかし。


「いやだよ」


 返ってきた言葉はあまりに冷たい言葉だった。



──────────


ちょっとした修羅場を作りました。

タイトルに載せるか迷ったけど……。

振られたって、相手に好きな人がいたって、好意は変わりませんからね。

市川さんを助けようとしながらも彼女たちには小さな争いをしてもらいましょう。


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