第61話
篠塚紗は苛立ちを隠せないでいた。
それは、自分が(勝手に)敵視していた相手、市川蒼との先日の一件。
様子のおかしい蒼に詰め寄った紗は彼女の口から洋太と別れたことを聞かされた。
その言葉すらもどこか覇気のない様子に何か事情があるのだと悟った紗。そして紗は彼女に仲直りを提案する。
後になって振り返れば、なぜそんな提案をしたかも分からず、珍しく敵に塩を送ったわけだが、結局それすらも拒絶されてしまったのだ。
「ムカつくわね」
今思い出しても腹が立つ。
ポツリと紗はつぶやいた。
教室の隅を方を見れば、蒼が一人で本を読んでいた。
そしてそれは洋太にも同じことが言えた。
洋太がここのところ元気のなかった理由もわかった。
振られて元気がないのは当たり前のことかもしれないが、ウジウジとしている様子を見て自分と口喧嘩をしたときのような姿はどこへ行ってしまったのかと思っていた。
「なんかご機嫌斜めだね、紗ちゃん」
「そうね。機嫌は悪いわ」
「……っ、何かあったの?」
あまりに包み隠さずにそう言うものだから声をかけた瞳は一瞬言葉に詰まる。
「瞳は市川のことどう思う?」
「市川さん? 市川さんが何か関係あるの?」
「まっ、なんでもないわ。ほら」
「え!? 紗ちゃん!?」
紗は瞳を手招きするとそのまま抱きついた。
「ふぅ。いい感触ね。ストレスが溜まった時はこれよ」
「ちょ……あの……っ」
そしてそのままふくよかな感触に顔を埋めるのであった。
◆
紗は、学校帰り適当に時間を潰すことにした。特に予定があったわけではないのだが、なんとなく家に帰る気になれなかったのだ。
「あー、暇ねー」
放課後になると洋太もそそくさとどこかへ行ってしまった。
瞳も用事があるそうでここにはいない。
街をぶらついてみるも一人だとなんだか味気ない。
今までずっと家に篭りきりだった紗ではあるが、そんな時でも散歩をすることは好きだった。
あれこれと考え事を整理するのにもってこいだったからだ。
「ねぇ、君これから──」
たまに後ろから声をかけられた気もするがそんなこと、まるで耳に入っていないかの如く紗は素通りする。
結局、なぜここまで市川蒼に、そして洋太に苛立つのか、その答えは見つからないまま日が暮れていた。
「アホらし。なんで私があんな奴のことこんなに考えなくちゃいけないのよ……っ、あれは?」
そう呟いたところでファミレスから見知った顔が出てくるのを目撃した。
「洋太と……イケメン女?」
紗はバレないように二人の跡を追う。
そしてほどなく、駅に着いたところで彼らは別れた。
「ねぇ」
「……うぉっ!?」
「だっさい声」
秋を見送ったところで唐突に後ろから声をかけられ、洋太はなんとも情けない声を上げる。
それを聞いた紗はすぐに嘲笑する。
「なんだ、紗かよ」
「何よ、私じゃ悪い?」
「いや、悪いってことはないけど。急に現れたらびっくりするだろ」
「ふーん、そ」
自分から話しかけておいてあまりに冷たい反応に洋太は困惑する。
いつもの洋太であれば何かしらツッコミを入れていただろう。
「なんか機嫌悪いのか?」
「アンタ、あの女と別れたの?」
「っ」
洋太が放った質問は無視され、同じく質問で殴り返された。今一番痛い話題で。
「その反応、図星なのね」
「……まぁ。市川さんから聞いたのか」
「そうよ。ざまぁないわね」
「そうだな」
「……」
思っていた反応と違うことに紗は、眉をひそめる。
いつもの洋太なら言い返してくるところ。
だが、傷心中の今は元気なく返事をするだけだと思っていた。
しかし、洋太はそのどちらの反応でもなく、ただ笑って頷くだけだったのだ。
(何ヘラヘラ笑ってんのよ。ムカつくわね)
期待した反応でないことに対しても苛立ちが募っていく。
紗は自分がなぜこんなに洋太に対してもイライラするのか分かっていない。
「……振られたくせに元気そうじゃない」
「元気に見えるか? 普通に落ち込んでるんだが」
皮肉を込めてみるも今の洋太には通じない。
確かに今も引きずっていないと言えば嘘になる。しかし、やるべきことを見据えた洋太はもうウジウジするつもりはなかった。それ故の吹っ切れた笑みだったのだが──
「ふん、それならもっと分かりやすくえんえんと泣きつけばいいのよ!!」
そんなこと知る由もない紗は理不尽な怒りをぶつける。
(何よ、強がって! もう市川のことはどうでもいいって言うの? その程度の想いだったってこと?)
ウジウジとしていることにも腹を立てていたが、そんな風に諦めモードに入っていることにも対しても腹が立った。
実際は紗の勘違いによるものだが。
(なんでいきなりこんなキレてんだ……?)
勘違いによって怒鳴られている洋太本人は当然、その怒りの意味を理解できずに困惑する。
しかし、すぐに気が付く。
(あ、もしかして……)
「慰めてくれてる?」
「…………ッ!? は、はぁ!? だ、誰がアンタなんかを慰めるのよ!!」
「だから声かけてくれたんだろ?」
「べ、別に心配とかそう言うんじゃないから!! 絶対違うから!!」
焦りながらも否定する紗であったが、それは核心を突いていた。
本当は、洋太のことが好きなのにそれを誤魔化す蒼。
そしてその事実を知らずに落ち込み、諦めたように笑う洋太。
紗の目には二人がそんな風に映っていた。
(そんなの見てられないじゃない!!)
そう、紗はそんな二人を心配していたのだ。
しかしながら今まで誰かを心配することのなかった紗はこの慣れない感情に気がついていなかったのだ。
ただ不器用なため、怒りをぶつけるという手段になってしまってはいた。
「わ、私が声をかけたのは……そう! ただ、アンタがあのイケメン女と何のようがあったのか気になっただけよ!! そうよ、あの女と何話したの? まさか振られたからって次はあの子にしようってわけ?」
「……人聞き悪いな。別に相談事に乗ってもらってただけだよ」
「へ、へぇ。相談。相談ね。……何相談したのよ」
「何って別になんでもいいだろ」
「教えられないってわけ?」
「というかそんなに俺のこと気になるのかよ」
「なッ!?」
またもやカウンターをくらい、顔が熱くなる。
「ち、違うっつってんでしょ!? 私はね、ただあの女に負けっぱなしっていうのが気に食わないだけよ!! それにアンタも!!」
「俺も?」
「そうよ!! そんなおこぼれみたいな状況でアンタと婚約することになったってちっとも嬉しくないんだから!!」
「いや、婚約しないから」
「ともかく!! 私は、アンタもあの女も気に入らないわ!! アンタたちがそういう気なら私にも考えがあるわ!!! せいぜい楽しみにしていなさい!!」
そう言って、紗は言いたいことだけ言って去っていった。
「なんなんだよ、一体……」
そして取り残された洋太は頬をかきながらそんな紗の後ろ姿を見送った。
────────
更新滞っており、すみません……。
かなり今話は難産でした。紗の扱いに困りすぎた。これをどう受け取られるかは、読者様次第ということで……。
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