第17話:修羅場②ー1/2

 市川さんと仲直りしてから二日が経って、今日は水曜日。

 あれから少しくらいであれば、遠野さんを含めた女子と話しても市川さんが機嫌を損ねることはなくなった。


 それほどあの、『あーん』はよかったらしい。

 ただし、チクリと小言は言ってくるけど。


 そして今日も今日とて市川さんと一緒に登校している。

 未だに俺と市川さんの関係は誰にもバレてはいない。


 もしかしたら、二人でいるところを見られているのかもしれないが、俺の影が薄過ぎるのと市川さんのオーラが凄すぎるので俺という存在が認識されて居ない可能性まである。


 そんな油断しきっている時に試練はやってくるものである。


「あ、あれ? 洋太?」

「え? な、ナカ?」

「あら、おはよう。藤本くん」


 朝の登校の時間。

 親友であるナカは俺とその隣にいる市川さんを見て固まってしまう。


「……え? え? え? え? え? え?」

「……」


 ナカはうわごとのように同じ言葉を繰り返しながら、俺と市川さんを交互に見る。

 目の前で起こる出来事に脳が処理できていないようだ。


 なんたって、今日に限って俺の腕に市川さんがガッツリと抱きついているからな!!!

 なんてタイミングで出会すんだよ!?


 まだ七時過ぎだぞ!?

 早すぎるだろ!!!!


 ヤバイ……どうやって誤魔化そう。

 それでなんで市川さんはまだ抱きついてんの!? しかも冷静に挨拶までしてるし!!!


「ナカ。これは──」

「ど、どういうことだ!? 洋太と市川さんがなんで……?」

「藤本くん。それは私から説明するわ」

「は、はい!」


 俺が何をいうか迷っていると市川さんは俺から離れてナカに接近し、手を握ってそう言った。

 流石のナカでも手を握られた上に至近距離での市川さんの美貌には緊張を隠せないようだ。


 一肌脱いでやると言って、市川さんと崎野さんに意気揚々と話しかけに行ったかつての姿はそこにない。


 市川さんがどう言い訳するのか見ものだ。それともバラしてしまうか。彼女の場合、それもあり得そうな気がする。


 ただ、この感じを見られた限り、言い逃れはできない気がするが。

 後、手まで握る必要あったのか?


「実は、いつも早くに登校しているのだけれど、今日は少し体調が悪くてね。そこにちょうど小宮くんが通りかかってくれたの」

「ああ……そういうこと」

「そう。それで私がお願いして、小宮くんに送ってもらうことにしたの。手取り足取り」

「手取り足取り!?」

「ちょっと待て」


 手取り足取りの使い方間違ってるだろ!?


「そう。だから藤本くんが勘ぐっているようなことは何もないのよ」

「そうかー、納得だな」


 納得すんのかい。体調悪いにしても市川さんすっごくべったり引っ付いていたけど、これで誤魔化せるのか。やっぱりちょっとアホだな、こいつ。


「でも残念だな」

「え?」


 何が残念なんだ?

 その言葉の意味がわからず、首を傾げる。


「俺は、割と二人はお似合いだと思ったんだけどなー」

「ッ!?」


 急に何を言い出すんだこいつは!?


「いやな。なんでもできる完璧美人の市川さんと逆に全てが平凡でつまらない男の洋太だったら凸凹そうに見えて案外、お互い持っていない感性でフィットしそうな気がするんだよなー」

「……あなた。中々見る目あるじゃない。ただのアホそうな男だと思っていたけれど見直したわ」


 おい。平凡でつまらない男で悪かったな。

 後、市川さん食い気味にならないで?


「まぁ、俺も親友の洋太には幸せになってもらいたいからよ。今までを拗らせて彼女いない暦=年齢でもうすぐ……うわっ!? 何むぐっ!」


 まずい……っ!

 俺はその単語を聞いた瞬間に慌ててナカの口を塞ぐ。


「……片想い?」


 しかし、遅かった。

 毛穴という毛穴から汗が噴き出る感覚に襲われる。

 俺はゆっくりと声のした方へと首を回す。


「ひっ!?」


 そして小さく悲鳴を上げた。


「何すんだよ!? お前、ついに男に目覚めたのか!?」


 その一瞬の隙をついたナカは、俺の拘束から抜け出した。

 ナカは市川さんの様子に一切気が付いておらず、俺が襲ってきたと思ったようだ。


「藤本くん。その話詳しく聞かせてもらえないかしら?」


 もう一度、市川さんの方へ向き直るとそこにはいつものように笑顔の市川さんがいた。ただし、目が笑っていない気がする。


「ああ、こいつさー。昔から片想いをよく拗らせてさ。結局、告白しないまま失恋するんだよ」

「へぇ」


 頼む。一生のお願いだから、もうその口を閉じて!!


「俺はさっさと告白しろって言うんだけどな。こいつビビリだから」

「そうね。まぁでも気持ちは分かるわ」

「「え」」


 まさかの市川さんからの同意に俺もナカも揃って素っ頓狂な声を上げる。


「片想いって苦しいもの。告白が怖くなる気持ち、私も分かるわ」

「……」


 意外すぎる。

 市川さんにも片想いで苦しんだ経験があるのだろうか。


「市川さんも片想いとかしたことあるの?」

「ええ」

「マジか、市川さんでもそんなことあるんだな」


 俺の気持ちを代弁するかのようにナカが質問し、市川さんが短くそれに答える。


「あっ、ヤベっ。もうこんな時間!!」


 空気が少し落ち着いたところでナカは時間を確認し、慌てる。


「市川さん、こいつ平凡でつまらない男かもしれないけど、結構いいやつだからこれからも仲良くしてやってよ。俺はお似合いだと思ってるからさ! 俺、もう行くわ。それじゃあお先!! 洋太もちゃんと体調悪い市川さんを送ってくんだぞ〜!」


 ナカは、言いたいことだけ言い残し、元気よくそう言って走って去っていった。


「……なんか騙したことに罪悪感が出るわね。あそこまでピュアだと」

「……だな」


 二人して毒気を抜かれた気分。

 若干の誹謗が入り混じっていたけど、俺に対してそんな風に思っていたとは。市川さんじゃないけど見直した。

 いいやつを友達にもったよ。アホアホ言って悪かった。


 後、うまく修羅場を回避できて安心した。

 市川さんの言う片想いは気になるけど。


「私の片想いが気になるのかしら?」

「……」


 今度は市川さんは得意げな顔をする。

 俺の心を完全に見透かしている。


「どうしようかしら。あなたの片想いをしていた相手を教えてくれたら私も教えてあげるようかしら」

「なぁ、さっきあんなに怖い顔してたのって」

「ふふ、慌てるあなたが面白かったから。片想いをしていたことがあるくらいで怒らないわよ」


 今回も演技だったらしい。

 寿命が縮まるのでやめてほしい。

 どこまでが演技だよ。片想いも嘘?


「それでもこれでよかったわね。バレずに済んで」

「なぁ。こんなコソコソした感じで本当に良かったの?」

「ええ。言ったでしょう? 私も納得していると。みんなにあちこちで話題にあがるのも煩わしいし、まだ付き合ったばかりだもの。もう少しくらい静かに愛を深めたいわ」

「……」


 小っ恥ずかしいことを平然と口にするよな、市川さんって。

 お陰様で顔が熱い熱い。


「あら、照れているの?」

「照れてない」

「ふふ。こんなことくらいでそんな風になっていたら、子作りの時大変よ? 耳元でもっと愛を囁いてあげるのに」

「だ、だからそんな話早いって!!!」

ね。ではもう少し待っているとするわ。私たちお似合いだもの」


 くっそ。絶対楽しんでやがるよな。どこまで本気か分からん。


 去り際のナカの発言もあったせいか、市川さんはかなり上機嫌だ。

 上機嫌なことはいいことだが、この調子でからかわれては身が持たない。


 市川さんは、再び俺の腕に抱きつく。

 それもさっきより、より密着度が高く。今度は手まで握ってくる。


 ……何気に初繋ぎであります。手汗大丈夫か?


「ふふ」


 そして再び、俺は己との戦いに身を投じることとなったのだった。


 だけど少しでいつもの崎野さんとの待ち合わせ場所だ。

 

 耐えろっ。耐えろ、俺!!!

 精神はギリギリだが、そこまで我慢すれば──








「あ、あれ? 蒼に……小宮くん?」

「っっ!」


 どうにもなるはずはなかった。


 一難去ってまた一難。

 なんで?

 ねぇ、なんでいるの? 崎野さん……。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る