第41話:三つ巴の戦い

「もうここまでで大丈夫だよ」

「何言ってるの? ここまできたんだからちゃんと送ってくよ。途中で倒れられたら大変だし」


 家に着く手前で崎野さんにお別れをしようとしたものの、崎野さんはそれを許してはくれなかった。


「お家の人は?」

「いや、俺一人暮らしだから」

「え? そうなの!?」


 知らなかった、と崎野さんは呟く。

 交友関係もそこまで広い方ではない俺は、一人暮らししていることを一々言う必要もないのであまり知っている人はいない。


 知っているのも市川さんとナカくらいだろう。

 ……あ、紗もいたか。


 しかし、言ってから後悔が襲ってきた。

 このままでは崎野さんが家に上がり込んで来そうである。

 ここはなんとしても家にあげることは避けたいところである。


 そして結局、俺の家の前まで崎野さんは付いてきた。

 なんだか最近、いろんな人に家を知られている気がしてならない。


「へぇ、ここに住んでるんだ」

「普通のアパートだろ? じゃあ、流石にここまでくれば大丈夫だからありがとう」


 お礼を告げて俺はアパートの階段を上がろうとした時。


「ね、ねえ! よかったら夜ご飯作ってあげよっか?」


 またもや崎野さんは俺に提案をしてくる。


「あ、いや、今日は昨日の残り物食べようと思ってたから。大丈夫!」


 これは嘘でもなんでもなく、昨日市川さんが作ってくれたハンバーグの種を冷凍してあるのだ。

 だから後は焼くだけでで適当にサラダと味噌汁でも作って食べれば、それで夜ご飯は完成だ。


 一人暮らしということでそこまで配慮してくれた市川さんには頭が上がらない。


「そうなんだ……」

「ごめん」

「うん、わかった! じゃあ、またね」


 崎野さんは残念そうな顔をしてこちらに手を振った。

 そんな顔をさせてしまったところ、心苦しいがこれもやむなし。


 俺は自宅の扉を開けてからまるでゾンビのようにフラフラと廊下を超えて、荷物をその辺に適当に投げ出して、ベッドに倒れ込んだ。


「あぁ……お布団がきもちぃ……」


 そのまま俺は目を閉じると一瞬で夢の世界へと落ちてしまった。






 どれくらい寝ただろうか。

 こういう時って目が覚めたら陽は落ちていて、部屋の中は真っ暗。

 既に深夜一歩手前の九時とか、十時とかになっていることがよくある気がする。


 だけど、目蓋を瞑っていても分かる明るさ。

 これは部屋に電気がついている。


 ……あれ? 俺って電気付けて寝たっけ?


 寝ぼけ眼のまま、未だ覚醒しきらない脳で帰ってきたときのことを考える。


 確か崎野さんと別れた後、部屋に入ってそのまま死ぬ様にベッドに倒れたんだっけ?

 ……明らかに電気は付けてないな。


 じゃあ、なんで部屋がこんなに明るいんだ?

 しかも体もまだまだ怠くて全然寝た気持ちになっていない。体感二時間くらいだろうか。


 ……あれ? よく思えばなんか話し声が聞こえるぞ?

 ッ。そう言えば、そのまま部屋に入ったまま鍵を閉めなかった!?

 くそ! 昨日も閉め忘れて、今日も閉め忘れたのかよ……。というか、これってまずくないか?

 絶対泥棒だよな? もしかして俺って今結構ピンチ?


 ようやく頭が危険を感じ取ったところで俺は飛び起きた。

 すると目の前に広がっていたのは──


「ふん、この私が作る料理が一番に決まってるわ!!」

「君、料理作ったことあるの? とてもそうは見えないけど」

「私、料理は結構得意だから、負けないよ!!」


「……何してんの、君ら」


「「「あ」」」


 そこには見慣れない組み合わせの三人、崎野さんと紗とアキがいた。


 ◆


 時間は静が洋太と別れた時間まで遡る。


 洋太に晩ご飯を作る提案を断られ、静は沈んだ気持ちで元の来た道を歩いていた。


「はぁ〜やっぱりいきなりお家お邪魔していいか、聞くのはよくなかったなぁ。そりゃ疲れるんだし、迷惑か」


 自分の発言を省みて、今回はタイミングが悪かったのだと静は自分に言い聞かせた。

 そんな中、静はどこかで見たことのある後ろ姿を見かけた。


「あれって篠塚さんだよね。こんなところで何やってるんだろう? 篠塚さんもこの辺に住んでるのかな?」


 静が見かけた後ろ姿は最近、転校してきた金髪の少女のものだった。

 きめ細やかな絹の様な金髪に自分も一瞬見惚れていたことを覚えていた。


 興味本位でその動向を伺っていると紗は周りを警戒しながらもとあるアパートへ近づいていく。

 そのアパートとは今先ほど静が送った洋太が住んでいるものだった。


 そして紗は階段を上り、とある部屋へと向かう。


「し、篠塚さん。何してるの?」

「っ!? あ、え? えーっと……」

「崎野静だよ。そこ、小宮くんの部屋だよね……?」


 紗の様子を見ていた静は紗が尋ねようとしている部屋が洋太のものだと気がつき、追いかけて後ろから声をかけたのだ。


 この時、紗は迷っていた。

 なんと言い訳すればいいかを。


 そもそもなぜ洋太の家の近くにクラスメイトの、しかも市川蒼の友人がいるのか不思議だった。

 そして紗はというと、昨日頬にキスした記憶を完膚なきまでに蒼に上書きされてしまったことに対するリベンジを企てていたのだ。


 幸い今日は休みということで自分が二人きりになれる可能性は大きかった。

 それゆえ、即行動したのである。


「それがどうしたの!?」

「え……?」


 そのことについて言及された紗は、開き直ったのだ。


「私が洋太の部屋に行くくらい別にいいでしょ!」

「洋太って……篠塚さん、小宮くんとどんな関係?」


 まだ転校してきて三日目で席が後ろなだけにしては馴れ馴れしい。

 静は紗と洋太の関係が気になった。


「そ、それは……あれよ。まぁ、親同士の決めた許嫁?みたいなもんよ」

「え!? 許嫁!?」


 紗は、嘘をついた。一応、婚約者になりそうになった経緯ではあるが、別に許嫁ではないし、今は全くもってなんの関係もない間柄である。


 惚れさせることができれば、婚約者にはなるのだが……そのことを知り得ない静に大して虚勢を張ったのである。

 理由は、なんとなく敵になりそうな気がしたから。


「そ、そうよ。だから私が洋太の部屋に入っても何もおかしくないってわけ」

「で、でも小宮くんからそんな話一度も聞いたことないよ?」

「へ、へぇ〜洋太は恥ずかしがりだからじゃない?」


 だが静はすぐに紗が嘘をついているのだと分かった。

 明らかに目を逸らす紗は、嘘をつき慣れていない。

 それでも何かしらの関係はあるのだと思った。


「それって嘘だよね?」

「……っ。ふん、だったら確かめてみるがいいわ」


 そう言って紗は、洋太の部屋の扉に手を掛け、


「あいつは、私にメロメロなんだから!」


 自信満々に言い放った。


「それは聞き捨てならないな」


 しかし、すぐに凛とした声がそれを遮る。


 そこへやってきたのは自主練がてら外を走っていた秋だった。

 秋は適当な距離を走った後、自分のスマホに来ていた住所を確認し、明日迎えにいく下見がてら走ってきたのだった。


 するとどうだろうか。記された住所の前で見知った女子生徒が言い争っている。

 話を盗み聞きすれば、どうやら洋太の部屋の前のようで、紗が洋太が自分にメロメロだと言っているではないか。


 そこに秋も我慢できずに声をかけたのである。

 その額にはほんのり汗が浮かんでいる。


「なっ。アンタはイケメン女子!」

「やぁ、もう怪我は治ったかな?」

「……おかげさまでまだ痛いわ」

「そこ。よーたの部屋みたいだけど、入れるの?」


 紗の嫌味を無視してそもそも入れるのかを秋は聞く。


「こういうのは大抵鍵が締まっていそうなものだけど」


 それを聞いた紗は取手を引っ張る。


「……ふん、開いてるわ!!」


 そしてニヤリと笑って、扉を開けて見せてた。

 そして止める間も無く、中へと入ろうとする


 静は秋はお互いに顔を見合わせた。


(いいのかなぁ……)

(ダメな気がする……)


 それでも紗が気にすることなく、中に入るものだから二人はそれを止めるという大義名分のもと、気になる男子の一人暮らしの家を訪れるのだった。



 ──────


 はい、不法侵入とか言わない!!

 無用心ですけども!!


 市川さんなしの修羅場に突入させてもらいます。

 ああ、今日も遠野さんはハブられるのね……。

(わざとじゃないんだ……)



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