第42話:修羅場⑥
紗は昨日も訪れたが、静と秋は異性の一人暮らしをしている家に上がるのは初めてのことだった。
そのため、どこか落ち着きのない様子で廊下でさえも周りをキョロキョロと見渡しながら進んでいく。
廊下を抜けた先にある扉を潜るとそこは1Kの部屋が広がっていた。
部屋の中はカーテンが閉められており、薄暗い。
「電気は、これね」
そして部屋に入って間も無く紗が電気のスイッチを見つけて部屋の明かりをつけた。
(思ったより片付いてる……)
男の子の部屋ってもっと散らかっているものだと勝手に思っていた静はそんな感想を抱いた。
その理由は単純に昨日、蒼がくるため洋太が片付けたからである。
「あら、寝てるのね」
紗はすぐに部屋の端にあるベッドで倒れる様にして眠る洋太を見つけて言った。
「私たちが来ても気がつかないとは。よほど疲れていたんだろうね」
「寝不足って言ってたね。昨日何してたんだろ?」
秋も静も洋太から寝不足であることは聞いていたが、その理由までは聞いていなかった。
「ふん。そんなのあの、おん──じゃなかった。どうせ、夜更かしでもしてたんでしょ」
「「……?」」
「な、なんでもないわ」
思わず、あの女……蒼が昨日この家に泊まっていたことを滑らせそうにそうになり、慌てて誤魔化す。
流石の紗も勝手に付き合っていることを暴露するなどということはしなかった。
「で、勝手に入ってきたけど、どうするの? よーた寝てるよ? 出た方が良くない?」
「そ、そうだよね。なんか申し訳ないし……」
「ふん。それなら二人はさっさと帰るがいいわ。私は、ここに残って洋太が起きるのを待つから。はい、お疲れさん」
あっさりとそんなことを言う紗を前に二人は顔を曇らせた。
「「…………」」
洋太と紗二人の関係性は不明だが、二人きりにしておく理由もない。
「やっぱり残る」
「私も」
結局、二人もその場に残る判断をした。
「ってちょっと勝手に何してるの!?」
少し目を離して隙に紗が冷蔵庫を漁っていた。
秋がそれに気がついてツッコミを入れる。
「ふん。せっかくだから洋太に夜ご飯を作ってあげようかと思って。これで洋太の胃袋をキャッチしてやるわ」
「それなら私だって!!」
「……なら私も」
そうして三人で誰の料理が一番洋太に美味しいかを決める戦いが始まったのだった。
◆
始まったのだった……じゃねぇよ!!
どういうこと!? 普通に不法侵入だけど!?
三人は料理を作ると決めてから買い出しに行ったようだ。
材料が入ったスーパーの袋が三つあった。
昨日は市川さんに使ってもらっていたキッチンを今は三人の女子が所狭しと使っている。
異様な光景だ。
正直、帰って欲しい。まだまだ眠い。
それにしても紗はなんとなくわかるんだが……後の二人は?
いや、崎野さんもか。
いいなって言われたり、プレゼントくれたり……ここまで積極的にくるとは思っていなかった。
よりにもよって市川さんの親友だ。
距離を置くか、正直に市川さんとの関係を告白するかした方がいいが、それも彼女のいない今、独断でやってしまえば市川さんとの関係に亀裂を生む可能性もある。
今はこの流れを受け入れるしかないだろう。
それで一番謎なのがアキだ。
さっき、明日走る約束して別れてなんで家にいるの?
……わからん。
「ちょっとそこ退きなさい!!」
「あのね、見てわからない? 今こっちのコンロは私が使っているの。少しは順番を待ったらどうかな?」
「二人とも喧嘩するならそこ退いてよ!! 私だって使いたいのに!!」
なんてことを考えていると三人がキッチンで揉めている。
女が三人寄れば姦しいと言うけど……ちょっと近所迷惑になるので勘弁願いたい。
そして注意した後、もうしばらく待っていると最初に料理を作り終えたアキが皿を持ってきた。
「よーた。お待たせ」
「あ、ああ」
コトっとテーブルに置かれた料理はオムライスだった。
そして他の二人が作っているのも同じオムライス。
対決をするなら同じ料理にした方が分かりやすいということでそうなったらしい。
……今から俺、三つもオムライス食べるのか……。
アキが作ってくれたオムライスはシンプルな見た目で形も綺麗だ。
そして何より玉子が輝いている。
その上にケチャップでハートマークが付いていた。
「……」
女子ってハートマークつけがちだよな。
これに深い意味はないだろう。
……後、失礼かもしれないけど意外に料理うまいんだな。
「じゃあ、いただきます」
「ど、どうぞ召し上がれ」
アキは緊張した様子でこちらを見ていた。
あまり見られると食べづらいけど……。
俺はスプーンで卵を割り、中のケチャップライスと一緒に口へ頬張る。
「……!! うまい!!」
「っしっ!」
俺の感想にアキは思わず、ガッツポーズを見せた。
「ケチャップライスの味もすごくいいし、玉子も滑らかだし、言うことなしだよ」
「ふふ、ありがとう。これは自信あったんだ」
アキは得意げに笑う。
「つ、次、私!」
そうして次に持ってきたのは崎野さんだ。
崎野さんのオムライスはデミグラスソースがかかっており、アキのものとはまた違ったものだった。
これまた美味しそう。
「いただきます」
俺がスプーンでソースと絡ませると隣で崎野さんの喉が鳴る音が聞こえた。
「お、おお。これもおいしい!」
ソースに入っているキノコの食感もいいし、中のバターライスもクドくなくてソースとマッチしていた。
「やった! へへ、実はソースも手作りなんだ! コンロ二つしかなかったから作るのに中々、時間かかっちゃったよ」
崎野さんは安心の息を付いた。
残るは……紗な訳だが、まだキッチンで悪戦苦闘をしている。
それから紗が料理を持ってきたのは更に十五分後のことだった。
「できたわ!! アンタがこれを食べたら最後、私なしでは生きられなくなるわ!!」
それってどんな料理?
果てしなく嫌な予感しかしないんだが。
「お前は期待を裏切らないな……」
目の前に置かれた料理らしきものを見て、俺は顔をしかめた。
「うっ……」
「えっと……」
アキと崎野さんの二人も鼻を軽く抑えて少しだけ後ずさった。
いかないで。気持ちはわかるけど……。
なんというかすごく焦げ臭い。
そして見た目も黒い。卵が……。これ包まれてなくない?
それではみ出してるケチャップライス赤過ぎない?
「ふん! どうよ? 初めて料理したにしてはうまいでしょ? ちょ、ちょっと失敗はしちゃったけど、概ねクッ○パッド通りに作ったから味はまあまあだと思うわ!」
「ちなみに味見は?」
「するわけないでしょ。アンタが全部食べるんだから」
「…………」
「さぁ、早く食べなさい!」
紗は目をキラキラと輝かせながらこちらを今か今かと待ちわびている。
何このプレッシャー。どっからその自信が湧いてくるの?
君はなんで平気なの?
そんな疑問を持ちつつも俺はスプーンを握りしめ、その一口を掬った。
「…………」
スプーンを持つ手が震える。
ここまで手が進まないのも初めてだ。
これを食べたら俺はもしかして……。
いや、そういうことを考えるのはやめよう。せっかく作ってくれたんだ。もしかしたら奇跡的に何かが起こって想像とは違うものになるかもしれない。
俺はそれを勢いよく口へと運んだ。
ジャリジャリゴロゴログニュグニュシャキシャキ……。
あらゆる異音と感触が口の中で混ざり合う。
「…………!!!!」
そして突如として恐ろしい痛みが襲った。
……俺が目覚めたのは一時間後だった。
◆
「一番美味しかった人を発表します。一番美味しかったのは……」
ゴクリ。三人とも息を呑む音が聞こえた。
あ、いや、二人か。
おい、紗、なんでそんなに自信満々なんだ。
「一番美味しかったのは、アキのオムライスです!」
俺が発表するとアキはほっとしたような、それでいて嬉しそうな表情をした。
一方、崎野さんは「そんなぁ」と項垂れており、少し落ち込んでいる様だった。
なんだか申し訳ない気分になる。
紗は言わずもがな。
「どうして私のを選んでくれたんだい?」
「あー、やっぱりアキも崎野さんのもすごい見た目は綺麗だったんだけど、一番はシンプルなオムライスだったからかな」
「え……」
「もちろん、デミグラスも美味しかったんだけど、やっぱりケチャップライスの昔ながらのやつが好きでさ」
昔、母さんが生きているときによく作ってくれたのもそうだった。
というか、一般的なのはやっぱりケチャップの方だよな。
「じゃあ、私はリサーチ不足だったんだね……失敗したなぁ」
「そんなことないよ。崎野さんのもすごく美味しかったから!」
「っ。あ、ありがと!」
崎野さんは少し恥ずかしそうにお礼を言った。
「ふぅ。ということは料理のうまさというよりは、単純に種類の問題だったっていうコトだね。……残念」
「それもあるけど、それだけじゃないよ」
「……? どういうことだい?」
アキは首を傾げる。
「懐かしい味がしたんだ」
「懐かしい味?」
「そう。母さんが昔作ってくれたやつに味が近くってすごく美味しかった。だからこの懐かしい味を味あわせてくれたアキには感謝してる」
「……ッ。そ、そうか。どういたしまして」
少しだけ照れるアキはすごく女の子らしかった。
「ねぇ、私のは!?」
「……ガンバッテ」
「はぁ!? なによ、それ!! ちょっと感想言いなさいよ!!」
その後、三人は遅くなる前に帰って行った。
最後まで紗はキーキーと言っていたが、崎野さんとアキに強制的に連行されていった。
────────
遅くなり申し訳ございません。日を跨いじゃった……。
ベタですよ。ベタな展開!!
やっぱり紗さんのは美味しくないんですよ。
修羅場にしてはちょっとパンチ弱かったか?
三人バトってるので一応、修羅場ということにさせといてください!
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