第43話:修羅場⑦

 三人組から解放された後、爆睡した俺は翌日の早い時間に目が覚めた。

 それからシャワーを浴びて、朝ごはんを食べて身支度を整える。


 この日は、兼ねてより約束のあったアキと一緒に走る日。

 約束していて忘れていたが、昨日再度走る約束をした。


 朝の六時半にアパートまで迎えに行くとのことで六時前に家を出たと連絡があった。

 早朝からランニングってあまりしたことないから少しワクワクしている自分がいた。

 ただ、アキは毎週土日、部活プラスこの時間から走っているようでさすが、うちの高校の大エース様はストイックだと感心した。


 それにしてもここに来るまででそれなりに走ることになるけど……大丈夫なのだろうか。


 しばらく経って、ピンポーンとチャイムが鳴った。

 俺は既にジャージに着替えており、そのままの格好で玄関で靴を履き、扉を開けた。


「おはよう。よーた。準備万端みたいだね!」


 そこには昨日と同じくジャージ姿でほんのり汗をかいたアキが立っていた。


「おはよう。ああ、バッチリ。行こうか!」


 俺はそのままアキと一緒に外へ走り出た。


 ◆


 普段走らない俺がアキについていけるかは不安だったが、アキはそんな俺のペースに合わせ、並走してくれていた。

 これで練習になるのかと申し訳ない気がしたが、いつも朝は軽くしか走っていないとのことでこのペースでも問題はないようだった。


 きっと俺に気を使ってくれたんだろうけどな。

 アキは走りながらも俺に筋トレの方法や効率的なランニングの仕方などを丁寧に教えてくれて俺もよりやる気が増した。



 ランニングコースは近くの河川敷沿いの道路。

 アキも普段ここら辺には走りに来ていないのでいつもと違った景色を見ながら走れることに少し嬉しそうだった。


「ふぅ。ちょっと休憩しようか」

「はぁはぁはぁ……そうしよう……はぁはぁはぁ……」

「お疲れ様。普段運動してないにしては結構走ったんじゃないかな」

「……そう? どれくらい?」

「んー、四キロくらい?」

「それってどうなの……?」

「うん。まぁ……」


 なんだその微妙なリアクションは……。

 確かに俺はもうヘロヘロだがアキはまだまだ余裕そうだ。

 今日もこの後、午前中に部活があるらしくそこでももっと走るのだとか。


 控えめに言って自分が情けなくなるな。

 そりゃアキに比べれば俺の運動量なんてたかが知れてるけど……やっぱり男としてそこは意地を見せたいところでもある。


 こりゃ、学校終わってからも走った方がいいか?


「ちょっと自販機でドリンク買ってくるよ。そこで待ってて」

「あ、俺も買いに」

「いいのいいの。疲れたでしょ。そこで座って待ってて」


 アキはそのまま遠くにある自販機までまた軽やかに走っていった。

 俺はアキに促されるまま、河川敷に座ってそれ待つことにした。


「ふぅ」


 息を整えて気持ちの良い、風を受ける。


「市川さん、何してるだろーな……」


 市川さんとは昨日、学校を休む連絡を受け取って以来、返信はない。

 そう言えばさっきスマホが震えていたな。もしかしたら連絡が返ってきているかも知れない。


「お父さんが帰ってきてるんだっけか? どんな人なんだろうな」

「会ってみたい?」

「まぁ、怖い人だったらいやだけど……」

「そうでもないわよ」

「なら、安心だ…………っ!?」


 俺は横を慌てて振り向いた。


「い、市川さん? なんで?」

「なんで、と言われてもここが私の毎朝の散歩コースだからなのだけれど」

「さ、散歩コース?」

「散歩と言っても土日だけだけれどね」


 市川さんの格好を見るとランニングウェアを纏っており、その手にはリードが握られていた。

 そのリード先には、


「わぅ」


 可愛いワンちゃんがいた。


「犬飼ってたんだ」

「ええ。可愛いでしょう。ようたって言うの」

「……冗談でしょ?」

「ええ。冗談よ」


 一瞬、俺のことを犬扱いしているのかと思った。


「マメって言うの」

「おお。マメちゃん。かわいいな。えっと何て言うんだっけ、この犬種」

「ポメラニアンよ」


 俺はそのポメラニアンのマメに近寄り、わしゃわしゃと撫でた。

 マメもそれに怖がることなく、こちらに身を預けてきた。


「ふふ。マメも小宮くんのこと気に入ったみたいね」

「それならよかった」

「で、小宮くんはこんなところで何を? 見たところ走っていたようだけれど」

「ああ、アキに誘われてランニングを……っ」


 あ、まずい。

 俺が今誰と一緒に走っていたかを市川さんに全く伝えていなかった。


「アキ? アキって言ったかしら?」

「え、あ、いや……あの……」

「はぁ……」


 深いため息をつかれてしまった。

 そして冷たい視線を感じる。


 こればっかりは言ってなかった俺が悪い。


「ちょっと。小宮くんを脅すのやめてもらえるかな」


 そこへちょうどペットボトルを持ったアキが帰ってきた。

 最悪のタイミングである。


「あら。満島さんおはよう」

「おはよう。市川さん。また小宮くんのこと恐がらせてるの?」

「人聞きの悪いこと言わないでもらえるかしら。彼は私を恐がってなんかいないわ」

「へぇ。どう見ても怯えてたけど」


 いつかの日の如く、二人の間にバチっと熱い火花が散る。

 ……既視感がある。


「どうして市川さんがここにいるの?」

「私は見ての通り、散歩よ。そういうあなたは、なぜ小宮くんと一緒にランニングしているのかしら」

「それは、小宮くんから一緒に走ろうって誘われたからだけど」

「…………そう」


 そ、そんな目で見ないで市川さん……。


「それなら、今日のところは勘弁してあげる」

「勘弁してあげる? どう言う意味? 私は、土日の朝一緒に走るって約束したんだけど。だから明日も一緒に走る予定だよ。それに彼も運動不足みたいで一人じゃ続かなさそうって言ってたからね」


 二人の言い合いは激化していく。

 俺はその間、ポメラニアンのマメを撫で回していた。


 この毛並み柔けぇ。


「そうは言っても部活を、それも陸上をやってるあなたからしたら物足りないんじゃなくって? わざわざ小宮くんのペースに無理に合わせる必要はないと思うのだけれど」

「でも約束したからね。これは一度請け負った私の役目でもあるよ」

「じゃあ、その必要はないわ。なぜなら明日から私が一緒に走ってあげるもの。それならあなたのその役目とやらからも解放されていいと思うの」

「勝手に決めないでくれるかな」


 ヤバイ。実家では猫飼ってたけど、犬もやっぱりいいな。


「平和だな〜、マメ」

「わふ」


 このふわふわ感はハマる。


「市川さんはそのワンちゃんの散歩もあるんじゃないの? 無理しなくていいよ」

「無理? マメの散歩はまた別の時間帯でもできるわ。それこそ夕方でもね。私はあなたと違って部活をやっていないから時間なら余っているもの」

「へぇ。市川さんは暇なんだね。それなら尚更、朝の時間は私に譲ってくれないかな。市川さんはまた別の時間に走ればいいでしょ」

「あのね、それだと小宮くんが一日二回走ることになるでしょう? 彼にそんな体力あると思う?」

「よっしゃ、ここがいいのか!!」

「くぅ〜ん」


 わしゃわしゃと体を摩るとマメは気持ちよさそうにする。


「……じゃあ、よーたに聞いてみようよ。どっちと一緒に朝、走りたいか」

「そうね。それが一番いいかもしれないわね」

「さぁ、よーた」

「どっちと一緒に走りたいの?」

「うぉ!? マメ、くすぐったいって……──え?」


 マメに顔を舐められていると二人が急にこちらを見てきた。

 マメに夢中になっていた俺は、二人が言ったことを聞き逃した。


 え? なんて言ってたの? 聞いてなかった……。


「え、あー、いや、えっと……」

「…………」

「…………」

「わふっ」


 二人はじっとこちらを見つめている。

 なんかヘタなことは言えない気がしてきた。

 これは何を聞かれている?


「えっと……何をですか?」


 思わず敬語になった。


「私と市川さん、どっち朝一緒に走りたい?」

「さぁ、早く選んで頂戴」

「どっちって……」


 俺は二人を見比べる。

 片や恋人で片や今日朝からランニングに付き合ってくれた友人。

 普通であれば恋人を選ぶところだけど、今日一緒に走ってくれたアキにも恩がある。

 なんて選択肢だ……っ。


 スパッと決められないところがやっぱりヘタレだと思った。

 でもここはやっぱり……よし。


 俺は深呼吸をして息を整える。

 そして、


「お──」

「ッ。まぁ、私は例え選ばれなかったとしても毎朝同じ時間によーたの家前に行くけどね」


 俺が言おうとした時、言葉を遮られた。


「……あなた、それは卑怯じゃないかしら」

「何が? 別に私は同じ時間帯に偶々、同じコース走るだけだよ」

「それをするなら、私だってそうするわ」

「そういうことなら仕方ないね」

「そうね。気は進まないけれど」

「…………?」


 つまり、どういうこと?

 どちらかを選ばなくて良くなったってこと?


「じゃあ」

「三人で走りましょうか」

「え……?」


 ちょっと待って!? それ本気!?

 土日の朝から毎回この空気に耐えられる気がしないんだけど……?


 そういうわけで結局、俺が拒否する暇もなく、ランニングは市川さんとアキとの三人で行うことになってしまった。


「というか、結局、市川さんってよーたとどういう関係なの? なんで市川さんがよーたにそんなに関心寄せてるかわからないんだけど」

「それはあなたも同じでしょう」

「わ、私は、別に。一緒に走れる仲間が欲しかっただけと言うか……私のことはいいから。ほら答えてよ!!」


 恥ずかしがったアキは慌ててもう一度、質問を戻す。


 ああ、ついに聞かれてしまった。

 まぁ、もう隠す必要もないし、言うべきところだよな……。

 なんとなくだけど言いづらいよな。市川さんも目で訴えてるし……。


「そ、それは」


 俺が市川さんとの関係を言おうとした時。

 アキの方からけたたましくアラーム音が鳴った。


「あ、ちょっと待って! え、ヤバ! もうこんな時間!? 部活遅れちゃう。じゃ、じゃあ私行くから! よーた今日はありがと。じゃあね!!」

「…………」


 行ってしまった。

 流石に長居しすぎてしまったようだ。

 でもおかげで言わずに済んだ。


「ヘタレね」

「返す言葉もございません」


 市川さんには怒られた。


 ──────


 前回の修羅場というには緩かったので、もう一発修羅場出しときました。

 やっぱり市川さんがいないとね!!!

 修羅場にすると文字が増える増える……。


 修羅場は続くよ〜どこまでも〜。




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