第45話:女神様の不貞調査

 私、市川蒼は朝、小宮くんと別れた後も胸騒ぎがしていた。


 今日のお昼から彼は遠野さんたちからお祝いをしてもらえるとのことだった。

 だけれど具体的なことは何も分からず、誰が来るかも分からないとのこと。


 彼の交友関係的に来るメンバーは限られる。

 遠野さんに藤本くん……後は、篠塚さんあたりかしら?


 それ以外で彼が仲良くしている人を私は知らない。

 だからそのことが余計に不安を加速させた。


 私と彼が付き合っているという事実を知っているのは篠塚さんだけ。

 別にもう隠しているというわけではないが、わざわざ公表しようとするつもりもないので未だにそのことは知られていない。


 そのせいで少々厄介なことになりつつあるように思う。

 彼は特に気が付いていないが、私が知る限り、彼に興味を示す女子が複数人いる。


 その一人は私の親友でもあり、なんともいいがたい状況だ。

 それをいつ打ち明けるかを考えると頭が痛い。


 結局、私はそんな胸騒ぎを抑え切ることができず、彼が約束している駅前に来てしまったわけだが。


「まさか……二人きり?」


 遠目で小宮くんと遠野さんを確認するとそんな呟きが溢れた。


 その可能性もないではなかった。

 彼女、遠野さんの気持ちを以前一度、聞いたことがある。

 ハッキリとは言わなかったが、彼女は間違いなく、彼に好意がある。


「…………」


 他の人もそうだが、そのことが思ってしまうことがある。

 私はもしかしたら……。


 首を横に振り、そんな気持ちを振り切った。


 私は二人の動向を見守る。どうやら移動するようだ。

 それに合わせて私もコソコソと移動した。




 まるでスパイ映画のようね。

 いいえ、それか浮気した旦那の不貞の証拠を集める妻。

 どちらかと言えば後者の方がしっくり来るわね。


 彼らが向かった場所は、駅の近くの複合型商業施設。

 服が売っていたり、ご飯を食べるところや雑貨屋さんまである。


 そして映画館へと彼らは入っていった。


「完全にデートじゃない……」


 今のところ、二人は誰かと合流する予定はなさそうだ。

 そもそもみんなでお祝いをするために映画館へ行くなど考えづらい。


 つまり、みんなで祝うというのは嘘で遠野さんは初めからこれが目的だったということになる。


「大方、藤本くんあたりが提案したんでしょうね」


 私は、二人が買ったチケットと同じ映画のチケットを一枚購入し、バレないように一人で入館した。


 ◆


 これはまずい。いろいろな意味で。

 え、行く場所って……。


「えっと、映画館?」

「うん。実はお祝いは美味しいご飯屋さんに一緒にいこうと思うんだけどね、それまで時間あるから、せっかくだし一緒に映画見たいなって。だ、ダメかな?」

「いやいや、べ、別に大丈夫! ちょうど映画見たかったんだ!」


 涙目上目遣いは卑怯である。そんな風にお願いされて断れることなんてできない。

 どこでそんな妙技を覚えてしまったのか。誰かの入れ知恵か?


 確かにお祝いするだけならご飯に行くだけでもいい。

 昼間のこんな早い時間に集合した理由はそういうことだったわけか。


 遠野さんは準備良く、発券機で予め予約していたチケットを購入する。

 それについて、出すよと言っても、誕生日だからということで受け取ってもらえなかった。


 映画のタイトルは『明日の君へ』。

 恋愛映画だった。


 でもナカも含めて三人で映画に行く予定だったってこと……? しかも恋愛モノ……。




 チケットを店員に渡してから四番シアターへと入る。

 二人でポップコーンやジュースの購入までしてからだ。


 これってもしかしなくともデートっぽい。

 以前まで好きだった相手と映画館デート。


 思わないことがないわけではないが、今、頭に思い浮かぶのは別の人だった。

 まだ彼女とも来ていないのに。そんな罪悪感が駆け巡る。


 そして短い宣伝を何本か見た後、映画の本編が始まる。


「なんだかドキドキするね」

「あ、うん」


 確かにこの薄暗い中で女の子と隣合って恋愛モノの映画を見るのは少し緊張する。

 そんな緊張感からか喉が渇き、購入したばかりのジュースが勢いよく減っていく。


 物語は、主人公の男が転校してきたところから始まる。

 そこで主人公は、幼少期に男だと思っていた幼なじみと再開する。


「何か見たことある流れだな」

「あ、これ実は原作がマンガなの。そこから実写化したみたいで。テレビでもCMをよくやってたからじゃないかな」

「なるほど。だからか」

「うん……ぁ」

「……? っ」


 映画館の中。周りのお客さんに配慮した結果、俺たちはかなり近い距離まで顔を近づけていた。

 それはもう、寄り添うように。


「こほんこほん」

「「ッ」」


 後ろから咳払いのようなものが聞こえ、俺と遠野さんは我に返り、慌てて顔を離した。


 顔が熱い。

 そして映画の光に照らされた遠野さんの横顔も微かに赤かったような気がした。


 ……それにしてもそんなに騒がしかっただろうか。

 結構、小さな声で話していたつもりだったけど……。悪いことをした。


 それからも本編は進んでいく。

 主人公は幼なじみのことが気にはなっていたのだが、親が決めた相手と婚約をしないといけなくなってしまう。その相手が学年でも人気の女子だったのだ。


 ……なんとなく既視感。

 好きな人と付き合えずに別の人と婚約とは。


 そこから三角関係がもつれていく。


 気がつけば、その映画に俺は夢中になっていた。恋愛映画なんてあまり見ることはないけれど、リアルな描写や登場人物たちの心情に惹かれた。


 今は、主人公と幼なじみが想いを伝えあって抱きしめ合っているところ。


 そんなシーンを傍目に遠野さんと俺の席の間に置かれたポップコーンを摘む。

 スクリーンを見ながら手を伸ばしたので俺はもう片方から伸ばされた手に気がつかなかった。


「「……ぁっ」」


 手が重なってしまい、お互いの手も止まった。

 隣の遠野さんと目が合い、心臓がはねた。


 ガコン。


「ご、ごめん!」

「こ、こちらこそ」


 今度は、後ろから俺の席に何かが当たったことによりまたハッとしてお互いに謝った。


 その後は、クライマックスのシーンまで何事もなく、進んでいった。

 結局、婚約者は幼なじみに勝つことができず、幼なじみと主人公がハッピーエンドを迎えたのだった。



 エンドロールが流れ、シアター内に照明が灯る。


「思いの外、面白かった」

「うん。私、感動しちゃった」


 遠野さんはどうやら最後のシーンで感動していたようで涙を流したのか、目が少し充血していた。


「じゃあ、出よっか」

「そうしようか」


 席から立ち上がろうとしたその時。

 肩をグッと押さえつけられた。


「っ」


 遠野さんはそれに気がつかず前に進んでいく。

 何事かと思ったところで耳元に誰かが近づいて囁いた。


「ずいぶん楽しそうにしてたわね」

「え……?」


 その一言に背筋が寒くなった。ま、まさか、後ろにいたのって……?


 俺に囁いたその人物はすぐに俺から離れる。


「あれ? 小宮くんどうしたの?」


 俺の遅れに気が付いた遠野さんが振り返って聞いた。


「い、いやなんでもない。すぐにいくよ」


 俺は振り返ることができなかった。




────


昨日夜、投稿できませんでした。すみません。

今回は遠野さんとのイチャイチャの回です。

本人にその気はなくともイチャイチャしてます。させました。


なんかいいタイトル思いつかなかった……

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