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「いやー怒ってなんかいないよ、がっかりはしているけどね。
江蓮君さぁ、あまりにもごまかしが下手すぎるよ。
オレがすすめた本とかを読んでるフリをするのは別にかまわないさ、だけどあの感想文、完全にどっかから引っぱってきたコピペだろ。
文体が固すぎてバレバレすぎ、ごまかすなら、もうちょーっと上手くやって欲しいね。
己の行動を偽装して、アリバイを作るって行為は、探偵にとっての必須スキルだよ!
もっとこのあたりは、要特訓、ってカンジだね。
次回からの感想文は、もっと上手く、いかにも自分読みましたって雰囲気たっぷりになるように、しっかり書いてくれよ!」
…ああ、茜さんは、本当にあの九月の事件から、変わっていない。
自分が熱心にすすめていた本やドラマを、俺がまったくチェックしていなかったことに対してじゃなく、そのごまかしの態度がぬるいことへ腹を立てているなんて。
あいかわらず、論点がズレているなあ…。
てか、偽装やアリバイを作る行為が、探偵には必須のスキルとか言っていたけど、それってむしろ犯人側とかにとって重要なものであって、探偵には関係ないんじゃ…と思ったけれど、空気をよんで俺は黙っていた。
「えーっと、スイマセン、次から上手く偽装するようにします」
「そうそう! その意気だよ、江蓮君!」
「あの、ていうか茜さん。
まさか、それを言うために、わざわざここまで来てくれたんですか?」
俺の決意表明をきいて、満足そうに笑う茜さんに、俺はサラダの残りをすべて平らげてから、内心あきれつつ尋ねてみた。
「いやいや、それだけじゃないさ、もちろん。
本題はここからだよ、江蓮君」
テーブルごしに、こちらへむかって少し体をのり出しながら、そう言う茜さんの瞳が、一瞬きらりと光ったような気がして、俺は、ものすごく嫌な予感がした。
でもいつだって、後悔は先に立たない。
今回もまたそうだった。
「江蓮君、今回はね、君に頼みたいことがあって来たんだよ。
是非とも君の、その、たぐいまれなるワトソンとしての能力を駆使してだね、考察して欲しい一件があるんだ」
はい、きたぁ!!!
予想通り、きましたよ!
やっぱり茜さんは、俺になにかの推理をさせようとしている!
あの九月の事件…偶然にも、森の洋館で出会った俺と茜さんが、そこで遭遇してしまったある事件を、必死に推理して解決に導いて以来、どうしたことか彼は、俺を一流の探偵に仕立てあげ、そのうえ探偵事務所を設立しようとたくらんでいるのだった。
そのための一環として、俺の探偵スキルを上げるという目的のもとに、あの定期メールが送られてきたわけだし。
だけど、俺は探偵なんて真似事を…推理なんてものを、もうやりたくなかった。
推理をするという行為には、他人の心のうちを、探って暴きたてるという、まさに、そのひとの私室に土足で上がり込んで踏みにじるような、そんな横暴な部分があった。
少なくとも、俺はそう感じた。
事件を解決するためだとか、第二の被害者をださないため…なんて、そんな言葉のもとに、『探偵』という聞こえの良い免罪符をかざして、ひとの心のやわらかな部分を公に晒す権利なんてものが、一体誰にあるというのだろう?
『事件』は、『探偵』がその謎を解決して、知的好奇心を満足させるためにあるわけじゃない。
確実にそこには、望まずとも巻き込まれてしまった、人の苦しみと痛みがあるのだから。
だけど、一方で俺は、目の前の謎を解くことに夢中になっている、茜さんの気持ちもわかるんだ。
全力を尽くして、謎を解決したその先に広がる、それまでの自分が知ることが出来なかった新しい世界を知ったときの、驚きと達成感、それを俺も知ってしまったから。
だから、探偵なんてもうやりたくないという気持ちを、茜さんに言いだせずに今日まできてしまった。
でも、このままじゃ駄目だ。
茜さんと顔をあわせる今日という機会に、誠意をもって、ちゃんと話さなくてはいけない。
ずっと流されてきてしまったけれど、自分の気持ちを、ちゃんと茜さんに話さなくちゃいけない、そんな決意をもって俺もまた、この場に来たのだから。
今こそ、ちゃんと断らなくっちゃ…!
「茜さん、あの…」
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