1-9

 

 「『呪い』とは何か。


 その質問に対する、オレ個人の明確な答えがもちろんある。

 だけど、今は答えたくない」



 「どうしてです?」



 「それは、今の君に、余計な先入観を与えたくないからさ」



 そう言うと茜さんは、さっきからテーブルの上に置かれたままだった、分厚い紙が挟んであるA4クリアファイルを俺に差しだした。


 なんだろうと思いながら、俺はそれを素直に受け取った。



 「江蓮君、いま君に渡したそれこそが、網代の手記だよ。


 オレは是非とも君に、網代の手記を読んで欲しいんだ。

 それあげるよ、だから時間があるときに自宅でゆっくりみてくれ」



 「ええぇっ!?」



 手に持ったクリアファイルと、茜さんとを、俺は交互に見た。


 これが、網代さんの行っていた研究『古代人が伝承する呪いの効果と範囲』の集大成、死の直前に茜さんへ送られてきた、研究者にとっては命よりも大切な手記…そんな大事なものを俺が受け取っていいんだろうか?



 「ちなみにそれ、網代の手記を抜粋したコピーだよ。

 オリジナルはオレが安全なところに隠し持ってる、念のためにね。


 君の推理の助けになるだろうと思われるところを、膨大な資料のなかから選んだ。

 専門的すぎるとことか、推理には不必要な部分、オレにもよく意味がわからないページなんかは抜いてある。


 さっき言ったけど、手記ってもんは、他人に見せるものではなくて、自分の知識やひらめきの一時的なストックに過ぎないから、読んで自分にだけ伝わればいいわけで、字が走り書きすぎて解読不能だったり、同じく民俗学を専攻しているオレでも意味不明な単語なんかがあってね…いや、それ以上に内容が…まあ今はいいや。


 でさ、江蓮君、あらためてもう一度言うよ。


 どうか君の力をオレに貸してくれ。


 オレがいちばん信頼しているのは、江蓮君、君なんだ。

 オレは、君の探偵としての実力を、そして君という人柄を信頼している。


 こんなこと頼めるのは、君だけなんだ。

 オレは絶対にやり遂げなくてはならない、死んでしまった網代…あいつの意志に報いるために」

 

 

 そして茜さんは、テーブルに着いてしまうんじゃないかと思えるほど深々と、俺にむかって頭を下げた。

 あの、自信家でプライドの高い茜さんが!


 びっくりしすぎた俺は、自分の方こそが何かとんでもなく悪いことをしてしまったような気持ちになって、わたわたと慌ててしまった。



 「うわ! やめてください茜さん!

 顔をあげてください! わかった、わかりましたから!!」



 急いでそう言うと、茜さんは顔をあげて、すごくホッとした表情で俺を見た。

 ああぁーもう、そんな顔で見られたら、断れるわけがないじゃないか!


 はぁ言っちゃった…あんなにビシッと断ろうと思っていたのに、また推理するって言っちゃったよ、俺…。


 自分の意気地のなさに落ち込みながらも、俺は同時に心を打たれてもいた。


 こう言っちゃなんだけど、ぶっちゃけエゴイストなところがある茜さんが(俺にはそう言い切るだけの権利があるはずだ、あの九月の事件のとき、一時的とはいえ、茜さんのせいで俺は犬彦さんを取り上げられたのだから)友達のためなら、たかだか高校一年生の俺にむかって頭を下げてしまえるほど、必死になれるのだと知って。


 亡くなった網代さんのためにも、めずらしく他人を思いやる気持ちをみせている茜さんを応援する意味でも、あと一回くらいなら、がんばって推理しよう。


 クリアファイルを持つ手に、ぎゅっと力がこもった。



 「それじゃ今回は、網代さんの死の原因を突き止めるために、二人で推理をするってわけですね」



 やる気がみなぎってきた俺が、意気揚々と目標を再確認しようとすると、茜さんはとんでもないことを言いだした。



 「ああいや、それはもう、別にいいんだけど」



 「はあ!?」


 

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