1-8

 茜さんは、あいかわらず真剣な表情で俺を見ていた、まるで何かに挑もうとしているみたいに。

 それに立ち向かうように俺もまた、そんな茜さんを、強く見返した。

 そしてさっきから薄々感じていたことを口にする。



 「…茜さん、俺に意見なんか求めなくても、もう茜さんのなかでは、何らかの答えが出ているんじゃないんですか」



 事件の考察のやりとりをしていくなかで、ひとつ確実に分かったことがある。


 網代さんの失踪について、茜さんは、俺の意見がききたいとは言っていたけれど、結局のところ、それによって、自分の推理を構築しようとしてるわけでも、考えをまとめようとしているのでも、ひらめきやヒントを求めているわけでもない。


 ただ俺に決定的な何かを話すために、ちょっと遠回りしているだけ、そんな印象があった。


 さっきまで、じっとこちらを見ていた茜さんは、俺から目をそらして俯くと、クックックと喉を鳴らすように、静かに笑った。

 それは嫌なかんじの笑い方ではなかった。



 「ああ、江蓮君、すまない。

 結論から言うよ、オレが今考えているのはね、こういうことさ。


 網代はきっと、例のリュックサックのなかに『呪いの仮面』を持っていたはずなんだ。

 しかし、残された遺留品のなかに、『呪いの仮面』はなかった。


 そして、その『呪いの仮面』は絶対にそこから…烏羽玉島から持ち出してはいけないものだったんだよ。


 だから奪い返しにきたんだ。


 その『呪いの仮面』の正当な持ち主である、古の亡霊がね」



 「いにしえの…亡霊?」



 俺をみつめるその目が、決してふざけているのではないのだと、茜さんの真意を伝えてくる。

 どうやら茜さんは、本心からそう言っているようだ。


 茜さんともあろう人が、想像もしていなかった犯人像を指定してきたことに驚いて、俺はただ、ぽかんと口を開けた。

 

 「ちょ、ちょっと待ってください、茜さん、本気で言っているんですか?


 亡霊が『呪いの仮面』を取り返すために、網代さんを海へ突き落とした?


 そんなこと…俺には、茜さんが何を考えているのか、よく分かりません、そういえばさっきもそんなふうに言っていましたね、この失踪には、『事故』と『他殺』のほかに、『呪い』という選択肢があるんだって。


 つまり本当に、網代さんは『呪い』のせいで亡くなったのだと、茜さんはそう考えているんですか?」



 信じられない話だった。


 実際に、この世界に『亡霊』という存在がいるのか、ということではなくて、茜さんほどのリアリストが、『呪い』だとか『亡霊』なんていう不可思議なものが原因で、親しい友人が亡くなったのだと、言い切っていることが信じられなかった。


 初めて出会ったとき、茜さんは言っていた。

 姿を持たない、不可思議な存在の正体とは、比喩であることが多いのだと。


 だからこそ、我々の目の前に現れたように見える不思議な出来事を、そのまま鵜呑みにして盲信してはいけない、その事象の裏には、そうなる過程の理由があり、別の姿が隠されていることがある、そう俺に教えてくれたのは、他でもない茜さんだったのに。


 だから俺は、この事件の本質を、茜さんへ問いただした。



 「茜さんは、本当に…『呪い』で人が殺されることがあると、思っているんですか?」



 『呪い』というものは、『亡霊』や『妖怪』なんかと同じくらい、俺には馴染みのないものであり、これまでの人生で、それがどういうものかなんて真面目に考えたこともなかった。



 「いえ、俺はわからないというか、知らないんです。


 『呪い』っていうものは、具体的に何なんですか?


 茜さんのことだから、もう自分では理解しているんでしょう?

 『呪い』の正体っていうものは、一体何なんです?」



 じっと俺を見ていた茜さんは、質問に答えるために口をひらいた。

 

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る