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 茜さんはアイスコーヒーの残りをズズッと吸い込んでから、さっきとは打って変わって、あっけらかんと言い切った。



 「いやー別に、本当は網代がどうして死んだかなんて、今さら知ったってしょうがないことじゃん。

 知ったところで、あいつが生き返ってくるわけでもないし。


 仮にやつの死因について調べようにも、網代の死は、一ヶ月以上も前のことなんだよ。

 推理しようと思ったって、証拠らしい証拠ももう残ってないだろう。


 そもそも自業自得なんだよ。

 網代が、生きた人間にせよ亡霊に殺されたにせよ、元はと言えば、あいつが『呪いの仮面』を盗んだりするからいけないのさ。


 研究者として、重要資料を手元に置きたい気持ちはわかるけど、あれは地元から絶対に動かしちゃいけないもんなのに。

 なんたって神の依り代なんだからさ、神系文化はオレの専門だからパクる前に相談して欲しかったよ、バカだね網代は」



 「じゃ、じゃあ茜さんは、俺に何を推理させようとしているんです…?」



 へなへなと、さっきまでのやる気がしおれていくのを感じながら、俺がそう尋ねると、茜さんはキラリと瞳を輝かせて俺を見た。



 「オレはね、網代の残した『古代人が伝承する呪いの効果と範囲』という研究を完成させたいんだ。


 あれは、このまま闇のなかに埋もれさせるには、もったいなさすぎる。

 手記を読めば、どれほど網代がこの研究に心血を捧げてきたか、わかるよ。


 それぐらい、すばらしく完成度の高い内容なんだ。

 そして、あとほんのちょっとの欠けたピースさえ埋めることができたなら、それはもう学会に発表することができる。


 網代とオレの連名で、『古代人が伝承する呪いの効果と範囲』を世に出して、研究に日の光を浴びせてやりたいんだ。


 それだけが、民俗学を探求する同志であった網代に、オレがしてやれる唯一のことさ。


 だけど専門違いってこともあるけど、オレ一人の力では、欠けたピースをみつけることは難しそうでね。

 だから、君の力が必要なんだよ、江蓮君」


 

 とにかく茜さんは茜さんなりに、友人のことを思いやっていることに変わりはないらしい。

 俺は、そっとため息をつく。



 「話はよくわかりました。

 俺にもなにかできることはないか、努力してみます。


 だけどそんな、専門家の茜さんが難しいと思うような民俗学的問題を、俺みたいな何も知らない、ただの高校生に解けるはずがなさそうなんですが…」



 ちらりと手元にある、網代さんが残した手記のコピーが挟まっているクリアファイルに視線を落とすと、俺は弱々しく答えた。


 だってそうじゃないか、俺は民俗学のことなんて何もわからなくて、むしろ茜さんから講義を受けている立場なんだから。

 そんな俺に、一体何ができるというんだろう?


 しかし茜さんは、自信なくうつむいている俺を見て、ニンマリと笑った。



 「そんなことはないさ。

 今回に限っては、下手な知識はいらないんだよ。


 それにね、江蓮君。

 謙虚なことは美徳ではあるけれど、君はもっと自分の探偵としての価値を自覚した方がいい。


 君は優秀さ、網代と同じくらいにね。

 オレは滅多に他人を認めないんだから、もっと胸を張ってくれよ」



 「はあ…」



 今のは、茜さんなりに俺のことを励ましてくれたんだろう。


 それにしても今日は、茜さんを見直すいい機会になりそうだった。

 俺のなかで茜さんという人物は、もっととんでもないイメージだったんだけど、ちゃんと他人を思いやれる心も持っていたんだなぁ。



 「今回のことは、悲劇的ではあるがチャンスでもある。

 網代はよく言っていたよ。


 研究過程で、意図しない失敗が起きて、それまでの成果が台無しになる、あるいは損なわれるときだってある。

 だけど無駄に悲観することはない、そこから新しい別の成果を手にすればいい。

 失敗したら、そこで終わらせずに、必ずなにかを得るんだ、ってさ。


 オレは網代の死を決して無駄にはしない。

 やつには、江蓮君の探偵スキルを上げるための、立派なテキストになってもらおう」



 …せっかく見直そうと思っていたのに、やはり茜さんはどこまでも茜さんだった。


 こんなこと言われて、天国の網代さんはどう思っているんだろう。

 茜さん曰く、変わり者だという網代さんも、その通りだとうなずいているんだろうか…。

 

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