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これまでに新人社員を何人も教育してきた五月女の、的確に相手の欠点をえぐる説教攻撃が始まりかけたところで、犬彦が口を出した。
赤間部長にストップをかけられたら、納得がいかなかったとしても、五月女は黙るしかない。
「少しの時間で済むなら、今聞こう。
森田くん、こちらへ来るといい。
報告ありがとう五月女くん、一通り理解した。
申し訳ないが一度席を外してもらえるだろうか、今の報告通りであるなら、相手側に連絡をする前に書類も確認しておきたい、準備ができたらまた五月女くんを呼ぼう」
「は、はい…かしこまりました」
そうして犬彦の指示通りに、森田が犬彦のオフィスに残り、険しい顔をした五月女がその場を離れ、オフィスから出ていった。
(後に、沖は語った。あのとき部長のオフィスから出てきたセンパイ、怒りのオーラがほとばしってて今にもスーパーサイヤ人になれそうでしたよ! と)
「あの、赤間部長、…ありがとうございます」
「いや、いい。
それで君の用件はなんだ、話を聞こう」
五月女が退出すると、森田は犬彦のデスク近くまで歩いてきた。
犬彦を見る森田のようすは、なんだか照れたようにモジモジしている。
「いえ、ですからその…今もですが、昨日は…ご指導いただきありがとうございました」
なんだ、昨日の業務指導の礼を言いに来たのか、律儀なやつだ。
そう思いながら犬彦は、烏羽玉島の観光用ホームページが表示されているパソコン画面へと、視線を戻した。
「あのそれで、部長に教えていただいたことを自宅に戻って繰り返し確認してみたのですが、ひとつ質問し忘れていた箇所がありまして、それがどうしても気になるんです。
あとここだけ見ていただけませんか、すぐ終わりますから」
「そうか、どんな内容なんだ見せてくれ」
「はい、ここなんですが…」
パソコン画面から、また森田へと視線を変える。
見れば森田は手に書類を持っていて、ある部分を差し示すために、犬彦のすぐ横まで近づいてきていた。
座っている自分の横に立った森田の持つ書類へと、犬彦は注意を向ける…そのとき。
「…あれ?」
ふいに森田が、何かに驚いたみたいな、気の抜けた声を出した。
「部長、烏羽玉島について調べていらっしゃるのですか?」
森田のその呟きを耳にして、犬彦が書類から視線を上げると、同じく書類を見ているはずの森田の目は、犬彦のデスクのパソコン画面へと向けられている。
そこに表示されている烏羽玉島の観光用ホームページを、森田はジッとみつめていた。
「…君は、烏羽玉島を知っているのか」
「ああ、はい、子供の頃よく遊びに行きましたから」
犬彦の問いに、森田はパソコン画面から犬彦の方へと顔を向け、にこっと笑顔を見せながら答えた。
年齢のわりに無邪気な印象が残る森田の笑顔を見ながら、犬彦は一瞬だけ考え込むように眉間にシワを寄せたあと、なんでもないような口調で次の質問をする。
「そうか、…それで烏羽玉島というのは、どのような場所なのだろうか。
君は頻繁に烏羽玉島へ行っていたのか、…今でも?」
「僕は生まれも育ちも東京なのですが、母が烏羽玉島の出身なので、子供の頃は夏休みなど、よく祖母の家に遊びに行ったんです、今はまったく足が遠のいていますけどね。
島の下の方は、いかにも観光地といった風情でにぎやかなのですが、島の上の方はけっこう自然が残っていまして、木のぼりをしたり、蝉をとったりして遊びました。
もちろん魚釣りなんかもしましたけど…ああ、それから漁業が盛んなせいか、猫がたくさんいて、野良猫を追いかけたりもしましたね、いいところですよ烏羽玉島は、魚はおいしいし、海も空気もきれいです、ちょっと田舎ですけども」
まったく、意外なところに情報は転がっているものだ。
犬彦は、やけにニコニコしながらこちらを見ている森田へ目をやりながら、そんなことを考えた。
一方の森田は、近づきがたい孤高のオーラを放つ、普段決して業務とは関係のない無駄話をしようとはしない赤間部長が、たいした事のない雑談だったとしても、こうして自分に話しかけてくれるのを、とても嬉しく思っていた。
「その島なんだが…頂上付近に、神社があるらしいな。
その神社について、森田くん、君は何か知っているか?」
「神社ですか? ええと…ああ、確かにありました。
夏祭りに、そこの神社の境内の出店で焼きそばを買った記憶があります、和笛の音が聞こえたりして、人もたくさんいて賑やかで、楽しかったですね」
「なんでもその神社では、古い仮面を祀っているらしいが…それについて聞いたことは?」
「仮面ですか? うーん、お面屋さんは出店でありましたけど…仮面、仮面…。
あっ! 仮面、思い出しました、ええありましたよ、そんなものが。
見せてもらったことがあります、そう…確か木製の仮面で、いかにも骨董品らしい古っぽい感じがあって…でも、上品っていうか、いい表情をした仮面でしたよ」
「君は、仮面を見たのか? 一体、どこで?」
「もう子供の頃のことなので、あまりはっきりとは覚えていないのですが、あの仮面は神社ではなく、どこかの薄暗くて狭い場所…小さい祭壇のような所に安置されていたんです、そこへ連れて行かれたんですよね、母や祖母に。
仮面のそばにはお酒やお菓子が供えられていて、あと生け花も飾られたり…綺麗にされていたなぁ、という印象が残っています、方向性は違いますが、華やかな仏壇っていうイメージです。
お祈りというか、お参りをして、その場を去ったような…。
今になって考えると、あれはなんだったんでしょうね、神社ではなかったけれど、自宅の神棚というわけでもなかった、子供の頃には、大人によって強制的にやらされるよく分からない行事ってありますから」
ニコニコしながら答える森田の、そんな子供の頃の思い出話を聞きながら、今朝仕入れた『手記』に書かれていた知識と、脳内で比較をしていた犬彦は、内心で首をかしげた。
森田が子供の頃に見たという『仮面』は、果たしてご神体の『仮面』と同一のものなのだろうか?
手記によればその『仮面』は、門外不出で、島民であっても易々と拝観することは叶わず、そもそも一部の人間を除いては、ただ見るだけでも神への不敬ということで呪われるのではなかったか?
「部長は、烏羽玉島へレジャーでお出かけになるご予定があるのですか?
それとも烏羽玉島辺りの地域で、営業をされる計画でも?」
「まあ…ちょっとな」
うれしそうに話しかけてくる森田へ相槌を打ちながら犬彦は、表示されていた烏羽玉島の観光用ホームページを閉じた。
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