2-8
「こんにちはー」
入り口のガラス扉を開けてなかへ入ると、そこはごく普通の雰囲気の、待合室をかねた受付だった。
本当に、なんだか歯医者の待合室みたいに、シンプルでこじんまりとした受付だ。
地下一階ではあるけれど、高い天井に照明がいくつもあるおかげで、室内はゆるい昼間のように明るい。
俺は『占いの館』という言葉からして、そこはなんだか薄暗くて、変に紫色に煙ったナゾのお香が焚かれているようなイメージを勝手に持っていたんだけれど、ぜんぜんそんなことはなかった。
その待合室には、ちょっとした一人掛けのソファーがいくつかあって、待ち時間をつぶすためなのか、雑誌が数冊、ガラスのローテーブルの上に置かれている。
そして受付には、ひとりの、感じのよさそうな中年女性がにこにこと優しそうに微笑みながら立っていた。
ごく普通に近所のスーパーによくいる主婦みたいな、平凡な外見の人だ。
不可思議な力をあやつって、それこそ呪いでもかけそうな、白雪姫に出てくるような魔女が『占いの館』にはいるんじゃないかなんて、こっそりと妄想を膨らませていた俺は、なんだか恥ずかしくなった。
ただ、がっかりとも言えるくらい普通そうに見える『占いの館』の待合室が、歯医者なんかのそれと違うところがあるとすれば、たとえば歯医者の待合室であれば歯ブラシや歯磨き粉なんかが置いてあるであろう棚に、代わりにパワーストーンがいくつも飾ってあるところだと思う。
どうやら販売しているらしい。
そういった、いろんな色や形をしたパワーストーンがものめずらしくて、ちらちらと俺はそれらを観察した。
一方、茜さんは受付でなにやら話し込んでいる。
占いが好きだと言っていたくらいだから、茜さんは慣れているんだろう、てきぱきと受付のおばさんと茜さんは話を進めている。
俺はそもそも、占い師にちゃんと占ってもらうことが初めてだったし、知らない場所にいることにドキドキしてしまって、ただそんな成り行きを、茜さんの後ろから黙ってじっと見ていた。
「それでは、今から鑑定できる先生はこちらですね。
どの先生にされますか?」
受付のおばさんは、なんだかメニュー表のようなA4サイズのラミネートパネルを茜さんに見せながら、穏やかにそう言った。
どうやら『占いの館』には、占い師の先生というのが何人も在籍しているらしい。
確かに、いま俺と茜さんがいる受付の左手側には、さらに奥へと続く廊下があって、そっちのほうから微かに、人が話し合っている声が聞こえてくる。
きっとそれは、誰かが実際に占いをしている最中ということなんだろう。
茜さんが見ているパネルに記載されている占い師のひとは、今はだれも占っていなくて手が空いているようだ。
このなかから、自分が占って欲しいと思う占い師を選べ、ということか。
占い師のプロフィールや写真の載っているそのパネルを、茜さんの横から俺ものぞいて見た。
パネルは三枚あった。
一枚目。
渋い表情で写真に写っている、五十代くらいの男性の占い師だ。
無精髭に、キリッとした知的で鋭い目。
眉間や目尻に刻まれたシワは、これまで人生のいろんな荒波を越えてきました、みたいな説得力があって、どんな悩みにも的確なアドバイスをくれそうだと思えるほどの貫禄がある。
得意な占いのジャンルは、四柱推命、と書いてある。
二枚目。
優しそうに微笑んでいる、年配の占い師の女性の写真だ。
年齢は四十代くらいだろうか、ふっくらとした体型をしていて、懐のあったかいお母さんってカンジの雰囲気がある。
この人にだったら、どんな悩みも気軽に話せそうな気がする。
得意な占いのジャンルは、西洋占星術、と書いてあった。
三枚目。
すっごい美人の、若い女性の写真だ。
これだけ、なんかの雑誌のモデルの写真の切り抜きなんじゃないかと思えるほど、とびきり整った顔立ちの、若い占い師の近影だった。
二十代前半くらいに見えるその女性は、完璧に美しい微笑みを浮かべて写っている。
得意な占いのジャンルは、タロットカード占い、と書かれている。
それらを一通り眺めてから、俺は茜さんを見た。
茜さんは真剣な表情で、それらのパネルを見比べていた。
うーん、茜さんはこのなかから、どの占い師を選ぶのかな?
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