11月10日金曜日

 

 「単刀直入にきこう、森田くん、君の目的は何だ?」



 そして次の日の午後、ついに赤間部長と森田は、犬彦のオフィスで対峙していた。


 通常であれば、開けっ放しにされているオフィスの扉を、自分が入ってきたと同時に赤間部長から「悪いが扉を閉めてくれるか」と命じられたときに、森田はいつもとは違う何かが始まろうとしていることに気づいたのだろう、彼は少しビクビクしているような様子で、犬彦のデスクの前に立った。

 その姿は、厳格な裁判長の前に立たされた哀れな被告人のようにも見えるのだった。


 森田は内心、昨夜に起きた女性社員一同による、吊るし上げ事件について、どこからか話を聞いた赤間部長に何かしらの苦言を呈されるのかと思って、そっちの覚悟をしていたのに、想像外の問いかけをされて、ぽかんと気が抜けたような顔になった。

 (ちなみに犬彦の前での女性社員たちは、いつもと変わらず穏やかで、永多から話を聞いていなければ、そんな出来事が起こったなどと想像できないほど普通だった。まあ彼女たちが、みんなのアイドル赤間部長に対して、自分たちの荒ぶった所業を隠そうとするのは当然のことだ)



 「別に君のことを責めているわけではない。

 物事を効率よく進行させていくために、部長として知っておきたいだけだ。


 森田くん、君は俺という人間の評価について見極めるために、ずいぶんと多方面から情報を集めようとしているな。

 そのことには前々から気が付いていた。


 だが、そこまでして俺の情報を集めなければならない目的とは、何だ。

 君にはそうしなければならない理由があるはずだ。


 答えろ、君は何故、俺のことを知ろうとする?」



 ぴしゃりと犬彦が、相手に有無を言わさず、ズバリと本題を叩き付けると、サッと森田の顔色が変わった。

 大蛇に睨まれた雨蛙みたいに、かわいそうなほど森田は青くなる。



 「いえ、そんな…そんなことは…」



 まあ、こんな質問をしても、素直に吐くとは思っていなかったし、まずは否定するだろうとは分かっていたが、自分の前に立つ森田のキョドりっぷりが尋常ではなく、犬彦は苦笑しそうになってしまう。


 江蓮と同じで、隠そうとしても感情が出やすいタイプだろうと思っていたが、まさかここまでとは…。

 これならチビの頃、お菓子を盗み食いしたときの江蓮の言い訳の方が、よっぽど上手だったぞ。

 

 心理的な駆け引きにおいて、赤間部長には敵がいなかった。


 商談相手から有効な情報を引き出し、秘密を抱えて黙り込もうとしても口を割らせ、こちらに一番有利な内容でイエスと言わせて、屈服させること…そういった仕事は、サルがココナッツの実を木から落とすのと同じくらい、赤間部長にとっては簡単だった。


 従って、どんなに森田が秘密を死守しようとキョドりまくっていても、犬彦には、それこそ胃の中がカラになるくらい真実を吐き出させるための、いくつもの手札があった。

 (赤間部長は、知りたいことを知るためなら、ときにテロリストを拷問にかける諜報員くらい冷酷にもなれる)


 だが、このときの犬彦は、ビクビクと怯えまくる森田へ、穏やかな声でシンプルにこう話しかけた。



 「今、この場で話される内容は、すべてここだけの話とする。

 つまりは非公開というやつだな。


 君が話してくれた内容は、誰にも言わない。

 永多くんや五月女くん、沖くんや他の誰にもだ、もちろん上の人間にも報告は出さない。


 その上で…どうだ、俺だけには話してくれないか。

 もし話してくれたのなら、君が俺について知りたいと考えている事項について、正直に俺が直接答えよう。


 本人が答えるんだぞ、周囲に尋ね回って信憑性の曖昧な情報の欠片を集めていくより、効率がいいとは思わないか?」



 諭すように犬彦がそのような条件を話すと、ビクビクしていた森田の様子が落ち着いてきて、いま犬彦が話した内容について吟味をするように、真面目な顔で考え込む姿勢を見せた。


 犬彦は確信する。


 …これは、あともう一息だな。

 少し背中を押してやれば、こいつは落ちる。



 「それに俺は思うんだが…君がしていることは、独断で自主的に行っているのではないんだろう?


 …君の背後には、そうしろと命じている人物がいる、…違うか、森田くん」



 トドメとばかりに犬彦が核心に触れるような発言をすると、森田はハッとした驚きの表情を浮かべて、真意を探るように犬彦をみつめる。

 そんな森田へ、犬彦はやさしく微笑んでみせた。(江蓮なら一発でわかる、犬彦お得意の営業用スマイルだ)



 「…すべて正直に、こちらの質問に答えていただけるというのは、本当でしょうか…?」


 

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