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 杉元さんは、この会社における影のヒエラルキーにあっては、赤間部長や専務に常務、そして社長の栄治郎よりも、強大な権力を持っていると言えるだろう。


 杉元さんを慕っている女性社員たちは、杉元さんが好感を持たない男性社員には決して協力をしないし(皆から協力を得る事ができない者が、出世なんかできると思うか?)むしろ足を引っ張るような行いに出るだろう(彼女たちが本気を出せば、すぐに相手を失脚させることができるに違いない。目立たない場所で一生懸命に働いている社員の力を、舐めてはいけないのだ)そもそも杉元さんがその気になりさえすれば、上の人間に、その者の苦情を易々と伝えることができる。

 信頼度MAXの杉元さんが苦言を呈するような者の人事評価は、地の底に落ちる。


 総括、決して女性社員を敵に回してはいけない。

 女性社員を怒らせたりする浅はかな男性社員は、組織の中で絶対に生き残ることはできない。



 「落ち着いたと思っていたんですけどね、我々の見えないところで森田は、部長についての理解を深めるべく、他部署の社員や、警備のオッサンさらには清掃員にいたるまで、いろいろと聞き込みを継続していたみたいなんですよ。

 それで、ついに森田の聞き込みが、経理部の杉元さんにまで及んだんです。

 森田は杉元さんがどんな人なのか知らないですからね。


 杉元さんは、そんなふうに部長の個人的なことに対して他人に探りを入れてくる森田に、やはりいい印象を持たなかったようで、曖昧にはぐらかしてくれてたみたいなんですけど、そのときに森田が、杉元さんに何か失礼なことを言ったらしいんです。


 あの杉元さんが、それをきっかけに腹を立てて大声を上げたそうで…それで経理部の他の女性社員も集まってきて…そしてさらに彼女たちが別フロアにいた女性社員にもメールなどで事態を説明し、援軍要請した結果、そのとき社内にいた女性社員がみんな集合して…五月女もです、そして一致団結のうえ、森田を囲んで袋叩きなうです」



 「……」


 

 そう、前々から森田に対して不満を持っていた女性社員たちは、ついにこのときが来たとばかりに森田を囲んで、口々に叱責をぶつけまくっていた。


 こんなにも女性社員たちが怒っているのは、彼女たちが慕っている、みんなのお母さん的存在の杉元さんに森田が失礼な口をきいたのだけが理由ではない。

 女性社員たちは、ずっと前からイラついていたのだ。


 五月女発信で、森田がみんなの高嶺の花、赤間部長のストーカーであることを知っていたから。(おい、そんなこと言うなよ! どうすんだよ話をややこしくしちまって! …と、後々くわしい話を五月女から聞いた永多は叫んだという)


 犬彦はまったく気づいていなかったが、女性社員たちの間で、赤間部長は一種アイドル化していた。

 (彼女たちは、限定公開のSNS上で、「きょうの赤間部長! 取引先からもらったチョコの詰め合わせをおすすめしたら、ありがとうって言ってもらえた」「そのときの写真UP!」などと言って、密かに日々の犬彦の情報を共有して楽しんでいた。ちなみに閲覧可能なメンバーの中には、なぜか栄治郎も混ざっている)


 自分たちは、ただ遠くから見ているだけで満足しているというのに、あの新人社員は、図々しく赤間部長にひっついている(そして部長に迷惑をかけている)許せない! …と、前々からフラストレーションを溜めまくっていたのだった。



 「…それで、結果的にはどうなったんだ? 森田くんは無事なのか?」



 「わかりません、まあ殺されてはいないと思いますが。

 森田が女性社員に囲まれて、袋にされているところまでは目撃したんですが、五月女が先陣をきってブチ切れ出したところで、オレは撤退しました。

 怒りのアマゾネス軍団に、オレまで目をつけられて巻き込まれるのが恐ろしかったので」



 「ああ、それは…賢明な判断だ」



 「しかし、どうしましょう部長、…明日の朝に出社した際には、社内は嵐が吹き荒れたあとのようになっているかもしれません。

 あー…吹き荒れたあと、ならまだマシですが。


 明日になっても、混乱は継続しているかもしれません。

 その場合には、業務不可能に陥るかと…」


 

 永多から一連の破滅的な出来事について報告を受けた犬彦は、この状況をどうするかと問われて、微かにため息を吐いたあとに、力強くこう答えた。



 「決着をつけよう」



 「決着、ですか?」



 「その通りだ。

 今回このような事態に発展したのは、穏便に事を済ませようとして、森田くんが何か腹の内に秘めている事実に前から気付いていたものの、それを放置していた俺の責任だ。


 明日の朝一番で、杉元さんには俺から謝罪に出向く。

 そして、森田くんには、直接その真意を確かめる」



 「つまり森田に正面から、なんで部長のストー…じゃなかった、部長の周辺を嗅ぎまわっているのかを、ついに尋ねると、そういうことですね」



 「ああ、明日予定が空き次第、俺のオフィスに森田くんを呼んでくれ。

 よろしく頼む、永多くん」



 「はい、了解しました」



 決着をつけるとは言うものの…ここまで部長を巡る大騒ぎが加速しているなかで、穏便に終わるとは、オレには到底思えないんだけどなー…。


 なんて永多は思ったが、心の底から営業部の平穏を願っている彼は(オレは沖とはちがう、本当にそう願っているんだ!)そんな不安を自分の胸のうちだけに秘めておくことにしたのだった。


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