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「暴動?」
「はい、ただいま森田が、女性社員たちから袋叩きにされています」
「……何故、そんな状況に」
「森田が、経理部の杉元さんを怒らせたんです」
「……」
組織の中で安寧に過ごしていくためには(あるいは出世したいと目論むならば)男性社員には、絶対にやってはならない禁忌というものがある。
その禁忌とは、女性社員を怒らせること、である。
仮に出世をしたいと願うのならば、絶対に女性社員には嫌われてはならない。
(これは、女性社員に媚びろと言っているのではない。彼女たちは、自分たちに媚びる男をすぐに見分けるし、その者を見下すので、無意味である)
その女性社員が、役職もちのキャリアウーマンか、あるいは入社したてのパートであろうが関係はない。
とにかく男性社員は、女性社員を敵に回すような態度を取ってはいけないのだ。
その重要性を、入社したての若い男性社員は、特に理解していないことが多い。
なぜ女性社員を敵に回してはいけないのか。
それは女性社員たちが、一見すると表からでは決して分からない、女性ならではのネットワークを持っているからだ。
そこで蜘蛛の巣のように、それぞれの女性社員たちはつながっていて、さらには、男では理解しがたい、独特の上下関係や連帯感を女性社員は共有しているのである。
つまり、ここで言いたいのは、女性社員一人に嫌われると、社内の女性社員みんなから嫌われる可能性が大である、ということだ。
しかしこんな話をしても、妙にアウトローを気取る勘違いした男性社員などは、「女性社員に好かれる必要なんかない、自分さえ優秀であれば、上は目指せる」などと言うだろう。
だが、そんな考えは甘い。
断言しよう、女性社員を敵に回すような気のきかない男は、絶対に出世なんてできない。
彼女たちのネットワークは、女性社員同士の間だけで発動するわけではないからだ。
表からでは絶対わからないところで、女性社員は、不思議なコネクションを持っていたりする。
その最たる例が、経理部の杉元さんだ。
彼女は、犬彦が頭を下げてキルフェボンのフルーツタルトの口止め料を渡し、経理部の給湯室を貸してもらったときの、見張り役をしてくれた女性社員だ。
杉元さんは、一見すると目立たない、もの静かで地味な年配の女性社員だ。
何も知らない新入社員は、杉元さんのことを、なんてことはない、ただのおばさん社員としか思わないかもしれない。
家庭を優先して働く杉元さんは、これといった役職を持たない一般社員だし、分かりやすい『肩書き』を持たない者に対して、人間関係をまだ把握しきれていない新入社員は、舐めがちな態度を取ることがある、しかし杉元さんは、この会社の裏の大ボスとも言える存在だったのだ。
杉元さんは、社歴が非常に長く、この会社のことをなんでも知っている。
(ずっと前に貯蔵品となってしまった重要な備品の置き場所が分からなくて困っていたり、昔からの得意先の社長の名刺を紛失してしまっても、杉元さんに尋ねれば、いつも的確に教えてくれる)
もちろん彼女は仕事もできる。
(ちょっとしたミスは杉元さんが、知らず知らずのうちにフォローしてくれていることがある。犬彦も過去に、杉元さんに助けてもらったことがある)
そして融通もきく。
(前回の給湯室を借りた件もそうだが、けっこうギリギリなお願いをしても、意外に杉元さんは内密に協力してくれることが多い。もちろん彼女に借りを作ることにはなるのだが…)
さらには気もきく。
(決してでしゃばりではなく、もの静かな人なのだが、あるとき杉元さんが、泣いている若い女性社員をそっと励ましているシーンを、犬彦は偶然見かけたことがある。だから杉元さんは、女性社員たちから、お母さんのように慕われているのだ)
そういった長年の積み重ねによって、杉元さんは、社内に特別なコネクションを持っている。
(杉元さんは個人的な連絡網を使って、いつでも専務、常務、さらには社長の栄治郎とも、直接会話をすることができる。おそらく全員が、杉元さんに何らかの借りを持っているのだろう。これまでに何度も助けてもらったことがある犬彦も、もし杉元さんに何かお願いをされたら、いつどんなときでも、それに応えるだろう)
そんな杉元さんは、たまに怒ると怖い存在だった。
(ずっと前、この領収書の書き方はなんだと、杉元さんに叱責されて、専務は半泣きになっていた。まあ専務は、犬彦がちょっと睨んだだけでも、すぐ半泣きになるのだが)
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