15-5
「あはっ…あっはっはっはっははっ!」
顔を上げた驟雨さんは、笑っていた。
驟雨さんて、こんな笑い方もするんだ…とびっくりするような、たがが外れたみたいに愉快そうな笑い声を上げていた。
「あはは、ははっ、何で気づかなかったんだろう…そうだ、僕が殺されるべきだったんだ。
お人好しで、霧宮家の当主である、藍晶さんじゃなくて、長岡家の長男であるこの僕が! あのとき殺されるべきだったのに!
『仮面の亡霊』は間違えた!
そうか、そのためにあの夜、『仮面の亡霊』は僕のところにやってきたのか」
や、やばい…。
なんかわかんないけど、やばいぞ、この展開…。
なんで驟雨さんは笑ってるの?
茜さんといい、なんでこの話題になると、みんなバカ笑いするの?
俺はなんにも面白くないんですけど!
「ちょ、ちょっと待ってください、驟雨さん!
そんなの分かりませんよ、その夜の『仮面の亡霊』が実体を持つものだったとしたなら、確かに何らかの意図があって、驟雨さんの前に姿を現したのだと思いますけど、驟雨さんを殺害するつもりなら、眠っている驟雨さんを起こしたりせずに、サクッと行動に出ているはずです!
『仮面の亡霊』に驟雨さんを殺す気はなかった!
そもそも、その『仮面の亡霊』は『夢』なのかもしれない、それなのに本当は驟雨さんが殺されるべきだったかもしれないなんて、そんなこと言わないでください」
自分で、自分のことを、殺されるべきだったんだ、なんて言うのは、悲しい。
でも驟雨さんは、相変わらずどこか自虐的に笑い続けているばかりなので、さらに慌てながら、俺は言葉を続けた。
どうすれば驟雨さんは、元の穏やかな驟雨さんに戻ってくれるだろうかと、焦りながら。
「それに…ああほら、もしかすると霧宮家の事件の前に、驟雨さんの他にも『仮面の亡霊』に会った人はたくさんいるのかもしれませんよ?
だけど驟雨さんと同じように、それを『夢』か何かだと思い込んでいるから、人に話さないだけで…」
そこまで話したとき、ぴたりと驟雨さんの笑い声が止まった。
まるでラジオの電源を消したときのように。
そして、それまでに見たことがないくらいの真顔で、じっと驟雨さんは俺をみつめた。
「そうか…」
息を吐くような微かな声で、確かに驟雨さんは、こうつぶやいた。
「そういうことだったのか…」
「え?」
おろおろしながら俺が様子をうかがうと、驟雨さんは、それまでのすべてが嘘だったかのように、いつも通りの穏やかな驟雨さんへと戻り、にっこりと微笑んだ。
「いえ、すみません、大丈夫、ちょっとだけ思うところがあって、もう平気です。
さあ江蓮くん、お菓子はたくさんありますから、どんどん食べてください」
「あ、はい…」
とりあえずは驟雨さんが元に戻ってくれたので、ホッと一安心と胸をなで下ろしながら、お言葉に甘えて次に、もなかを取った。
あーびっくりした、穏やかな驟雨さんがあんなに笑うなんて。
大人なら、聞いた瞬間に誰もが笑っちゃうネタなのかな、これって。
もし犬彦さんに話したなら、犬彦さんもあんなふうに大笑いするんだろうか。
…なんて冗談言ってる場合じゃなくて、とにかくもう、この話題には触れない方がいいんだろうな。
きっとこの話題は、烏羽玉島の島民としての、そして長岡家の長男としての驟雨さんの機微に触ってしまう、そしてそれは、あまりよくないことなのだ。
そう思っているのに、もなかの包み紙をむきながら、俺は驟雨さんへ、ついこんなことを質問してしまった。
「あの…仮に、その夜の『仮面の亡霊』が実体を持つものだったとして、驟雨さんは、その『仮面の亡霊』の中身が誰だったのか、心当たりはありますか?」
もうこの話題に触れないようにするとしても、どうしても最後にこれだけはきいてみておきたかったからだ。
そして驟雨さんはさっきまでとは異なり、すぐに即答してくれた。
「ありませんね」
驟雨さんはきっぱりとそう答えた。
被告人に罪状を宣告する、裁判官のようにはっきりと。
「江蓮くんの言うとおりです、あれが『夢』ではなくて、『現実』の『仮面の亡霊』だったとしても、やつは僕を殺す気がなかったんでしょう。
そう…誰かが僕を驚かせるためにしたイタズラだったのか、あるいはやはり『夢』だったんでしょうね」
そう言い切って、驟雨さんはにっこりと微笑んだ。
その答えを聞きながら、俺はもなかをかじる。
なんとも言いがたい、違和感のようなものを覚えながら。
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