15-4

 うーん、どこの家庭もいろいろと大変なんだなぁ…と思いながら、俺はおせんべいをバリッとかじった。

 驟雨さんはそこまで話してくれたところで、何かに気づいたみたいに、ふっと口を閉じると、次に照れたような表情を浮かべる。



 「ごめんね、変なことを長々と話して…。

 こんなこと話されて、江蓮くんも困ってしまいますね、ついつい無駄話を…江蓮くんは話しやすい雰囲気の人だから」



 「えっ、いえいえ! そんなこと全然!


 その、俺、凍雨さんの気持ちわかりますよ、自分の家の近くに『仮面の亡霊』が現れたら怖いですもん、部屋から出たくなくなる気持ち、わかります、誰だってそうなりますよ。


 それに、その…驟雨さんも見たんですよね、その…『仮面の亡霊』を」



 俺も照れ半分でパパッと次から次へと言葉を口に出していったんだけど、茜さんから聞いた驟雨さんが見たという『仮面の亡霊』の話題をした途端、驟雨さんの空気が変わった。


 さっきまでの、疲れ気味だけど前回と同じく穏やかな驟雨さん、という空気から、一気に重くシリアスなものにそれは変化する。



 「そう…近藤さんから聞いたんですね、霧宮家の事件の前、僕のところに『仮面の亡霊』が姿を現したことを…」



 この話題は、やはり驟雨さんにとって深刻なものなんだろう。

 ごくりと、おせんべいを飲み込んでから、あらためて俺は質問する。



 「はい、深夜に驟雨さんの部屋へ『仮面の亡霊』が訪ねてきたと、茜さんから聞きました。

 驟雨さんは、そのときの出来事が、『夢』だったのか『現実』だったのか、あいまいだってことも…。


 その…驟雨さんは今、そのときの『仮面の亡霊』は、『現実』のものだったと思いますか?」



 そんな俺に質問に対して、驟雨さんはきちんと俺の目を見ながら答えてくれた。



 「霧宮家でのことがなければ、『夢』だと今でも思っていたでしょう。

 そのときの僕の精神が視せた『幻』なのだと。


 しかしこうなってみると…それは、藍晶さんを手にかけた者と『同一人物』なのかもしれません。


 できれば、『幻』だったのだと、そう思っていたいのですが…」



 そう言うと、驟雨さんはなんともいえない微笑みを浮かべた。

 さみしそうな、悲しそうな、困ったような、そんな微笑みだ。

 

 なんだかそれが可哀相に思えて、それを打ち消すために、俺はまた考えもなくこんなことを言ってしまった。



 「いやぁ、分からないですよね、本当たまたまだっただけで、実際『夢』だったのかもしれないし。

 そういう、現実と区別がつかないくらいリアルな悪夢ってありますもんね。


 事件の前に『仮面の亡霊』が驟雨さんのところに現れるなんて、そんなの怖過ぎますもん。

 やっぱ『夢』だったのかもしれませんね。


 だって、『夢』じゃなくて本当に『現実』の『仮面の亡霊』がやってきたんだとしたら、驟雨さんが危害を加えられていたかもしれないし…」



 驟雨さんが元気をだしてくれたらと、努めて明るい雰囲気で俺はしゃべっていたんだけど、正面に座っている驟雨さんの顔色がみるみる青ざめていくのを見て、どうやら自分は墓穴を掘っているらしいことにやっと気づいて、そこで口をつぐんだ。


 だけど、遅かったみたいだ…。



 「…江蓮くんは…本当は、僕が…この僕こそが、『仮面の亡霊』のターゲットだったのだと、そう…言っているんですか…?」



 うつむきながら、驟雨さんは震える声でそう、つぶやいた。

 その声を耳にしたとき、あのときの茜さんの言葉を思い出した。


 あはっ! 君はまさか、今回の事件を無差別殺人だったとでも言いたいのかい!?

 本当はまず始めに、シュウ君が殺されるはずだった、だけどそれが失敗して、霧宮藍晶が第一の被害者になったと?


 同じ話題について俺が話したとき、茜さんはそう言って愉快そうに笑っていたっけ。


 驟雨さんが殺されるはずだったなんて、そんなこと俺はまったく思っていない、だけどこんな言い方をしてしまったら、やっぱり茜さんと同じように驟雨さんは誤解してしまうだろう、そして嫌な気持ちにさせてしまったに違いない。


 どうしよう、俺ってば、なんてデリカシーのないことを…!


 うつむいたままの驟雨さんの肩はぶるぶると震えている。

 怒っているのかな、それとも恐怖で…? 


 どうにかしなきゃと思いながらも、どうしていいのか分からなくて、うろたえるだけの俺。

 ああーどうしよう、犬彦さん、こんなとき俺はどうしたらいいの!?


 あわあわしていると、うつむいていた驟雨さんはいきなりバッと顔を上げた。

 

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