15-13

 屋敷に戻ろうと、くるりと背を向けた、その後ろから…微かに声が聞こえた気がした。


 にゃあぁーん…という、聞き覚えのある、かわいい声が…。


 反射的にバッと振り向く。

 すると…!!


 前回、樹雨くんと歩いた、海に続く崖へとのびる大きな一本道の奥から、とことこと、こちらへ駆け寄ってくる黒いちいさな影が見える。


 ぴんと上がっている短いしっぽ。

 くりっとした金色とブルーの大きな瞳。

 なめらかに動く、ふわふわでやわらかな黒いその姿。



 「にゃあーん」



 まちがいない!!



 「ね、猫彦さぁぁーん!」



 ああ、神さま…御霊さま、ありがとうございます!

 猫彦さんだ、ついに猫彦さんに再会することができた!


 その黒いシルエットはこちらに近づいてくることで、どんどんとはっきり見えてきた。

 まちがいなく、猫彦さんだ! 猫彦さんは俺を見ながら、俺にむかって小走りで近づいてくる。


 俺も小走りで、こちらにやってくる猫彦さんに近づいていった。


 まるで前世で生き別れた恋人との再会のように、俺たちはたがいを目指して走っていく。

 そして、ついに手と手をとりあって、抱き合う…! …というシチュエーションになる寸前で、俺に近づいてきた猫彦さんはピタリと足を止めた。



 「…あれ?」



 俺的には、もう猫彦さんと熱い抱擁をかわす気満々だったので、猫彦さんが1メートルほど手前でストップしたことにより、到着予定地が狂って、つんのめってコケそうになった。


 猫彦さんは、足を止めたまま、じっと俺をみつめて、ぱちぱちとまばたきをしている。


 あ、あれ、どうしたのかな、あんなにうれしそうに猫彦さんの方から、こっちに近寄ってきてくれたのに、まさか俺のテンションに直前でドン引きしちゃったとか?



 「ね、猫彦さん、どうしちゃったんですか?」



 とりあえず猫彦さんをおどろかせないように、俺はその場に足を止めたまましゃがみこみ、そっと猫彦さんへ手をのばした。

 なでなでしたかったからだ。


 だけどショックなことに、猫彦さんはまるで俺になでられるのを避けるみたいに、スウッと一歩後退したのだ。


 当然ながら、俺はその猫彦さんの仕草によって、激しく心が傷ついた。

 お、俺が、がっついて走り寄ったせいで、猫彦さんに嫌われちゃったのかもしれない…!

 どうしよう…!



 「猫彦さん、ごめんなさい…お、怒っちゃったんですか?」



 恐る恐る俺がそう言っても、猫彦さんは返事をしてくれない。

 ただ、じっと俺をみつめている。


 ああ、どうしたらいいんだろう、嫌われるくらいなら今日はなでなでを諦めて、撤退したほうがいいのかもしれない…。

 そう考えた俺が、とぼとぼとその場を去ろうとすると、慌てたように猫彦さんは「にゃあぁん!」と鳴いて、俺のほうに近寄ってくる。


 それでも一定の距離までくると、ピタリと足を止めてしまう。

 そして俺のほうから近づこうとすると、後ろに下がってしまうのだ。



 「ええぇ…猫彦さん、俺はどうしたらいいんですか…」



 がっくりとうなだれる。

 なんですか、このじらしプレイは…。


 そんな哀れな俺のようすをしばらく見ていた猫彦さんは、やってきた道を戻っていこうとした。

 ああ、帰っちゃうんだ…。

 そう思った俺が、去ろうとしている黒い後ろ姿をぼんやり眺めていると、しばらく歩いたところで猫彦さんは足を止めて、俺の方へ振り向いた。

 そして、にゃーにゃーと鳴く。


 ちょっと怒っているような、その声を聞いて、なんだかわかんないけど、ピンとくるものがあった。



 「もしかして…猫彦さん、こっちについてこい、って言ってるんですか?」



 まさか、と思いながらも俺がそうつぶやくと、怒ったような「にゃーにゃー!」から、またかわいい「にゃあん」に鳴き声が戻った。


 …まじで?

 自分から言っといて半信半疑のままだけど、とことこと歩く猫彦さんの後ろをついていく。


 猫彦さんは決して走ったりはせず、歩いてついていく俺とほどいい距離を保てるように、ちょうどいいペースで松林のなかを進んでいった。

 

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