15-18

 

 「ったくよ、バカが見てないうちに、ミネラルウォーターの代わりに水道水を入れたコップも置いてきたりして、トラップ仕掛けやがってよ、オレもこれまでに何回も間違えて、散々ケツを叩かれたりしたもんだ。


 で、あんまりにも腹が立ったから、自主トレをしようと思って、いろんなメーカーの水を買って部屋に置いといてたんだけど、そのうち飽きて忘れてたんだわ。

 でもあればあったで、役に立つもんだな、今みたいに。


 そんでおまえ、その水は、硬水か軟水、どっちかわかるか?」



 「えっ!」



 いきなりの『利き水』クイズ。


 そんな、いきなり、硬水か軟水か、なんて訊かれても…そもそもその二つの味(?)の違いが分かんないし、…なんて思いつつも、味わうようにゆっくりとペットボトルの水を口に含んでみた。


 …水だ。

 それは水以外のなにものでもなかった。

 俺には、水の味がするとしか言えない。


 でも一応、当てずっぽうで答えてみることにする。



 「…軟水、かな?」



 「ブブー! エビアンは硬水だ、舌触りがしっかりしてるだろーが」



 舌触りがしっかり?? わかんねー!


 また水を飲みながら俺が首をひねりまくっていると、樹雨くんは愉快そうに笑ったあとに、こう言ってくれた。



 「元気でたかよ」



 やっぱり樹雨くんは、俺に気をつかってくれてるみたいだ。


 さっき俺が、『仮面の亡霊』を見ちゃった! なんて言ったから、勘のいい樹雨くんは、それである程度のことは察してくれたに違いない。

 この利き水クイズは、ツンデレ照れ屋なりの励ましだったのかも。



 「…うん、ありがとう」



 そんな樹雨くんの好意がわかったから、そのままお礼を言った。



 「まあさ、ちょっと御霊さまがうろちょろしてるとこ見かけたからって、気にすることねーよ。

 おまえ、御霊さまに追われるんじゃないかと思って、さっき走りまくってたんだろ」



 「う、うん」



 「へーきだよ、御霊さまは追っかけてなんかこないさ。

 だって着物なんだぞ、着物姿でダッシュかませる奴はそうそういない。


 てか、オレは御霊さまって、足遅いと思ってる。

 神さまとか王様とか、えらい奴って、みんな車に乗ってて、普段から走ったりしないじゃん。

 ゼッタイ早さでは勝てる、気にすんな」



 「う、うん?」


 

 「それに御霊さまは、超内弁慶なんだぞ。

 そりゃあさ、たまに人を殺すことがあるかもしんないけど、島民しか殺さないんだよ。

 女子供や、おまえみたいな外から来た人間を殺したりしねーよ。


 ちょっと御霊さまにばったり会ったからって、ビビる必要ねーって。

 つーか意外と、おまえに会っちゃった御霊さまの方がビビってっかもだし。

 御霊さまって人見知りっぽいとこあるから」



 「(御霊さまが、人見知り…??)でもさ、その…実は俺、ここに来る前に神社でお参りしてきたんだけど、なんか…視線を感じたんだよね。


 どこかから、誰かに見られてる…って感じ。

 俺の気のせいじゃなかったら、その視線は…社からだったんだけど…」



 「ふーん、それが御霊さまかもしれないって思ってんのか。

 ま、自分ちの近くに、おまえみたいな奴が現れたら、誰だってこっそり見ちゃうだろ、御霊さまじゃなくても」



 「えっ、それってどういうこと?」



 「だっておまえって目立つじゃん、別に変な意味じゃなくてさ。

 それにここは、観光地だとか言われてるけど、ぶっちゃけ田舎なんだぞ。


 まあ下の展望台辺りまでだったら、いっぱい外の人間がうろちょろしてるから、オレらもいちいち気にしないけど、島の上の方はいちおう居住地域だからさ、見知らぬ外者がいたらガン見しちゃうわけよ、誰だあいつって。


 特におまえはもろ都会者だからさ、ババアとかジジイは超見るだろうな。

 考えてみろ、御霊さまは千歳を突破してんだぞ、スーパージジイじゃねぇか、だから自分のうちに…神社のことだぞ、おまえみたいなやつが来たら、そりゃガン見して当然だろ。


 ところでおまえ、御霊さまにはどのへんで会ったんだ?」



 「(どこからつっこんだらいいんだ…)ええと、その、松林に続く道を歩いている途中で、脇道に入って…」



 「はあ? 脇道? なんじゃそりゃ」



 「いや、それが、ネコがね…」



 ここから俺は、さっき自分が体験した出来事について、樹雨くんに説明していった。


 順を追って、起きたことを一つ一つ、ちゃんと説明していったんだけど、なんだか俺は…話していて、自分自身がものすごく混乱していくような気がした。

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