15-17
樹雨くんの部屋のようすは、先ほどと何も変わらない。
ただ、壁に立てかけてあるスケッチブックやパネルたちのなかに、それまではなかった、額に入っているらしい大きな絵がひとつ増えていた。
きっとこの絵が、樹雨くんが倉庫から持ってきてくれた油絵なのだろう。
気にはなったけど、さっきと同じ位置におかれたままの座布団のうえに、とりあえずは座る。
一方、じっと静かに座っている俺とはちがって、こちらに背をむけた樹雨くんは、部屋のはじっこに雑に寄せられた、いろんな物の山をガサガサとあさっていた。
どうやら何かを探しているらしい。
「あのさ…」
俺の座っている位置からだと、まるで松茸を探しあさっている山ドロボウみたいなポーズに見える樹雨くんの背中に、俺はおそるおそる声をかけた。
「んー」
「じつはさ…」
本当に言ってもいいだろうか、大丈夫だろうか、不安から胸がドキドキと高鳴るけれど、誰かに…樹雨くんに、俺の話を聞いてもらいたくて仕方がなかった。
これ以上、俺だけの胸の中に秘めておいたら、ストレスで破裂しそうだったから。
ごくりと、一度唾を飲み込んでから、そして…言ってしまった。
「さっき…俺さ、あの…松林の奥で、…『仮面の亡霊』を見ちゃったんだ…!」
こんなこと言って、樹雨くんを怖がらせることにならないだろうか?
それとも逆に、なに言ってんだこいつ、って引かれたりしないかな?
いろんなことを考えてしまって、俺は、樹雨くんの反応を知るのが怖かった。
…なのに樹雨くんは、俺の言葉に対して、こんなふうに相槌をうった。
「へーマジで」
…返答が、軽い…。
コアラのマーチを食べてたら、まゆげコアラがいたよ! って言われたときと同じくらい、どうでもよさそうな「へーマジで」だった。
あまりにも樹雨くんのリアクションがぬるかったせいで、俺は次の言葉を続けることができず、なんか力が抜けてポカンとしてしまった。
「おっ、あったあった」
そんな気が抜けてしまった俺とは対照的に、ついに松茸ハンター樹雨くんは、物の山のなかからお目当てのものを探し出したらしい、楽しそうな声ではしゃいでいる。
「ほら、江蓮!」
ずっとこちらへ背中をむけていた樹雨くんは、くるりと振り向くと、めちゃいい笑顔で俺に何かを投げてよこした。
「うわっ、なにっ」
反射的に受け取ったそれは、意外と重い。
見てみたら、俺の手に収まっているのは500mlのペットボトルだった。
ボトルの中の液体は透明…水だ。
「それ飲めよ、未開封だから」
「あ…ありがとう」
けっこう樹雨くんって、気をつかってくれるタイプなんだな。
猛ダッシュで屋敷に逃げ帰ってきた俺が、ぜーぜーと呼吸を荒くしてるもんだから、のどが乾いているだろうって、さっきから気にしてくれてたんだ。
ありがたく、固いペットボトルのフタを回して、水を一気飲みする。
飲み始めると、ああ、俺ってすっごいのど乾いてたんだなぁ、って人ごとみたいだけど、しみじみと感じられて、ごくごくと三分の一くらい一度に飲んでしまった。
「うちの学校でさ、ちょっと前に『利き水』がはやったんだよ」
砂漠で行き倒れになりかかっている旅人に、水をあげた地元民みたいな、あたたかい眼差しで、水を飲んでいる俺をみつめながら樹雨くんは言った。
「利き水?」
「そう、利き水。
プラスチックのコップに、いろんなメーカーの水をいれてさ、味でどこの水か当てんの。
ボルヴィックとか、クリスタルガイザーとか、いろはすとか。
これがさ、ただの水なんだけど、飲み比べしてるうちに、意外と違いがわかってくるもんなんだよ。
オレはやってるうちに、軟水と硬水の違いはガチでわかるようになった。
ちなみこれ、外したら、ケツバット一発だからな」
「へー…」
所変われば、いろんな遊びが流行るもんなんだな…。
うちの学校では、水の飲み比べ当てなんて、流行ったことがないぞ。
ちょっと面白そうな気もするけれど。
東京に戻ったら、友だちとやってみようかな?
でも外したらケツバット一発ってのは、ワイルドすぎるよ…。
もしうちの学校でそんなのやってるとこを教師に見られたら、大騒ぎになりそうな気がする。
こういうのは土地柄なんだろうか。
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