15-11
一気に過去の恐ろしい思い出がフラッシュバックする。
古めかしい木の扉に浮かんだ、血の跡のような黒い染み。
ホコリが漂っている、暗くよどんだ古い空気。
まるで誰かが、闇のなかに佇んでいるように感じられる、不気味な暗がり。
そして、…柱の影にそっと貼られた、白いお札…。
開かずの倉庫部屋の雰囲気を思い出すだけで、ゾクゾクと背中に鳥肌がたった気がした。
ううーこわい、出来ればあそこにはもう二度と近づきたくないよう…!
ビビるあまりに、さっきから目が泳ぎまくっている俺のようすを見て、樹雨くんは察してくれたんだろう、眉間にシワをよせながら樹雨くんはつぶやいた。
「ああ…そういえば、おまえ、こないだ来たときにシュウ兄とあそこに行ったんだっけか。
まあな、あの部屋はちょっと気持ち悪いもんな。
うちの家族も、別に気にはしないけど、普段はあんま近寄らないしな。
なんだったら、おまえここで待ってろよ、オレが持ってきてやるから」
「えっ、でも…」
事故物件部屋に怯える俺を見かねて、樹雨くんはわざわざこの部屋まで、油絵を持ってきてくれると言っている。
だけどいいんだろうか、絵が見たいという俺のわがままで、樹雨くんにそこまで気をつかわせてしまっても…。
そう思って、俺が返事をためらっていると、まるで俺の心を読んだみたいに、樹雨くんはサバサバと言い切った。
「いいよ、待ってろよ。
てかさ、時間がかかりそうなんだよ、あの絵は確かに倉庫にしまったんだけどさ、ずっと前のことだから、どの辺に置いたのかあんま覚えてねーんだよ。
ごちゃごちゃしてるとこをかき分けて、あれこれ探したら、キモイ倉庫部屋の近くでおまえのこと一人にしちゃいそうだしさ」
「うん、ごめん、お願い、倉庫部屋の近くで一人待機とかマジ無理」
樹雨くんの言葉を聞いて、俺は即答した。
うん、おとなしく待ってよーっと。
だけどここで俺の脳裏に、ピンといいアイデアが思いついた。
「あ、じゃあさ、樹雨くんが戻ってくるのを待っているあいだ、ちょっとだけ庭に出ててもいいかな?」
主がいないのに、俺ひとりで樹雨くんの部屋でただ待ってるっていうのも、なんだか気が引ける。
それにせっかく長岡家のお屋敷に来たんだから、あの立派な日本庭園をちょっと気ままに歩いてみたかった。
そうして遠くから聞こえてくる波の音に耳をすませてみたり、潮風を感じたりしたいじゃないか。
事件の推理だ、研究のための証拠集めだ、なんていう本来の目的はちゃんと理解しているけど、ちょっとくらい観光地での旅行気分を楽しんだってバチは当たらないと思う。
それから…もしかしたらだけど、外に出たら、猫彦さんに会えるかもしれないし。
さっき樹雨くんは、松林の近くに黒猫がいるのを見たと言っていた。
そのネコは、猫彦さんかもしれないんだ。(あるいは黒いゴミ袋かもしれないが)
せっかくまた烏羽玉島まで来たんだ、探しても無駄かもしれないけど、また猫彦さんに会えるかもしれないという可能性に賭けたい。
あのやわらかで、ふかふかな背中をなでて、金とブルーの瞳で俺を見上げながら、にゃーんと鳴く、猫彦さんのかわいい声をまた聞きたかった。
「おまえ…ガチで猫が好きなんだな…」
見抜かれている…。
樹雨くんはかなり勘がいい人らしい。
俺は何も言っていないのに、樹雨くんは、かわいそうな子を見るような目つきで、俺を眺めながら言った。
「まあいいや、好きに庭をまわれよ。
今日は大人たちはみんな出払ってて、しばらく戻ってこない、自由にしていいぞ。
庭には、おまえしか、いないことになる。
用意ができたら連絡する、そしたら戻ってこいよ」
そんなわけで、これがきっかけとなり、俺と樹雨くんはラインで連絡を取りあうようになった。
そして俺たちは一度ここで別れることになり、樹雨くんは倉庫へ行くために屋敷の奥へ、俺は庭に出るため玄関へと向かった。
玄関を目指して一人で廊下を歩きながら、俺は自分の心がほかほかしていくのを感じていた。
だんだんと、樹雨くんとの親しい距離が、近くなっていっている。
新しい友だちの連絡先が増えるって、なんか、わくわくするっていうか、うれしい気持ちになる。
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