15-15
御霊さまの仮面を見た者は、…呪 わ れ る。
何か考えるよりも先に、俺の頭の中いっぱいにその言葉が、まるで真夜中に落ちてきた燃えたぎる隕石のように激しく響き渡った。
『仮面の亡霊』を見たら、祟り殺される…!!
それまで俺が見聞きした、あらゆる情報が映像となって、一気に脳内を駆け巡る!
『失われた仮面』『朝霧の宮』『御霊さまの祟り』『見てはいけない』『仮面の亡霊』
見てはいけない、この人の顔を、…見てはいけない!
そう思った瞬間、俺はすぐにその場から逃げ出していた。
どこをどうして、どうやって逃げたのか、うまく思い出せない。
とにかく無我夢中で、走った。
ハァハァと息を切らしながらも、肺が痛くなっても、全速力で砂利道を下り、松林の中を走り抜けて、そして長岡家の屋敷を目指してその庭を疾走した。
逃げなくちゃ、早く屋敷のなかに逃げ込まないと!
それだけを考えながら。
そして走りながら俺は、見ていない俺は見ていないと、ひたすら念じ続けていた。
恐ろしくて、思い出したくないのに、さっきの光景の記憶がリピート再生され続けている。
こちらに向かって、ゆっくりと顔を上げていく、白い人影。
それでも、常にうつむきがちであったので、仮面をつけている顎のあたりまでしか視界に入らなかった。
あれは確かに仮面だった、皮膚じゃない、固い何かで出来た異質なものだった。
だけど俺は、顔までは見ていない、顎しか見ていない。
だからさっきのは、ノーカンだ!
そう、さっきのは『呪いの仮面』を見た、とは言い切れないはず。
だから俺は呪われてない、大丈夫だ絶対!
繰り返し繰り返しそんなことを考えて、俺は自分を勇気付けながら走り続けた。
長岡家の玄関を目指して、ただ前だけを見て走った。
前以外を見ることなんて出来なかった、…ましてや後ろを振り返ることなんて。
もし後ろを振り返って、さっきのやつが…仮面の亡霊が、後をつけてきていたらと思うと、俺の心臓はもう保ちそうになかったから。
俺の人生でこれまでにないほどの全力疾走をしていると、ついに長岡家の玄関が見えた。
しかも玄関の前には、樹雨くんが立っている。
俺のことを出迎えてくれてるみたいに立っている樹雨くんの姿は、極楽の前門にいる仏のようにありがたいもので、泣きたくなるくらいに安心できた。
樹雨くんは猛ダッシュでやってくる俺を見ながら、何事か声をかけてくれているようだったけど、俺の耳にはもう自分の荒い呼吸音しか聞こえなくて、さっぱり分からない。
やっと長岡家の玄関の真ん前までたどり着く。
安全地帯に到着した俺は、樹雨くんの前でストップするつもりだったんだけど、全力疾走のせいで体に勢いがついていて、ぴたっと止まることができず、つんのめって転びそうになった。
それを樹雨くんが腕をのばして、俺の体を抱きかかえるような形で支えて、コケるのを阻止してくれる。
「おまえ、何やってんの?」
俺を支えながら、樹雨くんは呆れたように言う。
そんな樹雨くんの顔を、俺はじっと見ることしかできない。
ぜーぜーと苦しい呼吸を整えることで精一杯で、とてもじゃないけど返事なんかできない。
言いたいことはたくさんあったんだけど。
「とにかく、なかに入ろうぜ」
そうして支えてもらいながら樹雨くんに連れられて、俺は無事に屋敷のなかに戻ってくることができた。
さっきまでと同じ調子の樹雨くんを見て、大丈夫だとわかってはいたけれど、外から屋敷内に入り、そして玄関扉が閉められる寸前に、俺はやっと後ろを振り返って、背後の様子をうかがった。
自分の後ろにある光景を、見る。
…そこには何の変哲もない、平穏で美しい長岡家の日本庭園が広がっているだけだった。
誰の人影も存在しない。
もちろん、…仮面の亡霊さえも。
どうやら本当に、『仮面の亡霊』と思しき謎の人物は、俺のことを追ってこなかったらしい。
まだ落ち着かない呼吸のままで、安堵から俺はホーッと息をついた。
「なにしてんだよ江蓮、早くオレの部屋に戻ろうぜ」
玄関扉をみつめたままの俺に、もう廊下を歩きだしている樹雨くんから、そんなふうにお声がかかったので、俺もあわてて彼のうしろを追いかけるようについていく。
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