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だからこそ、オレ達は協力しあうことがあった。
人体だって、パーツごとに区分されて病気になるわけじゃない。
きっと耳鼻と胃腸がリンクしあって起こる病気だってあるだろう(それがどんな病気かは知らないが)そんなときは、耳鼻科の医者と胃腸科の医者が、たがいの専門知識をだしあって、協力しながら治療するんじゃないかな。
それと同じように、オレも自分の研究をしているときにさ、その過程のなかで、網代の扱っている知識が必要になることがある。
そんなとき、網代に質問すれば的確な答えが返ってきて、つまずいていた部分が解明されて先に進めたことが何度もあった。
逆に網代が、オレに協力を求めてくるときもあった。
そうやってオレ達は、それぞれが望む道を邁進していってたってわけさ。
で、そんな網代がさ、失踪して…ああもう、スマートに結論から言おう。
約一ヶ月前、どうやら自分の研究のためのフィールドワーク中に、網代は、崖から海に落ちたらしいんだよ。
らしい、っていうのは、海に落ちたらしい痕跡はあるんだけど、未だに網代本人がみつかっていないからさ。
周りの連中は、海に落ちた網代は死んだんだと思っている。
その崖の下は、かなり海流が激しいらしい、それで死体があがってこないだけなんだと。
大学の奴らは、元から網代と親しくないから、あいつの失踪にたいした興味を持っていない。
変わったやつだから、実家ともうまくいっていなかったみたいで、家族も、網代の失踪を死亡扱いでいいと思っているらしい。
オレもさ、網代は死んでいると思うよ。
あの研究バカなら、もし生きてさえすれば、すぐに自分の研究室に戻ってきて、論文に没頭してるはずだからさ。
そういうわけで、一応、この網代の失踪事件は、表向きにはもう落ち着いてはいるんだ。
だけどね、オレはこの網代の失踪事件、ただあいつがドジ踏んで、崖から海へ落ちて死んだなんていう、単純な出来事だとは思えないんだ。
もちろん、それには理由がある。
オレが網代に最後に会ったのは、きっと九月のあの事件より前だったな。
さっきオレは、網代のことを研究室に閉じこもる、ひきこもりみたいな言い方したけど、あいつは研究過程でフィールドワークが必要になれば、逆に長期間出かけていったまま、大学に顔を出さないこともあるんだ。
今回あいつが海へ落ちたと思われる崖に行ったのも、フィールドワークの一環だったんだろう。
オレもちょうどその頃、フィールドワークに勤しんでいて、ぜんぜん大学には戻らなかった。
オレはオレで自分の研究が佳境に入っていて忙しくてさ、網代とは連絡も取らなかったよ。
だってさ、どうせ電話には出ないし、メールだって返事しないって分かってるからね。
そういうわけで、たがいにすれ違っていて、顔を合わせない時期が、丸々一ヶ月くらいあった。
こっちの研究が一段落して、やっと大学に戻ったらさ、そこで網代のことを人づてに聞いたってわけさ。
詳細はだいたいこうだ。
まず、その網代が落ちたと思われる崖は、ふだん人が滅多に立ち寄らないような場所らしい。
そんな場所に、ぽつんと荷物が置かれていた。
それは、網代のリュックサックだった。
地元の老人によってみつけだされたリュックサックには、小旅行にでかけても不便のないような、一式のアイテムがそなわっていて(着替えとか、洗面用具とかね)さらには、財布まで残されていた。
それで親切な老人が交番にリュックサックを届ける、財布には持ち主を特定できるものが入っていたから、警察が網代に連絡をとろうとする、しかし本人に連絡がとれない、だから家族に話がいく、そこで網代の行方がつかめないことが判明する、で、もう一度リュックサックのあった崖をよく調べたら、崖下に網代のスニーカーが一足ひっかかっているのがみつかった、そしてそこには微量の血痕があって、調べてみたら、やっぱり網代の血だった。
じゃあ、もしかして網代、崖から海へ落ちたんじゃねーの、ってなって大騒ぎ、っていう流れだったみたいだね。
オレはちょうど、そういうゴタゴタが一通り終わったあとで、大学に戻ってきたってわけだった。
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