1-4


 「お待たせしましたぁ。

 チーズバーガーセットと、ベーコンキッシュのランチプレートです」



 まさに俺が発言しようとしたそのとき、ついに待ちに待った俺のハンバーガーがテーブルに運ばれてきた!


 俺の目の前に置かれた、そのチーズハンバーガーに目が釘付けになり、思考が吹っ飛んでいく。


 大きな白いお皿のまんなかに、ドンと鎮座しているチーズバーガー、そしてサイドにもられた厚切りのフライドポテト…はわぁあ、なななんて美味しそう!!



 「すごくおいしそうじゃないか、よかったね江蓮君」



 「うあぁ、いっただっきまーす!」



 ふかふかのバンズのあいだには、とろとろのチェダーチーズ、そして肉厚なパティ…かぶりつくために、手でぎゅっとはさんだら肉汁がじんわりと滲み出してくる…サイコーだ!!



 「でさ、さっきの話の続きなんだけど…」



 幸せいっぱいで、ハンバーガーを食べすすめる俺の姿をしばらく眺めてから、茜さんはぽつりと呟いた。



 「いやぁ、オレも今回はけっこう参っちゃってさぁ…。

 ダチが失踪のうえ行方不明になるなんてね」



 「ふぇ?」



 茜さんといえば、うちの犬彦さん並に、表情のレパートリーが少ないひとだ。


 犬彦さんの基本の表情は、安定のポーカーフェイス。

 一方、茜さんの基本は、へらへらとした明るい笑顔か、または、何かを見下しているときの皮肉めいた笑顔かの、どちらかであることが多い。


 でも、いま茜さんは、めずらしく悲しそうな、そして寂しそうな表情をしていたので、俺は不安からドキッとしてしまう。


 だから、茜さんが何かを話しだす前に、俺はもう推理はしないって、はっきり言おうと思っていたはずなのに、気付いたら別の言葉がでてきていた。



 「あふぁねふぁん、ふぉえっふぇふぉういふほほふぇすふぁ?」



 しかし、うまく通じなかったみたいで、茜さんは、なんだかしぶい顔をした。



 「…江蓮君。

 ここからは、オレが一方的に話していくから、君はハンバーガーの咀嚼に集中してくれてていいよ。

 ただ、聞いていてくれてるだけでいいから」



 そう言うと、茜さんは自分の注文したベーコンキッシュをちょこちょことフォークでつつきながら、俺に考察してほしいという謎について語り始めた。

 

 

 「オレが大学で民俗学の研究をしてるって話は、前にしたよね?


 その、失踪したっていうオレのダチ…網代(あじろ)っていうんだけどさ、そいつも、オレと同じ大学の学生で、同じく民俗学を専攻しているわけなんだけど…これがまた、変わった奴でね。


 とにかく、学問への探求心が深いといえば聞こえがいいけれど、いったん自分の研究に集中し始めると、飯もろくに食わず、何日も風呂にも入らずで研究室にこもり、徹夜で論文に没頭するような、まあ世間ズレしたもろ学者タイプの人間なんだよ。


 人付き合いも悪くてさぁ、誰かとムダに関わってる時間があるなら、一冊でも多くの資料に目を通しておきたいって、本ばっか読んでて、興がのってるときはどんなに重要な電話もメールもガン無視、外の世界のすべてをシャットアウトってもんでさ、いつもそんなだから、あんま大学内でも友達らしい友達はいなかったな。


 まあ民俗学者を志すヤツなんてのは、オレが言うのもなんだけど変わった人間しかいないもんさ、だけどあいつは、そのなかでも抜きん出た存在だったね。


 でさ、網代ってのは、そんなどうしようもない社会不適合者だったわけだけど、なんかオレとあいつは気が合ってさ、そこそこつるむことがあったんだよ。


 何よりもオレは、網代に、同じ学問を志す徒として、尊敬の念を持っていたんだ。

 確かにおかしな奴だけど、あいつはすごい優秀だった。


 オレと網代は、たがいに民俗学を専攻していても、扱っているテーマは違っていた。


 オレが主に研究しているのは、『古代から近年において、日本人と神々との日常における関係性とその発生過程について』というものなんだけど、網代が研究していたのは、『古代人が伝承する呪いの効果と範囲』だった。


 江蓮君からしたら、ナニソレってかんじだと思うけど、この二つのテーマは方向性がまったく違う。


 例えるなら…そうだなあ、病院みたいなもんかな。

 オレが耳鼻科で、網代が胃腸科の医者、みたいなね。


 病気のひとを治す、っていう目的はおたがいに一緒だけど、得意分野が違うんだ。

 それと同じで、民俗学というカテゴリーのなかにいても、オレと網代は専門性が全然違った。

 

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