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 それでだね、江蓮君。

 ここからが重要なところだよ。


 オレは人づてにそんな話を聞かされて、網代が死んだと言われても、ピンとこなかった。


 身近で親しい人間が、ーしかも最後に会ったときはピンピンしていた奴がー死んだと言われて、ハイそうですかって、すぐ納得できるやつはいないと思うね。

 死体でも見て、確認することができれば別なんだろうけど。


 まったく困った、網代に会ったら是非あいつの意見がききたいと思っていた一件があったのに、なんて考えてオレはボーッとしていた。


 そんなときにだよ、オレに荷物が届いたんだ。


 死んだはずの網代から、送られてきた荷物だった。


 それはたいして大きくなくて、汚い紙袋に、乱雑に包まれていた。


 オレはそれを開封しながら思った、なんだ、網代のやつ、生きているんじゃないかって。


 でも残念ながら、それは勘違いだった。

 その荷物に貼られていた伝票を見て分かったんだけどね、それは相当前に、そう、網代が崖から落ちたと推定される頃に発送されていたんだ。


 どうやら網代はその荷物を発送するとき、慌てていたらしい。

 宛先の住所が不備だらけだった。


 オレ達の大学の住所がざっくりと記載されていて、そのあとに研究室がある棟の名前…それが雑すぎて、もちろん受取人の名前はちゃんとオレのが書いてあったんだけどさ、そのせいでずいぶんその荷物はたらい回しにされたみたいだった。


 おまけにオレ自身が、しばらく大学に行ってなかったしね。

 そんなわけで、その荷物がオレに届けられたのは、網代の手を離れてから、ほぼ一ヶ月後だったってわけだ。


 で、開封してみたら、中から一冊の、分厚いバインダーが出てきたんだ。


 手紙なんかは、一切なし。


 オレはそのバインダーを開いた、そしてその内容を読んで、血の気が引いたよ。

 網代の失踪は、単なる事故じゃない、あいつの身に何か大変なことが起きたんだと気付いたからさ…」



 「そのバインダーには、一体、何が書かれていたんです?」



 すっかりチーズハンバーガーを食べきった俺は、茜さんの話す不思議な事件に引き込まれて、つい口をはさんで続きをうながしてしまった。

 

 

 「江蓮君、そのバインダーはね、これまでの網代の研究がまとめられた、手記だったのさ。


 ありとあらゆる、重要資料のコピー、切り抜き、写真、網代の手書きのメモ…。

 網代の行っていた研究、『古代人が伝承する呪いの効果と範囲』、その論文の完成に必要な、ほぼすべての情報がまとめられていた。


 ほんと、あれを初めて手に取って、読んだときは、全身が震えたもんさ」



 そのときのことを思い出したのだろう、茜さんの視線は空中をさまよい、顔色も悪くなった。

 だけど俺には、他人の兄にむかって「貴方が殺人犯ですね!」なんて悪びれもせずズケズケと言えるくらい、ずぶとい精神を持った茜さんが、それしきのことで、どうして体が震えるほど驚くのか分からなかった。



 「茜さんのもとに、網代さんの手記が送られてきた…。

 それでどうして、網代さんの失踪が事故ではないのだと、確信できるんです?」



 「江蓮君! 君はまだ、事の重要性に気が付いていないみたいだね!


 他人に、自分の研究をまとめた手記を託すということが、どれほどのことか分かるかい?


 研究者にとっての手記ってもんはね、漫才師にとってのネタ帳、料理人にとってのレシピ集、自分の命の次に…いや、場合によっては、自分の命より大切なものなんだよ!


 他人に渡すどころか、一瞬でも見せることだってありえない!

 オレも自分の研究をまとめたファイルを肌身離さず持ち歩いているけれど、もし自分が死ぬことになったとしたら、他人に渡すぐらいなら、これを燃やすよ。


 それくらい、大事なものなんだ。


 それを、網代はオレに送ってきた…しかも、自分の死の直前にね。


 だからオレは思ったよ、網代は、自分の死を予見していたんじゃないかって。


 あ、でも勘違いしないで欲しいんだけど、あいつは自分から死んだんじゃないと思うよ、つまり自殺ではない。


 知り合いだから客観性に欠けてるって言われちゃうかもしれないけど、あいつは自殺なんかするタイプの人間じゃない、陳腐なセリフで申し訳ないけどね。


 なんていったって、研究バカだからさ、こんな完成間近の論文をほったらかして、死んだりはしないさ、どんなことがあってもね。

  

 網代の死が、自殺ではないとすると、あとは事故か他殺か、ってことになるけどね、今回はここに、もうひとつの選択肢が浮かんでくるんだ。


 それが、呪い、だ。


 網代の手記を読んで知ったことなんだけどね、ほぼ完成に近づいている網代の研究に欠けていたものは、『証明』だった。


 あいつは、やっぱり優秀な研究者だ。

 網代の、研究に対する『仮説』も『裏付け』も『論拠』も完璧だった。


 だから網代は、研究を完成させるため、『証明』を手に入れるためにフィールドワークに出かけた。


 そして網代はね、そのとき『呪いの仮面』とやらの行方を追っていたみたいなんだ。


 だけどさ、網代の手記によると…その『呪いの仮面』を見たものは、すべからく呪われて死んでしまうらしいんだ。


 そういうわけで、網代は、もしかしたら『呪いの仮面』をみつけたことによって、呪われて死んだのかもしれない」



 「え…」



 あいかわらず茜さんは、まるで講義をしているみたいにスラスラと淀みなくここまで語ると、だいぶ冷めてしまった自分のベーコンキッシュをばくりと食べた。


 俺のほうは、もう山盛りのフライドポテトも食べきってしまっていて(おいしかったよ)ただ呆然と、茜さんのそんな姿を見ていた。


 話の展開が、まさかオカルト的な方向にいってしまうとは、思ってもいなかったので、俺はかなりドキドキしていた。

 だって…俺、怖い話、ニガテだからさ…。



 「まあさ、網代が崖に落ちる原因になったのは、『呪い』かもしれないという超仮説はとりあえず置いといてだね、今は『他殺』の可能性があるのかどうかについて、考えてみたい。


 さあ、ワトソン君、ここから君の出番だよ。


 オレの推理をよく聞いて、ぜひとも君の感じたこと、思ったことを教えて欲しい。

 では、いくよ、江蓮君」


 

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