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 「やっぱ過去の人を忘れて心の傷を癒すのには、新しい恋よねー!

 森田くん、私が合コン開催してあげるわ! かわいい女の子たくさん呼ぶから!

 別に、年上じゃなくて若い女の子でも平気?」



 「?? はいっ! 若くてかわいい女の子との合コン、お願いします!」



 「マジか…! 五月女センパーイ、ボクもその合コン、参加したいです!」



 「はあ? エイダは彼女がいるでしょ、…まさか、またふられたの?

 本当にアンタはすぐ彼女できるのに三ヶ月続かない男ね! アンタみたいな胡散臭い男は、女の子たちに安心して紹介できないわ、エイダの合コン参加は拒否よ!


 さあ、森田くん、そうと決まれば打ち合わせのために、これから飲みに行きましょう!

 今日は私のおごりよ、パーッと飲んで心の痛みを忘れなさい!」



 「おいおい、森田は怪我のせいで休んでて、今日久しぶりに出社してきたばっかなんだぞ、いきなり酒飲ませるのはかわいそうだろ」



 「あっ、いいえ永多さん、僕はもう…大丈夫ですから、あの、食事にさそっていただけてうれしいです」



 なんかこうやって…仕事の終わりにみんなでワイワイやっていると、すごく気持ちが明るくなってきて、さっきまで『死の呪い』について考えていた重苦しい気持ちが、ゆっくりとほどけていって、どこかへ消えていくみたいだった。

 こういう何でもないような(二人にとってはそうだろう)日常の空気が、現在の森田にとってはかけがえのない救いになる。


 そんなことを考えて森田がしみじみしていると、永多に続いて今度は沖が、どこからともなく現れて、並んで歩く三人のあいだに割り込んできた。



 「今夜は五月女センパイのおごりですって? 僕も飲みに行きたいです!」



 「しょーがないわねオキ、いいわ、アンタもついてきなさい」



 「センパーイ、ボクも五月女センパイのおごりで飲みたいでーす」



 「ふざけんじゃないわよエイダ、アンタは私と割り勘よ、ほら、みんな行くわよ!」



 こうして四人はにぎやかに駅前へ向かって歩いていく。

 前方で五月女と沖が並んで歩きながら、どこの店に行こうかと吟味しているその少し後ろに、森田と永多が並んでついていく。

 

 前をいく五月女と沖の背中をぼんやりと見ながら森田が歩いていると、となりの永多からこそっと声をかけられる。



 「なあ森田、深くは追及するつもりもないんだけどさ、本当に赤間部長と何かあったのか?」



 さすがに赤間部長の右腕なだけあって永多もまた鋭い。

 一瞬森田は、永多からのいきなりの的を射た質問にビクッと身をすくませたが、こちらを真剣な目で見ている永多の心配そうな顔に気づくと、逆に冷静さを取り戻した。

 そして、永多にならいいかな…と感じて、曖昧だけれど、それでもこう説明する。



 「えっ、いいえ、その…本当になんでもないんです、…いえ、本当は僕がいろいろと部長にご迷惑をかけてしまったんですけど、部長はすべて後始末をつけてくださって、…なんていうか、ただ部長はすごいなぁって思ったという、当たり前というかいつもの流れで終わったというか…」



 口をもごもごさせながら、なんとかそれだけ話した(まさか一から十まで今回の事件の話をすることは、さすがにできない)それは説明らしい説明とは言えなかったけれど、永多はそれなりに察してくれたようで、納得してくれた。



 「へぇ、そっか、まあもし何か部長のことででも困ったことがあったら、遠慮せずに言えよ」



 「はい、ありがとうございます」



 「なんか森田さ、最近ちょっと顔つきが変わったよな、いま顔が腫れてるからとかそういう意味じゃないぞ、うちの会社に来た頃よりも、面構えがしっかりしてきたなって言いたいんだオレは。


 なんていうか人生のなかではさ、時折、これまでの自分の考え方とか生き方を変えられるような人物との出会いってのがあるけど、まあ部長って人はあの通り強烈な存在だからさぁ、それが森田にとって良い方向の影響なら何の問題もないんだけど、もし何かマイナス面の影響があったら、それはどうかと思ってさ」



 「いいえ! 僕は部長から学ばせていただくことばかりで、マイナス面など何も…」



 「それならいいんだけどさ、学ぶことってのは良い部分も悪い部分もあるだろ、もちろん部長は悪い人じゃない、オレが言いたいのはさ…強い薬は強い毒でもあるってことだよ。

 森田が平気だってんならそれでいいさ、まあそれにしても…お前もすっかり部長信者になっちゃったなぁ、うちの営業部の洗礼にずっぽり浸ったな」


 

 「はあ、部長信者…確かにそうかもしれません」



 絶対的に相手を信頼する気持ち、この人のすることなら信じることができると、ただそれだけを信条として行動する、ただその信じる気持ちだけで何の保証も正当性すら存在しないのに、それでも…それだけで自分には充分だったし、実際それだけを胸に自分はあの一連の事件を乗り越えたのだ。


 誰かを信じる力は、苦境を乗り越える力になる。

 それを教えてくれたのは、赤間部長だ。



 「だけど部長信者もほどほどにな、宗教にのめり込みすぎるのはよくないぞ。

 五月女くらいのレベルにまでイッちゃうと、もう神のいない世界には戻れなくなるから注意だ、自分のために肝に命じておけよ、森田」



 「ははは…ありがとうございます」



 「ねえー! 森田くん、その口でも蕎麦とかだったらすすれるでしょー?

 蕎麦屋に行きましょう、すぐそこにいいところあるから!」



 「あそこの店、鍋もやってるんですよねー! 天ぷらの盛り合わせも頼んで、日本酒を熱燗でグッといきたいですね、五月女センパイ!」



 駅前に近づいてくると、周囲は仕事帰りの人々や、これから仲間と飲みに行くところの騒がしい集団たちであふれていて、一気に騒がしくなる。

 そのような民衆たちの群れの中へ、森田たちもその一部として紛れ込んでいった。


 こうして森田は烏羽玉島から生還し、平凡な日常のなかへと戻っていくことができたのだ。




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