15-7
「はじめて松林のなかで会ったときも、野良としゃべってたんだぜ」
「えっ、いや、あれはその…!」
ふむふむと樹雨くんの話を聞いている驟雨さんと、過去の俺の恥ずかしい奇行をバラしてくれちゃっている樹雨くんを交互に見ながら、俺は激しく動揺した。
それは、松林のなかで眠っていたネコの、黒い毛並みのおしりだけを見て、もしやこの黒いおしりの持ち主は猫彦さんでは!? と勘違いした俺が、見知らぬ三毛猫にひたすら話しかけてウザがられたという苦い思い出である。
「そうか、そんなに猫が好きだったんですね、江蓮くん。
それならば、この烏羽玉島は江蓮くんにも気に入ってもらえたかもしれませんね、なにせ島の猫の写真を撮るのが目的でやってくる観光客も多いですから」
「あはは…ええ、そりゃあもう。
特に展望台広場は、触らせてくれるネコがたくさんいて、楽園のようです」
「展望台広場って、あんな観光客どもがわんさかいる、うっとおしい場所までわざわざ行ってんのか? 猫を触るためだけに?
めんどくせーなー、猫なんて、うちの庭にムカつくほどいっぱいいるぜ。
展望台広場まで行く必要ねーよ、猫を触りたきゃ、うちの庭でクソをしている猫を触れよ」
え、それって、トイレをいたしている最中のネコを触れよ、って言ってんじゃないよね?
それはさすがにネコ触りたい厨の俺もいやだよ、ネコに迷惑がかかるし、そんな状況で背中をなでたりしたら、ぜったいネコと俺とのあいだで気まずい空気が流れるよ…。
そんなことを考えてしまって、俺があいまいな笑顔をただ浮かべていても、もちろん樹雨くんはそんなの気にすることなく、次にこんなことを言った。
「つーか、さっきも松林に猫がいたぜ。
三匹くらい見たな、ミケと、白にブチのやつと、あと黒猫だったかな」
「えっ、黒猫!?」
樹雨くんが何気なく話してくれた、その言葉に、俺はめちゃくちゃ反応した。
そう言われて脳裏に浮かんでくるのは、もちろんあの姿だ。
「それってもしかして、しっぽが短くて、金色とブルーの目をした黒猫だった!?」
「そんな細かいとこまで見てねーから、わかんねーよ。
とにかく全部が黒い猫だ。
目とか、しっぽがどうとかは知らね。
黒いかたまりが、木の根元でもそもそ動いていた。
ん? だけどひょっとしたら、あれは黒いゴミ袋だったのかもしれない。
ほらゴミ袋って、風になびいて、生き物みたいに動いて見えるときあるじゃんか」
黒い、ゴ ミ 袋…!
ううー…もしかしたら、また猫彦さんに会えるかもしれないと思ったのに、それが黒いゴミ袋だなんて…俺のときめきを返して!
悲しみに沈んでいる俺には目もくれず、まんじゅうを食べ終わった樹雨くんは、ついに驟雨さんのお茶を全部飲み干すと、勢いよく座っていた座布団から立ち上がった。
「よーし、じゃあ行こうぜ」
「え?」
行こうぜ、って…誰が、どこへ?
樹雨くんは、俺を見て言っているみたいだけど…。
よくわからずに、ただ樹雨くんを見返していると(たぶん俺はマヌケな顔をしていたと思う。)じれったそうな顔をしながら、俺にむかって樹雨くんは続けてこう言った。
「ここにいたって、つまんないだろ。
オレの部屋だよ、おまえ、遊びにきたんだろ?」
「えっ」
えーとえーと、本当にそうならどんなにいいだろうかとは思うんだけど…(ていうか樹雨くんはホントいきなりな人だな、こういうタイプの人キライじゃないけどさ。)いちおう俺は、負傷中の茜さんの代理で、事件の進捗状況をうかがいに来てる…という大義名分(という名の、茜さん暴走ストッパー役)があるんだけどな…と思いながら、どうしたものか、ちらりと驟雨さんの方を見てみた。
「せっかく烏羽玉島まで、ひとりで来てくれたんです。
よかったら、樹雨と遊んでやってください。
…物事は、すぐには変化しませんよ。
前と変わりません、いつだって、何事もね。
何か用事ができたら呼んでください、僕はここで待っています」
ニコニコと穏やかに微笑みながら驟雨さんがそう言ってくれたのと、もう廊下の方に出た樹雨くんが「早く!」と急かすので、俺も腰を上げることにした。
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