15-8
そうして客間を出ると、あの松林で出会ったときと同じように、ぐいぐいと先を行く樹雨くんの背中を追って、俺も廊下を進んでいった。
いくつかの部屋を通り過ぎ、角を曲がったりなんかして、このお寺みたいに大きな長岡家の屋敷の中をしばらく歩いていると、やっと前を行く樹雨くんが足を止めた。
そのまま、目の前の部屋の扉を(その部屋の入口は、障子ではなくて一般的な木製のドアだった。)開けた。
「入れよ、ここ、オレの部屋だから」
「お、おじゃましまーす…」
勧められるままに、部屋のなかに入らせてもらった。
樹雨くんの部屋は、和室だった。
(まあたぶん、古い日本のお屋敷である長岡家のすべての部屋が、そうなんだと思うけど。)
床はグリーンの畳、壁はちょっとクリーム色っぽい柔らかい白の漆喰で、天井は木製の板張り、日本人だったら誰もがホッと落ち着くことができそうな、雰囲気のいい部屋だ。
広さは…東京の俺の部屋と同じくらいかな、うーん七畳くらい?
だけど俺の部屋よりも広く感じる、それはきっと、樹雨くんの部屋にはベッドがないからだ。
寝るときは、いつもお布団を敷くんだろうな。
壁の一方にはふすまがある、たぶんその先は押し入れになっていて、お布団はそこにしまわれているのだろう。
その他には、俺の部屋と同じく、勉強用のデスクだったり、本棚やローテーブルなんかが設置されていたんだけど…とにかく目をひいたのは、畳の上に散乱しているたくさんの物だ。
食べかけたチョコの箱、読みかけっぽいマンガ(それは途中のページを開いたまま、伏せてある)いくつかのよれた座布団、脱いだままの上着、それから…カラフルな絵の具のチューブたちが、ゴロゴロと転がっていた。
他にもペンや、消しゴム、長めの定規や、何かが描かれたような跡のある数枚の紙…。
そんなカンジで散らかってはいたんだけど、なんていうか、樹雨くんらしい散らかりっぷりだなぁ…なんて思って、逆に好感が持てる部屋だった。
むしろ、絵の具のチューブが普通に床に転がってるって、かっこいいな…なんて思ってしまった。
先を行く樹雨くんは、そういうわけであまり歩くスペースのなかった畳の上を、乱暴にざざーっと足で一気に物を端の方によけたうえで、ころがっていた座布団をひっぱってくると、それを俺に差しだしてくれた。
ありがたくそれを受けとって、俺はローテーブルの近くに座った。
そして失礼にならない程度に、ちらちらと室内を見てみる。
なんかさ、はじめて友だちの部屋にくると、いろいろ見ちゃうよね。
本棚を見ては、こういうマンガや本が好きなんだな、とか、置いてあるDVDやゲームのケースを見たら、こういう系が好きなタイプなのか、とか、勉強用のデスク周りの雰囲気から、けっこう勉強してそうだな、とかさ。
それで、こいつ意外なとこあるなーって思ったり、逆にこいつらしいなーなんて感じたりして、面白かったりするんだよね。
「そんで、なにするか」
そわそわと辺りを見回している俺を気にすることなく、樹雨くんも自分用の座布団を引っぱってきて、俺のそばに座った。
畳のうえに手をついて、だらけたカンジで。
「ゲームでもやるか? それとも外いくか?」
「あの…」
そう声をかけてもらったものの、俺の視線は、樹雨くんの部屋のなかにある、ひとつのものにロックオンされていた。
彼の部屋は入口の扉から見て、左手に押し入れらしき、ふすまがあって、正面は窓(カーテンはあいていて、そこからは長岡家の美しい日本庭園の一部が見える。)そして右手側は単純に壁なんだけど、そこには、いくつものスケッチブックや、絵が描いてあるらしい大きなパネルが、乱雑に立てかけられているのだ。
「あそこにあるのって、樹雨くんが描いた絵?」
「ああ、そうだけど」
俺の質問に対して、樹雨くんはつまらなそうに答える。
だけど俺のほうはワクワクしながら、テンション高めに続けて尋ねた。
「あのさ、よかったら、見てもいいかな?」
ここから眺めるだけでは、そこにどんな絵が描かれているのか、よくわからない。
パネルは壁側に伏せて置かれているし、スケッチブックは閉じられているからだ。
そして俺は、隠されているそれらを開いて、じっくり見てみたかった。
前回、あの海が見える崖のうえで、樹雨くんが描いた絵を見せてもらって、その絵の上手さにすごく感動したんだ、だから、もっと別の絵も見てみたい。
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